青色LED訴訟の和解

〜 良識ある結果 〜



極めて妥当な判断

青色発光ダイオード(LED)の発明対価を巡って、開発者である米カリフォルニア大サンタバーバラ校の中村教授が、かつて勤務していた徳島県の日亜化学工業に対し、対価の一部として約200億円を求めた訴訟において「日亜化学が中村氏に対価として6億857万円とその遅延損害金(利息)2億3534万円の計8億4391万円を支払う」という内容の和解が東京高裁で成立した
僕も、このケースの報酬なら5〜10億円程度が適当ではないか、と思っていたので、今回の和解は極めて常識的な内容であり、高裁の良識が示されたと言えよう。

争われていた特許は、中村氏が日亜化学在職中に発明したもので、日亜化学が90年に特許出願し、97年に登録された青色LEDの製造技術だ。中村氏は、その後、1999年に日亜化学を退社して米カリフォルニア大サンタバーバラ校の教授となったが、特許の報奨金として僅か2万円しか受け取っていなかったため、「発明の正当な対価を受け取っていない」として2001年に提訴したのだ。


一審のトンデモナイ判決

この訴えに対する昨年1月の東京地裁の判決は、地方裁判所の裁判官の無能ぶりを世間に恥さらしたトンデモナイものだった
発明対価は「発明によって得られた利益」「研究者の貢献度」で決められるものだが、まず、日亜化学が青色LEDの製法の特許を独占することで得られる利益を1208億円と算定し、さらに「個人的能力と独創的な発想で世界的発明を成し遂げた」と指摘して、中村教授の発明への貢献度を少なくとも50%と判断した。その結果、発明の対価は604億円と認定された。これは、訴えた中村氏が吹っかけた額の3倍もの巨額であったため、中村氏自身がびっくりしたトンデモナイ判決だった。そして、対価よりも訴えた額が少なかったので、請求の200億円全額の支払いが命じられたのだ。

裁判官は全く世間知らずで、時々とんでもない判決を出したりするものだ。しかし、それにしても、この一審判決は開いた口が塞がらないものだった。
一審判決は、特許が切れる2010年までの日亜化学の利益を予想しているが、技術革新が激しくて競争が厳しい世の中で、向こう7年間もの利益を予想できると考える事自体が世間知らずだ。さらに、中村氏の貢献度の50%という数値も無茶苦茶だ。これまでも世界中で画期的な発明をした人は数多くいるが、今回の発明よりもはるかにすごい発明をした人だって、こななバカげた評価は受けていない。今回の発明では、それまでに数多くの研究者の先行研究の貢献があるし、素子から商品への工業化や販売努力などに多くの人間が関与し、工夫や創造がある。いくら技術開発が成功して製品ができても、必ずしも商品にはならないのはビジネスでは当たり前だ。それを、発明者だけが50%もかっさらっていくなんて、非常識も甚だしい。


企業における技術者の貢献度

もちろん僕は、中村氏の発明が大したことないと思っているのではない。ものすごい発明だと思う。ノーベル賞をもらった田中耕一氏の発見よりはすごいと思う。中村氏の発明は、社会への影響力が世界的規模で極めて大きい。携帯電話の表示装置から大型スクリーンまで、世界の情報化の推進に大いに貢献しているのだ。しかし、発明の素晴らしさと、それに対する報酬とは分けて考えなくてはいけない。一審のバカ判決は、企業の実態というものを全く理解していない世間知らずの裁判官によって出されたものだ。

企業というのは、数多くの儲からない事業を、ほんの少数の儲かる事業で補っているのが現状だ。特に製造業、なかでも数多くの製品を作る機械部品製造業なんて、まさにその典型だ。それは、時代の流れの中で、たまたま1つの製品が大きな利益を上げているだけであり、他の事業を捨てれば良いというものではない。利益を上げている事業だって、いつ不利益になるかもしれないし、利益を上げていない事業が、いつ企業の救世主になるかもしれない。だから、1つの事業で上げられた利益の半分を独り占めさせるような不当判決がまかり通れば、多くの企業が潰れてしまうだろう。
さらに言えば、事業化以前の問題として、何百、何千、何万という数多くの研究の中から、たまたま偶然に利益を上げる成果が出てくるのだ。どんなに画期的な発明だって、時代に合ってなければ何の利益も生まない。研究開発型企業は、そのような無数の研究テーマを抱えながら、そのうちの1つでも利益を上げてくれれば良いと考えて数多くの研究者を雇っている。たまたまうまくいったというだけで、その人にだけ巨額な報酬を与えていたら、他の大多数の研究者の報酬はゼロにしなくちゃだめになる。研究者は安定した給料をもらって好きな研究に没頭し、たまたまうまくいった成果だけを強調するが、そもそも無数の研究に資金を注ぎ込んで投資リスクを背負っているのは企業だ。

