人間がこの世に生を受ける迄には、幾多の試練を経てきている。
先ず元気な男性と女性の出会いがある。妊娠に至る迄に莫大な数の精子と卵子が死滅する。世の中の夫婦には、不妊に悩む数多くのカップルがいる。妊娠中でも安心は出来ない。数多くの胎児が死滅するのである。
更に生まれてからも、病気に掛かったり、事故(天災、人災、戦争)によって生命を失ったり幾多な難関を潜り抜けて、今現在ここに生きて生活を営んでいると言うことは、非常に稀なことである。
よって「有り難い」〜「感謝」〜「有り難い」〜「感謝」とリンクした言葉となったと解釈できる。
「有り難う」の発音はポルトガル語の「オブリガード」からきている、との説を大分前に本で読んだ記憶があるが、定かでない。間違っていたらご免なさい。
ついでと言ったら恐縮ですが、スペイン語でムーチャグラーシャス(有り難う)に対して受けた方は、ノーアイデケ(お礼を言われる理由は無い)であり、ベネスエラではアラオルデン(御意のままに)と変わるのは面白い。
(1996.12.13記)
第9話.漢字の壽
壽という字は何を意味しているのだろう。
ある結婚披露宴で明治生まれの銀行会長さんが話された解説の受け売りである事を先ずお断りしておきたい。
壽の士は、博士、学士、武士の士で学問を修めた人を
冖は、家を意味し風雨を避け安定した住家であると共に夫婦で築く最少単位の家
工は、大工さんの工で仕事、働くの意、ぶらぶらとして失業しているのは良くない
一は、休む、寝るの意で働くばかりでは駄目、週に一日ぐらいは休みなさい。
口は、口から食べ物を入れる、お喋りをしてコミュニケーションをよくする。
寸は、一寸二寸の寸で長さの単位であると共に規則きまりを示し、社会にあるルールを守りなさい。
日本の道路は左側通行だし、夫婦は一夫一婦制ですよ。
これらのことを大切に守り育ててよい家庭を築き上げて下さい。
と言う話であった。
この解説は、長い間私も部下の女性の結婚披露宴で使わせて戴いた。比較的好評で紙に書いて欲しいとのリクエストまであった。数年前台湾に仕事で出かけた際、通訳の若い台湾の人に「真偽を確かめたいから年寄りに聞いてくれ」と頼んだ。
滞在日数も少なくツボの人に当たらず、数百の壽の字があるとの情報以外入手出来なかった。
(1996.12.13記)
第10話.漢字の一から十
台湾へ出張した時、通訳の台湾人から一〜十は中国の国が出来るまでの歴史を現しているとの興味深い話を聞きましたのでご披露します。
一:地球が生まれて天と地の境界線が出来た。この境界線を差し、
物事の始めの意味。
二:天と地が生まれた。
三:天と地との間に雨が降って、草や木が生えた。
四:人が生まれあちこちばらばらに住む。
五:それらの幾つかが隊伍を組み集団を作る。
六:六は陸でその集団が大陸へ向かって進む。
七:匕(青龍刀)で戦う。
八:裂の意味で、群雄割拠してあちこちに国が出来る。
九:久の意味で、永久に。終に。
十:拾の意味で、あつめる、束ねる。統一国家が出来る。
日本でこの辺の所を詳しく書いたものは無いかと探しているが見付からない。
藤堂明保著、「漢字文化の世界」によれば、次の通りである。
一、二、三は横線でもって棒の数を示した指事文字である。
四は「口+八(分かれる)」、口から息がシーッと分散して出てくる。
シと呼んだのはバラバラに分解した(四散した)数だからであろう。
五は交互の互であり、クロスする様を表している。
一〜十の折り返し点が五である。
六は穴、女陰、6は3と3に二分される数だから。
七は切の字の原字で十印を下端で切り取ったさま。7は二分するこ
とが出来ず、分配するにも端数を切り、中途半端な切れ端の意。
八は二分するのに最も適した数。分は「八印+刀」で成り、刀で二
つに 切り分けるの意。
九は久(背の曲がった老人)とか、「九は数の究まるところ」「九は
究なり」 究は曲折をへて奥深く穴の中まで入って行く。
十は古人が10を新しい一単位(ひとまとまり)と考えた事、
10の単位を縦の算木で示した事。
(1996.12.15記)
第11話.日本の太陽暦の元日の決め方
現在使われている太陽暦の元日はどの様にして決められたのであろうか?
