週刊文春発禁処分

〜 大した記事でもないのに 〜



元外相の田中真紀子衆院議員の長女が「掲載予定の記事はプライバシー侵害である」として、3月17日発売予定だった週刊文春の出版禁止を求めた仮処分の申し立てについて、東京地裁は16日になって、発行元の文芸春秋社に販売差し止めを命じる決定を出した。発売前の雑誌について出版を禁止する仮処分は極めて異例だ

文藝春秋側は異議申し立てなどはできるが、命令の効力に直ちに影響はないため、取りあえずは従わなくてはならない。そのため、文芸春秋は「言論制約を意味する決定は、暴挙というほかはなく、到底承服できない。決定には異議を申し立てる」としながらも、取りあえず、まだ出荷してなかった3万部の出荷は中止した。ただし、印刷した77万部のうち、決定を受けた段階で既に74万部は取次店に出荷済みであり、それを回収する事はしていない。なぜなら、「裁判所の販売差し止め命令は文芸春秋社に対するものであり、出荷先は命令の対象にはならないため、回収はせず、取次店の判断に任せる」ということだ。一見、それもごもっとものような気もするが、裁判所の差し止め命令の趣旨は、要するに「販売しちゃダメよ」という事なんだから、書店には直接命令していないとは言え、処分の趣旨を理解して、書店にお願いして、自主的に回収するとかの措置を取るのが常識のような気がする。

ただし、断っておくが、僕は「自主回収せよ」と言ってるのではない。文芸春秋社の対応は裁判所の命令の趣旨には反していると思うが、僕はそもそも裁判所の命令自体が間違っていると思うので、それでいいんじゃない、って思う。なぜ裁判所の命令が間違っていると思うのか?基本的には裁判所に対する強烈な不信感があるからだが、今回の事件に限って言えば、そんな大した記事ではないからだ。そんな大騒ぎするような記事ではないからだ。

週刊現代ファンの私としては、普段なら、行きつけのお好み焼き屋で毎週隅から隅まで週刊現代を読むけれど、週刊文春を見ることは少ない。しかし、今回のように騒ぎになれば、ミーハー精神爆発で、絶対に週刊文春を読まずにはいられない
ただし、四国という田舎においては、悲しい事に、週刊誌の発売日が1日遅れる。翌日になっちゃうのだ。今回の場合なら3月18日(木)になって、ようやく発売となる。これは北海道や九州も同じような状況だが、流通に時間がかかるからという理由だ。しかし、あなた、船しか無かった大昔ならともかく、今どき、宅急便で全国どこへでも翌日に届く時代にやねえ、たかが週刊誌ごとき、なんで1日遅れるんや?なんで岡山で17日に販売されるものを四国だと18日になるんや?なんで山口で17日に販売されるものが九州で18日になるんや?全然、理由になってないぞ。
聞くところによると、これは流通業界のカルテル体質の問題らしい。大手書店なら四国であろうが九州であろうが東京と同じ日に発売できるが、小さなお店では対応できないため、それに合わせているらしい。つまり、消費者無視の業界体質なのだ。実は、1日遅れでもマシになった方だ。ほんの少し前までは、なんと2日遅れだった。もう信じられない。
で、そうなると、東京あたりだと、キオスクとかが自主回収に踏み切る前に買い込む、とかの対応が取れるのだが、四国だと、発売する日の前日に、最初から書店が自主的に発売中止措置なんか取っちゃうと、買うチャンスがない。てことで、入手できるか不安だったのですが、なんのことはない、あっさりと入手できました。良かったんだけど、こうなると、う〜ん、裁判所の命令って一体なに?って思いますよね。何の影響も無いぞ。

