カリフォルニアの電力危機

〜 電力自由化の当然の結末 〜



電力危機が続くカリフォルニア州で、遂に停電の事態にまで状況は悪化した。

これは、電気が足りなくなったことから、全面的に停電するのを防ぐために、地域ごとに順番に計画停電しているのである。まず初日は1時間から1時間半にわたって、サンフランシスコなどで送電が止まり、市民生活やシリコンバレーのハイテク企業活動に影響が出た。今後も停電は拡大する模様だ。警察、病院、消防署、地下鉄といった重要施設では停電は回避されているが、何から何まで電化された便利な生活を享受する先進国の住民にとって、家庭の電気が止まると、それこそ生活の全てに支障をきたす。寒い地方なら、凍死者も出てくる。また、信号機が消えて交通が混乱したり、エレベーターが停止するなどの混乱があった。さらに、事務所や工場も停電となり、経済活動は完全に麻痺する。

発展途上国ならいざ知らず、日本やアメリカを含む先進国では、台風による被害といった自然災害以外の要因で停電するなんてことは考えられなかった。
このような先進国では信じられない事態に陥ったのは、電力の自由化のせいである。市場原理にゆだねる自由化が、電力の卸売価格の高騰や電力会社の経営危機、さらには停電まで招いてしまい、緊急措置で公的資金の投入により、なんとか乗り切ろうとしているという皮肉というか、アホな結果に陥っているのだ。

カリフォルニアでは、もともと電気の値段が高かった。同じアメリカ西海岸でも、水力資源が豊富な北部のワシントン州と比べれば、はるかに高い料金だった。しかし、それは、資源の乏しい日本の電気料金が資源の有り余るアメリカやカナダに比べて高いのと同じで、必然的なもの。しかもカリフォルニアは人件費も高いし、日本と同様に、他より高くて当たり前だった。
それなのに頭の悪いカリフォルニア人どもは、電気が高いのは、電力業界が規制で自由競争になっていないからだと早とちりした。そして電力の規制緩和を積極的に推進し、発電部門と配電部門を切り離した。電力会社は州公設の取引所において発電業者から電気を買い、それを小売りするようになった。つまり、八百屋さんが青果市場で野菜を買って店で小売りするのと同じ。
果たして、これで、本当に野菜は安くなりますか?
もちろん、電気は安くならなかった。当たり前。昨年の12月には、1年前に比べて、なんと40倍にまで高騰した。ここまで極端なのも驚きだけど、電力不足になればなるほど、最後の最後まで売り惜しみ、高騰した相場で売るという利益優先の営業判断によるものだ。そらそうだわな。安く大量に売るよりも、少なくても高く売れれば利益は大きい。かつて石油危機のときにスーパーがトイレットペーパーを売り惜しみして高騰したのと同じこと。

価値観が全く自己中心的で、自分達の考えが絶対に正しいと思いこんでいる集団ヒステリー状態の北西ヨーロッパ諸国と同様に、カリフォルニアも考え方が非常に安直で、科学的、理論的な根拠のないままに環境に良さそうだとか言う表層的な発想だけで支離滅裂な政策がどんどん出されているが、電力も自由化すれば価格が安くなるはずだという、何の根拠もない思い込みだけで過激な政策を取った。
しかし冷静に考えれば、自由化して価格が下がる保証なんてどこにもない。野菜の価格の乱高下を見れば分かるように、市場原理にまかせて自由化すれば、価格は投機家の思惑によって上がったり下がったりする。それくらいのことは、中学生にも分かる原理だ。農家は市場価格が下がれば出荷を控える。そして市場価格が高くなってから出荷する。もちろん、需要と供給の関係で価格が決まるというのは経済学の初歩の初歩の初歩初歩だが、それは長期的に見ればそうなるというだけであり、短期的には乱高下がある。そんなん、当たり前。パソコンのメモリーにしたって月単位で価格が変わっているだろうが?

今回の事態に対して、市民や政治家からは「電力需要の増加と発電能力不足から生じた電力不足ではなく、エネルギー企業が消費者により高い価格の電力を押し付けようとしたことから生じたものである」と考えているが、全くその通りである。そんなのは、やる前から分かっていることだ。アメリカ人の大好きな市場原理による自由競争とはそういうものである。私企業が各自の利潤を純粋に追求すれば、結果としてみんながハッピーになるという、何の根拠もない思い込みである。バカな話。
おまけに、自由競争にすっかり任せるのならそれでもいいが、電力会社にとって悲惨だったのは、公設の取引所から買う値段は自由競争の市場価格なのに、それを小売りする価格については、なんと固定されていたのだ。つまり、原価がいくら高騰しても、安い値段で売り続けなければならない。そんなアホな!このため、発電業者からの買い取り価格と小売価格が逆転し、その逆ざやが急速に拡大し、経営危機に瀕してしまったのだ。
カリフォルニア州では、最大手の電力会社パシフィック・ガス・アンド・エレクトリックがサンフランシスコ周辺に電力を供給し、二番手のサザン・カリフォルニア・エジソン社がロサンゼルス周辺に電力を供給している。かつてアメリカに住んでいた頃、どちらも訪問したことがあるが、数多いアメリカの電力会社の中でも、この2社は非常に優良な電力会社だった。技術的な側面から電力会社としても優秀であったし、経営的にも良好な会社であった。このアメリカを代表する2大電力会社が経営危機になるなんて、正常な経済状況ではあり得ない、と断言できる。裏を返せば、極めて異常で偏向的な制度になったがゆえに経営危機に陥ったのである。