ここで、私が疑問に思うのは「地球規模の取り決めをよく間違わずに決めたな」ということです。全世界に今のような通信網も無く、正確な時計も無い時代に、飛行機も無く、ましてや国際会議を開くにしても、船で何か月もかけて行くのは大変だし日付変更線は後ほど決めるとしても、日本政府としては一大決心ではなかっただろうか?
時代の流れを読みとり、中国よりも早く太陽暦を採用した先人達の先見の明と決断には、本当に敬服させられる。
小学館発行の万有百科事典によれば、次の手続きが行われたと書かれている。
「天保暦は陰陽暦としては、最後の優れた暦ではあったが、幕末になると外国船の往来も繁く、外交、通商上から太陽暦を必要とした。
1872年(明治5)11月9日改暦証書が発せられ、同年12月3日をもって明治6年1月1日とし、太陽暦を採用、現在に至っている。
何の前ぶれもなく、しかも12月という年末に突如改暦に踏み切った大きな理由は、明治6年は旧暦では閏年になり、13か月であるが、太陽暦採用によって1か月分の官吏俸給を浮かす事と、年末12月は2日で打ち切られたため、12月の給与も節約できるという財政上の見地からであったのである。」
「この太陽暦をグレゴリオ暦というが、グレゴリオ13世の命に従って直ちに(16世紀)これを採用したのは、イタリア、スペイン、ポルトガル、ポーランドなどのカソリック教国で、プロテスタント諸国は強硬に反対し続けた。
ドイツ1700年、イギリス1752年、中国1912年、ソ連1918、ギリシャ1924年採用している。」
(1997.1.3記)
第12話.日の丸の太陽と月
日本の国旗には、白地に真赤な太陽が画かれています。
日本人は、太陽が動物や作物を育てる恵みの親だと思って、日の出を拝み、感謝の念を表します。私は、十数年前インドネシアを訪れるまでは、日本が国旗に太陽を使ったので、よその国は使えなくなったのだろう、と思っていました。
インドネシアで次のような話を聞いて、カルチャーショックをガツンと受けました。
「イスラム教では、朝太陽が出る前に、砂漠を作ってくれるな、お手柔らかに頼みます。と祈り、夜太陽が沈んでからは我らの願いをかなえてくれて有り難う。お月様よ、安らぎを我らに与えて下さい。と祈るのです。」というのです。
それでは、アメリカの宇宙飛行士が月の表面を歩いた事は、月を冒涜したことになりませんか?と聞きましたがはっきりした返事は聞けませんでした。
いずれにしても、月が安らぎを与えて呉れ、太陽が悪だという解釈があることを初めて知りました。価値観の違いと言うことよりも、世界の中の日本という教育の不足と勉強の不足を痛感した次第です。
(1997.1.4.記)
第13話.漢字の扶桑
三菱自動車工業(株)のトラックのペットネームは「ふそう」です。
昭和7年5月、B46型バスが三菱重工・神戸造船所より鉄道省に納入されるのにあたり、愛称を社内募集し賞金3円也で、みごと当選したのが、この「ふそう」の名前です。「ふそう」は漢字で「扶桑」と書き、中国では東の海中の日出る所(日本)の神木を指し、日本の別称でもあります。
実在する扶桑の木は、赤や白などの美しい花を咲かせる4メートルほどにも伸びる花木です。
藤堂明保の「漢字文化の世界」に「扶桑」の解説が載っていますので紹介します。
[クワは中国原産の植物で、しなやかな枝にふさふさと緑の葉を茂らせて、後から後から成長する。河北デルタと山東がもっともクワの生長に適していた。
クワに対する深い愛着は、やがて山東において「扶桑」の木の信仰を生み出した。「扶桑」とは「博桑」とも書き、博−桑ともに「大きく広がる」との意味である。
山東の人は東海のはてに巨大な桑の木があると考えた。地上を巡る10個の太陽は、毎日東から西へと大空を渡り、地下を逆に戻ってきてこの桑の木に宿る。一旬は10日であるから、10日の間に10個の太陽は、それぞれ地球を回って、その順番が振り出しに戻るわけである。
太陽は赤々と燃えるのに永遠に衰えずに、その光輝を投げ続ける。つまり再生・再生をくり返すのである。その不思議な生命力を付与する象徴は、この巨大な桑の木→扶桑であった。中国の東海のかなたに、扶桑の国があり、そこから太陽が昇り出る−という伝説が生じてくる。]
昔の中国の人が、太陽のエネルギーを何処かでチャージしていたと考えていたなんて、とても愉快です。
(1997.1.5.記)
第14話.欧米人と日本人の性格
インターネットで流すには不適当かなとは思ったが、ジョークだと聞き流して欲しい。あるアメリカの市立大学教授(日本人)のジョークを紹介する。
豪華客船が暗夜に難破し、放り出された乗客が何かのはずみで一つしかなくなった救命ボートに群がった。しかし、全員が乗るとボートは沈んでしまう。それで、女性と子供だけが乗り、男は海に漂って助けを待つことになった。
それを、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、イタリア人、そして日本人の男たちにどう納得させるか?