で、記事を読んだ感想ですが、まことに普通の淡々としたインパクトのない冷静な記事でした。「これが、何で問題になるん!?」って印象。新聞広告の見出しでは「田中真紀子の長女が親の反対を押し切って結婚したのに、わずか1年で離婚して、住んでいたアメリカから帰国した」っていう内容だったので、かなり面白そうな予感だ。
 ・田中真紀子が猛烈に反対したってことは、何やらいわくつきの相手なのか?
 ・それを押し切って結婚したってことは、何か理由があったのか?
 ・それなのに僅か1年で離婚したってことは、やはり、その何か怪しい理由が原因か?
 ・しかも結婚生活はアメリカだったらしく、かなり特殊な事情があったはずでは?
な〜んて妄想が爆発しますよね!
しかーし、何のことはない。大変つまらん記事でした。新聞広告の見出し以上の内容は無かった。
 ・田中真紀子が反対したのは、彼女はなんでもかんでも自分の思うとおりにならないと気が済まない性格なので、
  自分が決めてきた縁談話でないと絶対に反対するらしい。
  長男も結婚を反対されて、駆け落ち同然で結婚したらしい。
 ・それを押し切って結婚したのは、長女も母親似で頑固な性格だったかららしい。
 ・相手は日経新聞の社員で、長女も日経新聞に就職していたから、単なる職場結婚だ。
 ・アメリカで新婚生活を送っていたのは、相手がアメリカ支局に転勤になったからだ。
 ・そして、最大の関心事である離婚の理由は、若くしてアメリカ支局に異動になったものだから、
  旦那は非常に忙しくなってしまい、家で落ち着いて過ごす時間がなくなったため、
  彼女は知人もいない外国で耐えられなくなり、それで離婚して帰ってきたらしい。


ふむ。非常に分かりやすい話であり、何の違和感もない。これだけ離婚がありふれてきた現代において、普通すぎて印象に残るような事件ではない。しかも、書き方も冷静で、週刊誌がよくやるような、あること無いことまことしやかに書き殴るようなものではなく、淡々と書いており、当事者の性格を悪く言うようなものではない。こんな騒ぎにならなければ、読んだ次の日には忘れてしまうような大人しい記事です。文芸春秋側は「記事では、人権に十分な配慮をした」と言っているが、通常なら単なる言い訳にしか聞こえないが、今回の記事に限って、これは真実だ。
はっきり言って、田中真紀子の長女側としては逆効果ですね。こんなに大騒ぎになったため、すぐに忘れられるような記事が、忘れようにも忘れられない事件になっちゃいました。

逆に言えば、週刊文春としては、こなな大したことない記事のおかげで飛ぶように売れて、非常にラッキーだったのではないか。まさか、そこまで考えていたはずはないのだが、この騒ぎのおかげで、週刊文春は飛ぶように売れたらしい。キオスクなんかは販売を自粛したけど、だいぶ時間が経ってからの措置だったので、朝のニュースで知った通勤客が買いまくったため、大半は売れてしまったらしい。それでも買い損なった客は、販売を継続していた書店で買いまくったらしい。通常は1週間かけても売れ残りが出たりするが、今回は、売ってる店は即日完売だったらしい。田中真紀子が大臣をしていた外務省内にある売店でも完売したらしい。文藝春秋としては、全部は出荷できなかったにもかかわらず、実際の売上は通常より多かったのではないか。大した記事でもないのに。まさか、そこまで考えて東京地裁の裁判官を抱き込んでやったヤラセなのか!?

JRのキオスクや営団地下鉄が早い段階で販売中止措置を取ったのは理解に苦しむ。なんでやろ。民営化されたとは言え、まだまだ公益事業の意識が高いからだろうか。ま、しかし、実際には、大半が売れてしまった後での販売中止措置だから、アリバイ作りとも言えるか。一方、コンビニ各社は「仮処分は出版社への命令」だとして販売継続で足並みが揃っている。さすがは商売上手のコンビニちゃんだ。あっぱれ。

図書館の対応も面白い。通常通り自由に閲覧できるところもあれば、閲覧禁止にしたところもあるが、図書館によっては、問題の記事のページに紙袋を掛けて閲覧できないようにしたり、金具でとめたりするところもあるようだ。まるで、週刊現代なんかで流行っているエッチなページの袋とじと同じやなあ。そんなんしたら、かえって興味がそそられるぞ。

