1991.3土佐の自然 澤良木庄一
白砂青松の景観を持つ入野海岸一帯は,かって藩政時代に造林されたと伝えられる防風林を主とする入野松原をはじめ,これにつづく耕作地及び入野浜からなり,現在「入野県立自然公園(90ha)昭和31年指定」地域になっている。

また,入野松原は国指定の史蹟名勝天然記念物(昭和3年2月指定)をはじめ,防風保安林,特別鳥獣保護区,風景林などに指定され,植生全般にわたって保護され,南海の砂浜に巨幹の松の緑が映えるわが国有数の松原として,風光明媚な景観を誇ってきたが,近年マツクイムシによる被害のため,林内の老松はことごとく姿を消した。

その後,国有林としての入野浜風景林を管理する中村営林署の施業計画によって年々松原としての修復が行われ,またボランティア活動や記念樹などによって松原が復元し,植生域が拡大されつつあることはよろこばしい。


植生の概要
入野松原のほぼ中央部付近をサンプルとして植生を配分をみると,松原の後方き集落側から前方の砂浜側に至る間を,ほぼ五つの植生に区分することができる。
即ち,常緑広葉樹林,旧クロマツ植林,畑地雑草群落,新クロマツ植林,そして砂浜の砂丘植物と海に至る自然裸地である。
常緑広葉樹林はクスノキ,ヤブニッケイ,ヤブツバキ,ヒメユズリハ,ホソバカナワラビ
旧クロマツ樹林はクロマツ,ウバメガシ,ヤブツバキ
畑地雑草群落はラッキョウ
新クロマツ樹林はクロマツ,チガヤ
砂丘植物はハマゴウ,ハマエンドウ,ケカモノハシ

入野海岸一帯の植生は,東は吹上川河口から西へ,蛎瀬川に至る長さ約3q,巾約210mから450mで,長く帯状に分布する。
入野松原はもともと防風林としてのクロマツの植樹が起源のようであるが,長い間に林下に広葉樹などの他樹種(陰樹)が侵入して定着し,松の枯死や倒木などによって上空が展開すると,それらが成長して,やがてクロマツ林に代わって陰樹林が形成されるようになった。

このようにしてクロマツ植林で出発した森林が,長い間に現在の入野松原後方に見られるような常緑広葉樹林へと移り変わってきたものと思われる。

入野松原の常緑広葉樹林はクスノキが優占し,樹高20m,植被率90%,胸高直径70〜90pの巨樹が並ぶ。この森林はクスノキの他,ヤブニッケイをはじめ,二層以下にはヒメユズリハネズミモチタイミンタチバナ,ミミズバイなどで林が出来ている。

入野松原の真中にある賀茂八幡宮の境内には,20mをこすスダジイ,ヒノキ,ナギなどの老巨樹が見られ,往時の社そうの面影を残している。又,社殿後方のシイ林は,長い間鎮守の森として守られてきたため林内もよく茂り,照葉樹林としての景観をよくとどめている。

入野松原を東西に走る道路の脇に文学碑が建ってい.る。

     梢に咲いてゐる花よりも
        地に散りてゐる花を美しいとおもふ  上林 暁 

碑の前では,まさにその碑文のように赤いヤブツバキの花が一輪,春の陽光を浴びて艶やかに地上で咲いていた。

近くにある「八郎の歌碑」を見て更に海浜側のクロマツ植林を抜けるとラッキョウ畑に出る。ラッキョウは入野松原の砂丘を利用した地元大方町の特産品目の一つになっている。ラッキョウ畑の外側に新クロマツ植林(小松原)がある。

この若い松林が現在砂防堤として入野浜の砂丘の安定に役立っている。最前部の松原である新クロマツ植林は,樹高約8m,胸高直径5〜15p,植皮率80%の若い松林である。林内は,クロマツの樹冠の状態によって,林床の草本層に違いがある。