正解?は次の通り。
イギリス人には、ジェントルマンなら海に飛び込むと言えばよい。
イタリア人には、飛び込むなと言えば、逆に飛び込む。
ドイツ人には、船長の命令だと言え。
アメリカ人には、保険がかかっていると言えばよい。
日本人には、他の人はみんな飛び込んでいると言えば飛び込む。
私は各国人の一面を表しているように感じている。
(1997.1.5.記)
第15話.ある西ドイツ人のツブヤキ
十数年前のある日、西ドイツ人を工場案内したことがある。その際、西ドイツ人の2〜3のツブヤキを聞いたので紹介します。
1:朝ホテルで食事中、街の人達が、ラジオ体操をしているのを目撃した。
なんと驚くべき事に日本全国ラジオから流れてくる音楽に合わせて
同じ体操をしているではないか!
戦前から戦後も綿々と続いていると聞いて2度びっくりした。
日本は恐ろしい国だ。一つの号令で同じに体を動かすなんて!
将来何をしでかすかわからない。
2:昼休み時間中、若者数人がジョギングしているのを見て唖然としていた。
働いて疲れるから休憩時間があるのであって、その休憩時間にエネルギーを
使えば、午後の労働時間に充分働けないではないか?
何故会社は、就業中のジョギングを禁止させないのか?
西ドイツでは、個人として出勤前か退出後、ジョギングをする人はいる。
日本は不思議な国だ。
3:工場に働いている人が皆日本人で、連絡、掲示が日本語一つで済ませる事が
出来るなんて羨ましい。!
西ドイツでは、トルコ人など2〜3の国の出稼ぎの人が働いているので
2〜3の国の言葉でないと連絡、伝達が出来ない。
私の感想:西ドイツと日本の違いの一端を知らされた。
善悪は別として、日本は独自の文化を持っていると思う。
日本は、今は回れ右の命令でみんなきれいに回れ右ができるだろうか?
西ドイツへは仕事で2回行ったが、自動車の認証関係ではリーダー格であり、
合理性と説得性がある。
ビールを注ぐガラスのコップに線が刻んであって、この線まで注いで、
幾らかのお金を払うのである。
私は正直いってびっくりした。 (1997.1.6.記)
第16話.漢字の心、身、体
台湾を訪問された事のある方はご存じだと思いますが、日本で昔使っていた当用漢字以前の複雑な漢字を台湾で見ることが出来ます。
中華民國の國や、臺灣の臺も灣も非常に懐かしい漢字です。
題名に書いた心、身、体について私の感じた事を述べます。
体は體と台湾では書いてありました。骨と肉付きの豊かさが、體なのですね。
非常に意味深い漢字です。
体は、一時教育漢字として躰を使っていた時代もありました。
ところで心はハート、マインドと訳せます。体もボデーと訳せます。身はどうも訳せそうにありません。
身は身重、恋に身をやつす、赤ちゃんは分身、などに使われる様に心と体をひっくるめたものを指すのではないでしょうか?