カリフォルニア州知事は非常事態を宣言し、緊急措置に乗り出しているが、抜本的な解決策には程遠い。だって、発電設備なんて、そう簡単に出来るものではない。他の州の電力会社に融通をお願いしたりしているが、経営危機に陥った電力会社にホイホイと電気を融通してくれるとは限らない。
カリフォルニア州知事も「電力自由化はとんでもない失敗だった。新規参入企業による価格操作と高騰により電力供給の不安定を招き、悪夢のような事態になってしまった」と言っているが、今頃言っても遅いぞ。そんな事も分からないようなバカが知事になっている。ま、昔はレーガン元大統領もカリフォルニア州知事をやっていたくらだから、バカが知事になってもおかしくはない土地柄だけど。
ま、ともかく、米国の規制緩和一辺倒が万能でないことを示す良い事例であり、世界的に先行していたカリフォルニア州の電力自由化が凍結され、さらに再規制に転じるわけだ。

電力供給設備の構築には、一般企業では信じられないような長期間を要する。最低でも20年はかかる原子力発電所だけでなく、火力発電所にしたって、用地買収や漁業補償から始まって、造成工事や設備工事など、10年くらいは平気でかかる。送電線にしたって、鉄塔を建てる用地の取得から始まり、とんでもない年月がかかる。また変電設備等にしたって、常日頃から十分なメンテナンスをしてないと、故障して大停電が発生する恐れがある。こういう業種を自由化していいものか?
一般企業なら、仮にトラブルがあっても、自分とこの工場がストップして製品が出荷できなくなっても、自分とこに損失が出るだけで、会社としてはダメージだが、一般市民は平気だろう。雪印の工場が、ヒステリーばばあどもの圧力によって閉鎖になっても、スーパーには牛乳が溢れている。でも、電気が止まればみんな困るぞ。それでもいいのか?
市場原理の自由競争にゆだねられてしまうと、誰も10年先20年先の事なんて考えられなくなる。アメリカでは、それこそ毎期ごとの業績に経営トップの首がかかっているため、将来の需要増を見込んで発電所を建設するなんていう悠長な投資をしていたら、たちまちクビになってしまう。その結果、設備投資が抑えられ、需要の伸びを見込んだ発電所や送電設備の建設が進んでいなかった。

論点を整理しよう。
規制でも、自由化でも、それはどちらでもいい。しかし、双方のメリットとデメリットをちゃんと考えた上で決めなければならない。それは政府や消費者の判断だ。
(規制)
規制したままだと、競争原理は働かないため、もしかしたら価格は高いのかもしれない。しかし、電力会社には供給義務が課せられるので、停電にはならない。消費者がどんなに電気を使っても、電力会社はそれに対応するだけの設備を持ち、メンテナンスしなければならない。そして、一般の人は知らないだろうが、「電気の質」は非常に高い。
(自由化)
自由化すれば競争原理が働くため、もしかしたら価格は安くなるかも知れない。その代わり、どこも供給義務を持っていないため、停電は日常茶飯事になる。むしろ、停電に成りかねないような事態になった方が価格が高騰するため、電力会社は歓迎するだろう。そして、長期の投資を要するような発電所の建設なんて誰もやらなくなるだろうが、電力会社は困りはしない。価格が高騰するからだ。おまけに、量さえ確保できればいいので電気の質は悪くなる。

そして、日本の場合、重要な問題がある。資源に乏しい日本は、リスク分散の意味合いから、原子力、石油、石炭、水力などを適度に組み合わせたベスト・ミックスという発想で電源構成を考えている。しかし自由化となれば、誰も原子力発電所など作らないだろう。ものすごい年月と手間暇をかけて、おまけにヒステリーな反対派とやりあいながら原子力発電所を建てるなんて鬱陶しいことは、供給責任が無くなれば、絶対にやらないと思う。
政府がそれでもいいと言うのなら、それでもいいが、この先、中国を始めとする発展途上国の石油消費量が爆発的に増加し、エネルギー危機になったとき、石油だけに頼っていいのだろうか?それは利益を追求しなければならない民間企業の責任ではなくて、国民の生活を守る政府の責任だ。ちゃんと将来の事を考えておかなければならない。食料と資源エネルギーに関しては、絶対に守らなければならないものがあるはずだ。無制限な自由化は自殺行為だ。日本のマスコミはものすごく頭が悪いので、なんでも規制緩和せよと言っているが、政府は冷静に考えて欲しい。
もちろん、今まで政府もそう考えてきたから積極的に原子力開発を進めてきたのだ。それなのに、日本の経済産業省のバカ役人は、相変わらず「自由化を進めて徹底的に競争を促す」なんて寝言をいまだに言っている。日本の役人の頭の悪さには、ほとほと困り果てており、このコーナーでも再三指摘しているが、本当にどうにかならないもんかなあ。

(2001.1.19)



〜おしまい〜





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