新型コロナのワクチン特許放棄

〜 あまりにも安直な考え 〜



新型コロナウイルスのワクチンを発展途上国に広めるという目的から、ワクチンの特許を放棄しろという声が出ている。

元々は、半年前からインドと南アフリカが、世界中のワクチン生産量を拡大できるとして、ワクチンの知的財産権の放棄を世界貿易機関(WTO)に提案していたものだ。
多くの発展途上国は深刻なワクチン不足に直面しており特許が必要なワクチンの生産拡大を妨げていると主張している。
この提案に対して、ワクチン製造に成功した製薬会社を抱える欧米諸国はこれまで無視してきたが、ここへきて突然、アメリカ政府が支持を表明したのだ。

このアメリカの豹変に対して、アメリカのファイザー社とワクチンを共同開発したビオンテックが本拠を構えているドイツは「知的財産の保護は技術革新の源泉であり、今後もそうあり続けなければならない」として反対の姿勢を示した。
メルケル首相は「求められるのは企業の創造性と技術革新の力であり、特許保護はそのために必要だ。特許の放棄が普及につながるとは思えない」と述べている。

ドイツだけでなく、EU諸国は概ね特許の放棄に反対している
彼らは、ワクチンの供給不足は特許のせいではなく、アメリカやイギリスが自国を優先したために起きたという不満がある。
フランスは「ワクチンの供給を増やすためには、ワクチンと原材料の流通が止められてはいけない。現在はアメリカやイギリスが流通を止めている」と批判している。
事実、アメリカにはワクチン原料輸出の規制があるし、イギリスもワクチンをほとんど輸出していない。そのために、自国内でのワクチン接種率が高くなっている。
一方、EUは域内で生産された4億回分の半分を輸出しており、そのために、ワクチンの接種は遅れ気味だ。

特許の放棄は、一見、正義であるかのように聞こえる。悪どい巨大企業が特許を独占して金儲けに邁進する一方で、金の無い人々がワクチンを接種できずに次々と倒れていく姿を想像できるからだ。
しかし、これはあまりにも単純で安直で間違った考えだ。
2つの理由で、特許放棄の考えは間違っている

1つ目の理由は、そもそも、なぜ特許と言う制度が存在するのかを考えれば自明だ。
特許は、開発した者の権利を守るためだ。
薬の開発には巨額の投資が必要だ。特許が無ければ、せっかく苦労して巨額の投資をして生まれた薬なのに、投資を回収できなくなってしまう。
そういう世の中になると、もう二度と巨額の投資をして新しい薬を開発しようとはしなくなる
特許の放棄は、仮に、今回だけは有効だったとしても、今後、新しい薬の開発が進まなくなってしまうことを考えると、世紀の愚策だろう。

2つ目の理由は、特許を放棄したところで、ワクチンの生産が進むとは思えないからだ。
発展途上国は、特許の放棄により、多くのメーカーがワクチンを生産できるようになり、貧困国で予防接種できる人が増えると主張している。
しかし、どう考えても、そんな簡単な話ではない。特許を放棄したからと言って、途上国のメーカーがワクチンを製造できるとは、とても思えない。
高品質のワクチンの生産には、高度な生産技術や労働者の習熟などが必要であり、どう考えても、特許放棄だけで途上国のメーカーが生産できるようなものではない

そんなに簡単に製造できるのなら、モノマネ大国の中国がとっくに製造しているだろう。中国は外国の特許なんて徹底的に無視して何でもかんでもコピーしまくるトンでもない悪の帝国だが、現在、製造している中国ワクチンは粗悪で効果が極めて怪しい代物だ。
モノマネ大国の中国ですら簡単にはコピーできないワクチンを、他の途上国が簡単に製造できるとは思えない
もし製造すれば、有効性と安全性が非常に低い危険なワクチンになるだろう。

アメリカの突然の態度豹変は、おそらく極めて政治的な動きであり、正義でも何でもない。
アメリカの民主党は、オバマ政権の時、口先だけ核兵器廃絶を訴えてノーベル平和賞を獲りながら実際には1ミリも核兵器を削減してこなかったような国なので、真に受けてはならない。
今回の騒ぎも、時が経てば自然消滅していくだろう。

(2021.5.9)



〜おしまい〜





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