草花や木の部分名称とよく似ています。
葉:歯、芽:目、花:鼻、実:身といった具合で面白いですね。
(1997.1.7.記)
第17話.漢字の躾
躾(しつけ)は日本人が作った漢字だと言うことです。
躾の意味は、エチケットやマナーとは一味違うように思います。
身と美とを組み合わせたもので、身から滲み出る奥ゆかしいきちんとした行動で、相手をして「良い感じ」を与えるものでしょう。
戦前は、学校の先生や先輩から「しつけ」を厳しく教え込まれたものです。
私も海軍兵学校の生徒として、躾教育を受けました。
海軍将校として又外国人との交際の時、態度、言語、服装において模範でなければならなかったのです。
近頃はこの躾教育がなおざりにされている様に思われます。
だらしなくズボンを腰まで下げ、靴をひきずり、鞄をだらっと掛け、どう批評したら良いか分からないような若者を街で見かけます。
ほんの一握りの人達なのかも知れませんが、日本の将来は大丈夫だろうかと、いらぬ心配をしています。
(1997.1.10.記)
第18話.漢字の儲(もう)け
ある販売会社の社長さん達の集まりで、たまたま「儲(もう)け」の解説を聞く機会があり、非常に感銘を受けたのでご披露します。
「儲け」は利益を得る、という字である。
左側の「イ(にんべん)」は人を表わす。
右側の「者」も人を表わす。
中程の「言」はお喋りをする、コミュニケーションを良くするの意味。
左側の「信」は信用を表わす。
右側の「諸」は沢山の人を表わす。
よって「儲け」とは、売る人と買う人が良く話し合い、信用を基盤にして商いをすれば売る人も買う人も利益が出る。と言うことである。
競り売りで、仲買人が入って、シャンシャンシャンの手拍子を三つ打つのは、売る人、買う人、仲買人の三者とも満足したことの表現である。
良い商品ほど作った人、売った人、買って使う人の三者が満足するものである。
(1997.1.11.記)
第19話.信号は、緑か青か?
外人に、日本語を説明するとき、信号の色は緑か青かで、迷った経験をお持ちの方が案外多いのではないだろうか?小学校入学前の孫の手を引いて道路を渡るとき、間違って教えてもまずいなと思った。
倉島長正著「日本語101話」には次のとうり説明されている。
1.信号はもともと欧米の制度であった。色は「赤、黄、緑」の組み合わせであった。
2.日本で取り入れた当初は、同じ組み合わせだったが「緑信号」という呼び方は一般に
受け入れられずに「青信号」に落ち着き、法規などでも「青信号」になっている。
3.最近、「青信号」の色が「緑色」から「青色」に徐々に変わってきているようだ。
4.色彩語彙を考えるとき、基本色名の発生順序として、欧米では白・黒・赤に続いて青に
先立って緑が、ないしは緑が青を包含する段階を経てから青が独立したと見るのが
通説となっている。緑の方が古いのだ。ところが、日本では白・黒・赤・青がまずあって、
はるかに遅れて緑や黄が出てきて使われるようになったと考えられる。
5.国際標準化機構(ISO)は「赤・黄・緑」に統一しようとしているので、
日本もいずれ選択を迫られることになるだろう。
言語学者の城生 佰太郎(じょうお はくたろう)は、次の派生関係表からも日本語では「青・赤・黒・白」の四語だけが古くからあった。と考えられると書いている。
〜い 〜くなる 〜さ 真〜 畳語
青 ○ ○ ○ ○ ○
赤 ○ ○ ○ ○ ○
黒 ○ ○ ○ ○ ○
白 ○ ○ ○ ○ ○
黄 × × × × ×
緑 × × × × ×
茶 × × × × ×
紫 × × × × ×
橙 × × × × ×
ギリシャ語の色彩語彙が色ではなく明暗によって区別されていたという事実から着想を得た佐竹昭宏博士は日本語の場合も、
アカ(明)←→クロ(暗):ブライトネス(明るさ)
シロ(顕)←→アヲ(漠):コントラスト(濃淡)
こそが本来の姿なのだと推論している。
私は外人が工場見学の際、出来上がったばかりのエンジンをグリーンエンジンと言っていたのを思い出した。
グリーンボーイ(少年、青二才)[緑=青]の関係はないだろうか?
