東京電力の不祥事

〜 その真意は? 〜



東京電力が原子力発電所の検査で見つかった部品の不具合を隠していた、との発表があった。かなり衝撃的な事件である。
もちろん、この部品の不具合自体は、ヒジョーに軽微なものであり、安全性の点では全く取るに足りないくらいの問題であり、例えば火力発電所で発見されたものなら、あらゆる人に完璧に無視されるくらいの、つまらんものである。


事件の概要

経済産業省の原子力安全・保安院の発表によると、福島県にある福島第1原子力発電所、福島第2原子力発電所と、新潟県にある柏崎刈羽原子力発電所の3発電所で、80年代後半から90年代にかけて実施した自主点検の際に、ひび割れなどの不具合が見つかりながら、その事実をごまかすなどの不正があったということだ。東電の報告では不正は29件あり、そのうちの一部は既に部品交換しているが、現在もそのまま使用しているものも多い。
ただし、これらは全て電力会社の自主検査の部品だ。つまり、原子炉の安全性に直接かかわる部分ではないから、国が定期検査で点検する項目には含まれていないのだ。つまり、仮に壊れたとしたって、別にすぐに事故につながるような箇所ではない。してもしなくてもいい検査なんだから、そもそも不正も何もない。勝手に検査して、多少の不具合が見つかったけど、「そんなに大事な部品でもないし、ま、いっか」てな感じで放っておいたってところだ。


原子力を取り巻く情勢

しかし、こと原子力に関しては、それでは済まない。
それは、例の「もんじゅ」のトラブル時に痛感した。「もんじゅ」とは、高速増殖炉の実用化に向けて様々な問題点を調べるための実験のための原型炉であった訳で、その実験の過程でトラブルが起きたからと言って、そもそも問題になるのがおかしい。トラブルが起きたら、そこを改良して将来の実用炉に反映させればいいのである。そのための実験なのである。トラブルを発見するための実験である。トラブルが発見されて良かったのである。しかも、そのトラブルは建物の中で発生しただけで、外部には一切、影響を及ぼしていない。それなのに、ああ、それなのに、例によって新聞や雑誌を売ることしか考えていない商売第一主義の自己中心的かつ独善的なマスコミどもがヒステリックに報道しまくったもんだから、何も知らない一般庶民に悪の権化みたいに思われて、「もんじゅ」は運転停止に追い込まれるし、動燃は組織替えになっちゃったし。
て言うことで、今回の東京電力の事件も、部品の不具合そのものは全く取るに足らない些細なものなのに、雪印や日本ハムと同様な組織的隠蔽の巨悪企業みたいな報道になりつつある。そもそも雪印や日本ハム事件自体だってマスコミの犠牲だと思っている僕としては、これはやりきれない状況である。


腑に落ちない発表のタイミング

しかし、どう考えてもおかしい。
何がおかしいかと言うと、発表したタイミングである。
今回の事件は、内部告発が発端で、最初の通報があったのは2年も前の事だ。2年間も公表してこなかったものを、なぜ今になって発表するのか。今は、こういう事件を発表するには最悪のタイミングだったはずだ。すなわち、東電は近々プルサーマルを実施する予定だったのだ。
プルサーマルとは、ウランの代わりにプルトニウムを燃料に使用するものだ。なぜプルトニウムを使うのかというと、資源小国の日本は、ウラン燃料を一回使っただけで捨てるのはもったいないから、使用済み核燃料を再処理して、中に溜まっているプルトニウムを取り出して再利用したいのだ。ま、リサイクルですな。このプルサーマル自体は安全性は全く問題ない。なぜなら、従来のウラン燃料にしたって、燃やしている間に、ウランがどんどんプルトニウムに変換されていき、最後の方は、実際に燃えているのはウランじゃなくてプルトニウムばっかりという状態になっている。だから、最初からプルトニウムがいっぱい入った燃料を使ったって、何も変わりはしない。現に、ヨーロッパでは広く使用されている燃料形態だ。
それなのにキチガイマスコミが、狂信的原子力反対派と手を組んで反プルサーマル運動を繰り広げているから、日本ではプルサーマルがなかなか進まない。一体なぜマスコミは反対するのか。資源の有効活用という観点から資源小国の日本にとっては欠かすことの出来ない原子力利用を、なぜここまで必死になって邪魔するのか。やはり新聞を売りたいためなんだろうなあ。困るなあ、こういう非国民は。
しかも悪いことに、キチガイマスコミと反対派の尻馬に乗って、なんでもいいから電力会社から金を巻き上げようとして姑息な手をつかいまくる地方自治体が無理難題をふっかけてくる。奴らは、基本的に原子力反対派ではない。なぜなら原子力を推進するという国策により、原子力発電所の地元には金が落ちるような構造になっているから、反対する理由はない。ただ、少しでも余計に金をせしめようという強欲のために、何かにつけて難癖をつけ金を要求する。先日も、福島県が核燃料税の大幅アップなんていうとんでもない無理難題をふっかけてきて、東電が当惑していた。東電が税金を払わなければプルサーマルも認めない、という信じられない欲深い策略である。このため、東電は福島を取りあえず置いといて、まずは新潟でスタートさせようとしていた。
今回の事件は、その矢先の出来事である。このまま数ヶ月もすれば、新潟で日本初のプルサーマルが実現していたかもしれない。それなのに、それをぶち壊すために、この時期にこななしょうもない事件が発表された。一体、これはなぜ?