クロマツの倒木や枯死などによって林冠が展開している所では,林床が明るく,そのような場所ではガヤ群落生育が旺盛である。クロマツの樹冠の密な所には,林床にコケ層がよく発達し,ハイゴケ属の蘚類がてクッション状を呈している所もある。
ラッキョウ畑とラッキョウの花
チガヤ(イネ科) 花期は4〜6月頃
川原など日当たりのよいところ葉に先立って銀白色
の花穂が出る。花序は1本の穂のようにみえる。小穂は長い白い毛につつまれている。1本の花穂がカサの骨形に集まってさく。小穂に柄はなくときに紫色をおびる。

名前はち(千)なるかや(茅)で、群生する茅の意味。万葉集で歌われているツバナの意味。
蕾は甘味があるチガヤを田の畔に植え,畔の補強研究も行われている。


ハイゴケ属
黄緑色のマットをつくるのを見ることがある。
名前のように地表をはうようにして生育し乾燥地を好む。長さは10cmぐらいになり、横に水平に短い枝をたくさんだす。乾燥すると枝が上向きにまいてくる。
苔庭によく使われ,外国でも庭木の根まわりなどに植えられ、ガーデンモスと呼ばれている。






新クロマツ植林を出ると砂防堤になっていて,その上を東西に道路が走る。
四国の道「土佐入野松原への道」自転車歩道である。 この歩道の外側がゆるい起状で続く砂浜となり,ここに入野浜の砂丘が広がっている。

入野浜の砂丘植生
入野松原の砂丘(入野浜)は,巾約50〜150m東西約3kmの砂浜で,東の吹上川および西の蛎瀬川から流出する土砂や海崖を侵食する砂の堆積によって出来たものである。この砂浜に生きる植物群が砂丘植生である。入野浜の植生はハマゴウ群落,ケカモノハシ群落,コウボムギ群落,ハマエンドウ群落,オニシバ群落などの群落が主で,その他,ハマニガナや夏季旺盛なハマヒルガオなどの群落がある。これらの植物群落について概要を述べる。

ハマニガナ(キク科)
海岸砂地にはえる多年草,地下茎は長く地中をはって葉だけが地上に出て10cmくらいの間隔をあけて1列に並ぶ,葉は厚手で掌状に分裂葉腋から約10cmの花茎を出して頭状花を開く,日本名の浜苦菜は苦味のある白い汁を含み浜にあるからところからきている。
花は黄色で6〜9月頃開花し長い柄をもち直接砂の中からでる。
花径は約3cmくらい。

ハマヒルガオ
道端のヒルガオに似た花をつけ,浜に生えるので、この名前がついた。白く強い地下茎は長く砂の中をはう。茎は砂の上を長くのび,ツル状に巻きついてのぼる。 葉は長さ2〜5pで光沢があって厚い。葉のわきから長い花柄を出し、その先に経4〜5pの淡紫色の花を5〜6月頃に開花。

            

ハマゴウ群落
 海岸の砂浜に多く自生する落葉小低木。茎が砂地を這って広がり、ところどころに根を出す。夏、枝先に淡紫色の花をつけ、秋、果実が黒褐色に熟す葉を破ったり、果実を潰すと、独特の強い芳香がする。浜に這う「ハマハウ」が転じてハマゴウになったと言う説がある。クマツヅラ科

ハマゴウ群落は砂丘の一番後方で,砂の移動が少なく,立地が安定している新クロマツ植林に接する付近に生育している。
優占種のハマゴウ(クマツヅラ科)は,茎は砂上を長くほふくし枝は斜めに立って10〜50pになる。砂の移動が激しい不安定な砂丘では,直根を地中深く延ばして生育するなど根茎がよく発達していて砂の安定に役立っている。

淡紫色の花が,夏から秋にかけて砂丘を飾る

ハマゴウ群落内に生育する植物は,他の砂丘群落に比べてその種数は少ない。
しかし,クロマツ植林の縁や,ラッキョウ畑の岸に近いところでは,チガヤ,メヒシバなどの路傍雑草の仲間が生じる。又,被度は低いがコマツヨイグサ,ケカモノハシなども出現することがある。