中村氏は、イチローを引き合いに出し、「スポーツ選手に比べて研究者の報酬が低すぎる」と訴えていたが、それには全く同感だが、その是正は、むしろ逆に、スポーツ選手のバカげた巨額報酬を抑制する方向で調整すべきだろう。昨今のプロ野球選手の報酬の急騰は、どう考えても異常だ。問題は、スター選手の報酬が巨額すぎる事だけでなく、大勢の底辺選手との差が極端に開いている事だ。一部のスター選手の報酬に巨額のお金をつぎ込むため、大半の選手の報酬は抑えざるを得ないのだ。一部のスター選手は良いけれど、数年で芽が出ずに辞めていく大半の選手には厳しい状況だ。一審のバカ判決は、プロスポーツ界の二極分化と同様な状況を研究者の間に生み出そうとするものだ。スター発明者ばかりが優遇され、そのアイデアを実現するための地道な実験を重ねる周辺の研究者が軽んじられてしまう。余りにも不平等だ。

企業に勤務している人なら誰でも分かると思うのだが、事業というものは、発明だけでなく、製品としての商品化や生産、管理、販売など様々な人の努力と、最初に事業に出資した投資家を含む全ての人の共同作業の集大成だ。とかく研究者は自分の成果だけを強調しがちで、それをいかに生産するか、なんて事は大した事とは思っていない。現実には、生産までもっていく事の方が難しいにもかかわらず。ましてや、製品を販売する営業部隊なんて、全くバカにしている。かつて、人々がモノに飢えていた高度成長期には勢いのあった研究開発主導型企業が、モノが豊かになったとたん、社会のニーズからかけ離れてしまって低迷したのは、販売努力やマーケティングや商品開発に関する意識が低かったからだ。
今回、問題になっている青色発光ダイオードの製品も、中村氏の発明が極めて重要な役割を担っているのは間違いないが、さらに多くの付加価値がついている。いくら中枢部分とは言え、たった1つの特許を過大に評価しすぎている。その他の多数の研究者や企業を構成する様々な人たちの貢献を全く無視している。


高裁の良識

このような非常識きわまりない一審判決に対し、東京高裁は良識ある判断をした。

まず、試算の基礎となる売上金の認定額や想定されるライセンス料率などを一審より大幅に下げた。例えば、過去の利益は実績を使うとしても、将来の利益は、代替技術が出てくる可能性も考慮し、減額したようだ。これにより、今回の訴訟の対象である青色LEDの中核技術「404特許」だけの価値は、恐らく数億円程度と試算されたのではなかろうか。裁判を通じて、日亜化学側は、この特許の価値を最大限に評価しても1900万円程度と、無茶苦茶な事を言っていたが、さすがにそれよりは大きかったが、一審の1200億円に比べれば数百分の一だ。

そして「発明の対価は、従業員のインセンティブとして十分なものであるべきだが、同時に企業が厳しい経済情勢や国際競争に打ち勝ち、発展していくことを可能にするものであるべきであり、青天井ではない」と指摘したうえで、これらの発明に対する会社側の貢献度を95%とした。つまり発明者の貢献度は5%と判断されたのだ。企業の経営に多大な影響を与えないよう配慮したとも見られるし、企業のリスクを考慮したとも言えるし、いくら高収益企業と言えども、終身雇用を前提とした従業員に10億円以上もの報酬を認めるのは行き過ぎとも判断したようだが、水準的には極めてまっとうな判断だろう。