東京電力の陰謀

てな訳で、実は、これは東電の謀略ではないか、と考える。
プルサーマルが実現しそうな直前に、それを敢えてぶち壊すために発表した。なぜか。それはプルサーマルを中止させるためだ。なぜか。プルサーマルが実現しなければ、使いもしないプルトニウムが沢山余ってしまい、プルトニウムを取り出す使用済み核燃料の再処理がストップしてしまう。プルトニウムは核兵器に転用されるから、使い道の無いプルトニウムを溜め込む訳にはいかないのだ。では、なぜ使用済み核燃料の再処理をストップさせたいのか。それは、再処理がバカみたいにコストがかかるからだ。もう信じられないくらい高い。天然ウランを買ってきて使いまくった方が、はるかにはるかに安くつく。アメリカなんかは、再処理はしないで、一回使った核燃料をそのまま捨てることにしている。まあ、捨てるにしても、どこに捨てるかが大きな問題にはなるんだけど、コストは安くつく。資源小国の日本は、従来から、コストはかかっても資源の有効利用を進めようと言うことで、再処理路線を堅持してきた。
ま、一般的にリサイクルには金がかかるのが当たり前。ペットボトルのリサイクルなんていうバカげた事が全国で浸透しているが、これなんて、やたらコストばっかりかけて使いもしないTシャツばっかり大量に作ったりして、一体、何をしているのやら。さっさと燃やして温水プールの燃料にでもした方がよっぽど安くつくんだけど。
何にしても、一度決めたらなかなか方針転換しない我が国なので、核燃料の再処理路線も、目の玉が飛び出して開いた口が塞がらないような巨額のコストがかかると分かってきたのに、なかなか止められない。止めたくても止められない。もちろん、政府がコストを負担してくれるのなら文句は無いが、コストは電力会社が全額負担しなければならない。そのくせ政府は一方で、電気料金の引き下げを狙って電気事業の自由化を進めている。自由競争の中で生き残るために電気料金を下げるには、天文学的なコストのかかる核燃料再処理は早く止めてしまいたい。でも、政府が許してくれない。てなことで、最後の手段として、今回のような事件を公表して、自らプルサーマルが実現できないような状況にしたのではないか。
そもそも、最初にプルサーマルが実現しそうだったのは新潟県の柏崎刈羽原子力発電所だった。ところが、去年の5月に地元の刈羽村でプルサーマルの賛否を問う住民投票が実施され、バカマスコミとキチガイ反対派に煽られて、反対票が多数となった。これで新潟での実施が難しくなり、まずは福島県で進めようという機運になった。それなのに、東電ったら、何を血迷ったか、原子力を推進するための見返りとしてセットで進めていた火力発電所の建設を突然、中止した。「これからの自由競争に生き残るために投資を抑制した」というのが理由だった。これに怒った福島県は、一気に東電との関係が悪化し、最近、核燃料税の大幅アップという対抗手段に出たのだった。こういう結末になるのはサルでも分かるというものなのに、なぜ東電は突然、火力発電所の建設を中止したのか?それは、やはりプルサーマルを実現させたくなかったからではないか?そして、今度は住民投票の結果が風化してきてプルサーマルが実現するかもしれなくなった新潟県で、とどめをさすために今回の事件を公表したのだった。

と言うのが、私の推測だ。考えすぎ?

(2002.8.31)



〜おしまい〜





独り言のメニューへ