ケカモノハシ群落
ケカモノハシ群落は入野浜中央部から東部の砂丘に広く分布しいる。この群落はケカモノハシを優占種として,コウボウムギ,ハマニガナ,ハマエンドウハマボウフウビロウドテンツキなど入野浜の砂丘に出現する大半の植物が生育している。
ケカモノハシ (イネ科)花期は7〜9月頃(穂状花)                         
ケカモノハシは海浜の砂地に生える多年草で,茎は長く地中を這いながら茎を立てて繁殖し,高さ30〜70pになる。
年々砂を堆積して株元に小砂丘を形成していく。花穂は円柱形に見えるが,じつは扁平な軸が二本合わさって出来ている。
その形がクチバシ状であることから「カモのはし」という。本種は花穂や葉に白毛が多く,それが和名ケカモノハシの出所。


 ハマエンドウ(マメ科) 
 葉は 3 〜 6 対の楕円形の小葉を持つ羽状複葉で,托葉があります。葉のわきから長い総状花序を出して蝶形花を付けます。花は赤紫色から青紫色に変化する。

花期は春から夏 


ハマボウフウ
地下深く直根を伸ばし堆砂地に単生する。食用として珍重されるため、採取対象となりやすくきわめて希少。葉は厚く複葉で放射状に広がり、小さな白い花をたくさんつける。
  ビロードテンツキ
地下茎をもたないが、実生が容易に生育するためもっとも広く分布し、たいていの植物群落のなかに生育する。風の吹き抜ける「砂丘の谷」には、まばらに純群落をつくる。根は針金状で長く、水分を確保しやすい。葉はビロード状の微毛が密生して、水分の蒸散を防いでいる。
コマツヨイグサ(アカバナ科)photo

 
明治末期に帰化した植物で,花弁は小さく,葉の縁が波状になっているなど,他の待宵草の仲間とはだいぶ異なっている。
 
花期:夏

 


コウボウムギ(カヤツリグサ科)
コウボウムギ群落
コウボウムギ群落はたえず砂が移動している不安定な砂丘に,パイオニアとして侵入してくる植物群落の一つで,コウボウムギを優占種とする群落である

コウボウムギは砂丘に生える大型のスゲの仲間で,根茎が地中を長く伸びて所々に地上茎を出しつつ繁茂する。
葉の長さは20〜30pで,少しカールした葉の縁には棘状の歯をもち,丈夫でちぎれにくい。砂の堆積で小砂丘が作られ、やがてハマヒルガオ,ハマニガナ等が侵入して群落を作るようになる。
コウボウムギ(カヤツリグサ科)

     
ハマエンドウ群落
photo砂丘の比較的砂の安定した場所から安定した場所にかけてハマエンドウ群落が分布し,
ハマエンドウ(マメ科)は海岸に多い多年草で,冬の海岸で緑色の小葉をふるわせながら砂丘の春を待っている。
メイシバ,コウボウムギ,コマツヨイグサなどが共に生育していることもある。又,上空が展開した若いクロマツ植林の縁などにもハマエンドウ群落が見られる。
入野松原の西部地域にある港の東側に群落が一面繁茂している。
 
 
 
 







オニシバ群落

砂丘の砂のよく移動不安定な場所に先駆的に侵入して群落を作る。砂の移動に対応するため,地中深く地下茎を伸ばし,砂が風によって吹き飛ばされるのを防いでいる。オニシバは東浜の一部で波打ち際近くまで侵入している所がある。このような所では根茎を地下50〜80p付近まで地中に張り巡らしている。
オニシバ群落内にはしばしばハマニガナが点在する。





高知県の海岸では砂浜の面積は狭く限られており,こに生きる植物達も小規模な砂丘の上に,ようやく生活の場を求めている。入野松原においては,後方のクロマツ植林や常緑広葉樹林などによって,砂丘が立派に保全されている。これからも一層砂丘植生が定着し,長く繁茂しつづけられるような自然海岸の生態系の維持が入野海岸においても強く望まれる。
(高知県自然観察指導員連絡会々長)
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