(1997.1.14.記)
第20話.いろは
「いろはうた」には、隠しことばがあることをお伝えしましょう。
「いろはうた」を書いてみましょう。
いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
上記のように配列して、改めて尾音のみをつないでゆくと、
「トカナクテシス=咎なくて死す」
即ち無実の罪で処刑される無念さを訴えた暗号文、という珍解釈となります。
かな手本忠臣蔵の赤穂浪士、四十七士は「いろは四十七文字」とも数が一致しているので、上記暗号文が世の中でもてはやされたのではないかと私は思います。
(1997.1.15記)
第21話.アイウエオ(1)
私が昭和10年小学校に入ったときは、「サイタ サイタ」で国語を習ったが、2〜3年上級生は「ハナ ハト マメ マス」だったようです。
五十音図は片仮名で表示されていました。今では使われなくなった「ヰ」や「ヱ」があり、人名に「ヰ」や「ヱ」が使われていました。
江戸から明治のはじめごろまでは「いろは」を使ってひらがなを教えていたのに、五十音図を使って片仮名から先に教えることが定着したのは明治19(1886)年といわれており、この年に検定教科書制度が発足しています。
片仮名を先に習う理由の一つは、直線的で書きやすいからということ、もう一つは、漢字片仮名文が公式文書で使われるものだったからです。
「明治憲法」「教育勅語」などはすべて漢字片仮名文です。
終戦時までは私も手紙などには漢字片仮名文を使っていたことを思い出します。
片仮名の生い立ちを見てみましょう。
十世紀から十一世紀頃お経に出てくる漢字の発音と意味を書いた「恩義(おんぎ)」と呼ばれる、今でいう辞書が書かれていて、その本の末尾に片仮名で書かれた「音図」が見られるとのことです。(筑波大学教授の小松英雄さんの話)
私たちの先祖は、古くからあった日本語の音に、輸入品である漢字を当てはめてきました。
「ア、イ、ウ」という音を「安、伊、宇」と書いていったのです。
「仮名」は文字通り「真名(漢字)」の略式ということです。
漢字を書きくずしたものが「ひらがな」となり、漢字の一部分を利用したのが「カタカナ」となりました。
安→あ 以→い 宇→う 衣→え 於→お
阿→ア 伊→イ 宇→ウ 江→エ 於→オ
参考文献
古屋和男 著 「心を結ぶ日本語」
森本哲朗 著 「日本語根ほり葉ほり」
城生佰太郎著 「言葉の科学」雑学辞典
(1997.1.24.記)
第22話.アイウエオ(2)
「アイウエオ」の並べ順について調べて見ました。
明治の初め頃、外国人に日本語を系統的に教える必要に迫られ研究されました。
アイウエオは、いうまでもなく「母音」です。
母音とは「呼気が口腔で通路を妨げられず」(「広辞苑」)に発せられる音で、最も簡単に、自然につくられる音のことです。
インドのバラモン教では「オーム」という音を「聖音」としています。これも「ア、ウ、ム」の音素からなり、母音を主としています。
仏教でいう「阿吽(あうん)」はここに由来するらしいのですが、サンクリット語で、「阿(あ)」は開口一番に発せられる音、「吽(うん)」は口を閉じて発音される最後の字音であるところから、始めから終わりまで、即ち、万物の始源、終末をあらわしています。
狛犬の片方が口を開けている姿を示し、他方の狛犬は口を閉じています。
オギャーと口を開けて赤ちゃんが生まれてきたことと、口を結んで息を引き取ることを表しているとある人から聞いたことがあり、そういう解釈があるのだと感銘を受けました。
真言密教では仏様と交わすことばとして、六世紀のインドの文字である悉曇(しったん)文字が使われています。塔婆に書くあの独特の文字です。この悉曇文字の並べ方の影響を受けて、しだいに、今の「アイウエオ」「アカサタナ」の順に整理されていったものといわれています。
五十音図の基礎には漢字音の研究と悉曇の研究があったのです。
日本語には、漢字とひらがな、カタカナおよびローマ字を使っているので外国人には覚えにくい言語だし、書くにも手数がかかるし、スピードアップの妨げになっていると思っていましたが、最近のパソコン、ワープロの進歩は目覚ましく、さすが日本人はすばらしいと感心しています。
日本語を大事に育てていきたいものです。
(1997.1.28.記)
第23話.ドンピシャリ
ソロバンで計算が首尾良くできたとき、ドンピシャリごめいさん(名?明?算)の声がかかったことをご記憶の方は多いでしょう。