ところで、今回の差し止め命令に対して、さすがにマスコミは非難で一致している。ま、そらそうやわな。いつ自分とこが差し止めされるか分からないもんね。
最高裁は1986年の「北方ジャーナル訴訟」で「表現内容が真実でなく、被害者が著しく回復困難な損害をこうむる恐れがある時は、事前差し止めが例外的に認められる」との初判断を示した。そして、ここのところ、プライバシー侵害を理由に、小説や単行本などの出版差し止めを命じる判決や仮処分決定は相次いでいる。例えば、一昨年の9月、最高裁は、芥川賞作家の柳美里の小説「石に泳ぐ魚」のモデルになった女性の主張を認め、「出版されれば、重大で回復困難な損害を被る恐れがある」と判断し、出版差し止めなどを命じた2審判決を確定させた。サッカーの中田英寿選手が「勝手に半生記を出版された」として出版社と争った訴訟でも、東京地裁が発行差し止めと385万円の支払いを命じており、芸能人に関連した出版物に対しても、同様の仮処分決定や判決が出されている。ただし、週刊誌に対しては極めて異例の措置だ。

もちろん、裁判所の命令を非難している人も、文藝春秋を擁護している訳でもない。「裁判所は、有名な政治家の子供とは言え、本人は純粋な私人であり、プライバシー性の高い内容と判断して差し止めを認めたのだろう」とか、さらには「記事の内容がプライバシーの侵害であることは間違いなく、出版後に裁判で争っても、文春側は負けると思う」とか「一私人のことで記事にする価値はないと思う」などとコメントしている。
ただし、それでも「最高裁はプライバシーの侵害だけを理由とする差し止めはまだ認めていない。検閲につながりかねない問題であり、重大な要件を課さない限り、差し止めは認めるべきではなく、今回のケースも詳細な検証が必要だ」との論調で批判している。そして「報道にかかわる問題は、発表後にその適否が訴訟などで争われるべきで、雑誌発売前のこのような行為は暴挙だ。新聞、テレビも含むメディア全体に対する抑圧を狙った判断」とか「損害賠償請求で足りることであり、木を見て森を見ない暴挙」とか「公人か私人か、プライバシーの侵害か否かは公判で争われるべきだ。仮処分命令は、表現の自由を危うくする」とか、後から裁判で片を付ければいい、との大合唱だ。
確かに、最高裁の判断は「表現内容が真実でなく、被害者が著しく回復困難な損害をこうむる恐れがある時は、事前差し止めが例外的に認められる」だから、一見、かなり厳しい基準だ。でも、素人が単純に考えれば、後からいくら損害賠償をもらっても、心の傷が癒えるとも思えないので、「後から裁判すればいい」ってのも随分荒っぽい議論だなあと思う。そりゃあ何十億円ももらえるんなら許せるけど、どうせたかが数百万円とかだろうから、一度評判に傷が付いたものを補償できるとも思えない。

一方、文芸春秋側は「前外相の後継者問題に絡んだ内容で、いわゆるスキャンダル記事ではない。公共性があり、プライバシー侵害にはあたらない点などを挙げる」と説明しているけど、これも一理はある。田中真紀子自身がそうであったように、その娘が跡を継いで議員になる可能性も大いにあるんだから、今からそういう報道があったって、100%私人とは言えないような気がする。

まあ、しかし、今回の事件に限って言えば、「言論弾圧かどうか」とか「公人か私人か」とかで議論するほどの記事ではなく、そもそも、黙っていればすぐに忘れられるような記事だったのに、大騒ぎになったためにかえって注目を浴びてしまったから、お気の毒というか、逆効果だったとしか思えませんね。
田中真紀子の長女側は、「損害賠償も考える」との事だが、仮に、いつもより10〜20万部多く売れるだけで数千万円の売り上げ増だから、これだけ週刊文春が売れれば、多少の賠償金くらい払えるよなあ。芥川賞効果で文藝春秋3月号もバカスカ売れたことだし。

(2004.3.18)



〜おしまい〜





独り言のメニューへ