数年前までは銀行で使っていると聞きましたが、ソロバンを使わくなった現在、どうなっているのでしょう。
「ドン」は韓国語で「お金」の意味だそうですから、金勘定が正しいということだと思います。
海軍式名句集「プレシデント編(海軍式マネジメントの研究)より」の中に「迅速正確(ドンピシャリ)ヲ旨トスベシ」−海軍式事務管理の要諦−という文が書いてありました。
ドンピシャリの慣用句に迅速正確を当てはめたものだと私は思います。
私も海軍で四ヶ月鍛えられましたが、スピードアップと正確さとの両立は難しく、海軍は「月月火水木金金」で訓練につぐ訓練で精神的にも、技術的にも崇高な目標に向かって一路邁進したものです。
(1997.1.29記)
第24話.百発百中と100%
十発打って十発当たった場合も百発打って百発当たった場合も、当たった確率は同じ100%です。
しかし何か変です。同じ確率だといってすまされない問題が内在しています。
十発十中よりは、百発百中の方が、精神集中、技術的努力度、肉体的疲労克服度が断然高く素晴らしいものです。
こんなことをいう、その動機についてお話ししますので、笑い話として聞いて下さい。
私が約20年前会社から家に帰って、夕食前のひととき、じゅうたんの上でゴルフのパターの練習をしました。約2メートルの距離でしたが、十個のボールのうち何個がホールにはいるかを記録してみました。段々上達はしましたが、面白いことに気がつきました。
それは最初のボールはなかなか入らないことです。
そこで最初の2個は練習としてカウントしないことにしました。
段々成績も安定した来たのですが、続けて7個入った後の3こにはプレッシャーが思いの他かかるものです。実感として百発百中の重みを感じました。
余談ですが自動車の販売競争でシェアー25%から1ポイントアップの26%と35%からの1ポイントアップの36%とでは同じ1ポイントアップでも努力度というかエネルギー消費度というものが2乗で効いて来る感じと同じ様です。 (1997.1.30.記)
第25話.21世紀は何年から?
先日の朝日新聞に「21世紀は2000年からと思っている人が、かなりいる」との記事を読んで、私もその一人だなと思いました。
正しくは「21世紀は2001年から」ということです。
このことから、次のことが思い浮かびましたので、蛇足ながらお伝えします。
小学校へ入学する人で、4月1日生まれは早生まれなのです。長い間、1月1日から3月31日生まれが早生まれだと思いこんでいたものですから、4月1日生まれの友人からこの話を聞いたときはびっくりしました。
アメリカの車の年式にもちょっと変なところがあります。
大体秋頃までにアメリカの排ガス認定を取得し(アメリカは自己認証制度を採用しカーメーカーが規則に適合していますとの宣誓書を提出すれば良い。車を作った人や、使う人の責任は重い)翌年の年式として販売する習慣があります。
あるとき精細に調査する必要に迫られました。するとこうなんです。1997,1,2以降生産した車は1998年型と呼称できるというのです。
ちょっとびっくりしました。 (1997.2.2.記)
第26話.ひ・ふ・み
「ひとつ、ふたつ、みっつ」、と数を数えるときに、「ひ・ふ・み」ともいいます。
私が昭和25年頃、アルバイトで上野の飴問屋で働いていたとき、これに似た口調で数えた覚えがあります。飴を10本ずつを掴んで、調子をとりながら「ひとよ、ひとよ、ひとよ、ひと、ふたっせ、ふたっせ、みっせ、みっせ、よっせ、よっせ、のごのごんの、むっせ、むっせ、なななんな、なななんな、やっせ、やっせ、ここのんの、ここのんの、いっそく、だー」これで100本になります。
この「ひ・ふ・み」は、何処から来た言葉でしょう。
韓国女流文学人、李寧煕(イヨンヒ)によれば、特に高句麗の数詞は日本の「ひ・ふ・み・よ・・・・」と非常に似ている、とのことです。
みどりご(嬰児・緑児)はなぜ3才以下の幼児なのでしょうか。
「み」:「ミ」意味「三つ」。「どり」:「ドウル」意味「回目、周年」、「イ」意味「者、物」で「ドウル」と「イ」がつながって「ドリ」となった。
よって「みどり」は古代韓国語で「三歳の赤ちゃん」という意味の言葉なのだそうです。
私の孫が三歳でみどりこクラブに入っていましたが、その意味がわかりました。
渡辺吉鎔 著 「朝鮮語のすすめ」
李 寧煕 著 「日本語の真相」
同 著 「フシギな日本語」 を参考にしました。
(1997.2.8記)