この結果、今回の訴訟の対象である「404特許」に対する中村氏の対価は、裁判所の提示した方式を参考に日亜化学が試算したところでは1000万円程度だったらしい。さすがに、ここまで少額になると中村氏も絶対に妥協しないだろうから、高裁は和解させるために、404特許だけでなく、訴訟対象外の特許など中村氏が日亜化学在職中に関与した全ての発明195件によって会社が得た利益と今後得られるであろう利益を試算し、一括評価する和解案を提示した。裁判所は「訴訟対象以外を含めた全ての職務発明の対価について、将来の紛争も含めた全面的な解決を図ることが、双方にとって極めて重要な意義のあることだと考える」と強い決意を見せ、全ての発明による日亜化学の独占利益を120億円と算出することにより、貢献度が5%でも対価を6億円とし、中村氏をなんとか妥協させられる水準の数字を出した。
結果的に、利益が1200億円から120億円に、貢献度は50%から5%に、それぞれ一審の10分の1になったため、総額では600億円から100分の1の6億円となった。また、関係する全ての権利が日亜化学に承継されていることを確認し、中村教授は、今後、自らが関与した特許など計195件の対価請求をすることができなくなった。


和解受け入れの理由

中村氏は「和解内容には全く納得していないが、弁護士の助言を受け、受諾することにした。発明対価の問題は、後続の技術者にバトンを渡し、私は本来の研究開発の世界に戻ります」としている。本人としては、発明の対価は数百億あると訴えているのだから、不本意かもしれないが、和解を受け入れなければ判決が言い渡される。裁判所から提示された和解案の内容から推察する限り、判決になれば、訴訟対象の404特許だけの対価はせいぜい数千万円程度に過ぎない。もちろん、さらに最高裁まで争う道は残っているが、高裁からさらに最高裁にいけば、裁判官のレベルも上がってくるため、一審のようなトンデモナイ判断が出る可能性は限りなく小さくなってくる。高裁の判断より、さらに厳しい判決が予想される。このため、中村氏も和解案を渋々受け入れたのだろう。中村氏は、和解に応じる条件として、6億円からさらに上積みを求めたらしいが、遅延損害金として2億円余りを上積みするのがやっとだったらしい。
中村氏側の弁護士は、「最悪の事態も考え、中村氏に和解を進言した」と言っており、金の亡者である悪徳弁護士をも圧倒した高裁の強い姿勢が大いに評価できる和解である。そもそも、今回の裁判自体が、金儲けの事しか考えていない強欲弁護士にそそのかされて中村氏が起こしたのだろうが、弁護士と言えば金儲けの事しか頭にない連中なだけに、このまま最高裁まで争っても勝ち目は薄く、ここで和解しなければ巨額の弁護士報酬をもらい損ねると判断したのだろう

一方、日亜化学は「当社の主張をほぼ裁判所に理解いただけた。特に青色LED発明が一人のものではなく、多くの人の努力と工夫のたまものであることが理解された点は大きな成果」としている。6億円は安くはないが、日亜化学の絶好調の業績からすれば、決して過大なものではない。それに、404特許だけでなく、一括和解により、今後、中村氏から新たな訴訟を起こされる可能性が無くなる事を思えば、日亜化学としては悪い条件ではない。


技術者の地位向上を

ただし、一審が認定した発明対価に比べれば100分の1程度の大きな減額ではあるが、発明対価を巡る訴訟で判決や和解により確定した企業の支払い金としては、史上最高額だ。これまでの最高額は、「味の素」が人工甘味料の製法を開発した元社員に支払った和解金の1億5000万円だったが、味の素に比べると、青色LEDの社会的な影響度は比較にならないほど大きいものであり、6億円でも多すぎるってことはないだろう。

一審判決よりは大幅減とはいえ、高額支払いの前例ができたことに対し、企業の中には「額が独り歩きしかねない。とりあえず訴える技術者が増えるのではないか」とか「1億円を超える対価は経営にとってリスクになる」と懸念する見方も多いが、それは杞憂というものだろう。今回のケースは、中小企業から世界的な画期的発明が生まれたという極めて特殊なケースであり、そんなに心配することはない。そんなすごい発明が出てくれば、10億円程度の報酬を払ったって損はない。そんなすごい発明は滅多に出ませんよ。
今回の和解では、高裁は「高額の対価が認められた他の訴訟で、会社の貢献度が80−95%と評価されていることや、特許法の立法趣旨などから、会社側の貢献度は95%とするのが相当」としているが、これはまあ、ケース・バイ・ケースではなかろうか。今回のケースは、日亜化学という中小企業における画期的な発明であり、5%よりも高く評価されてもおかしくないと思うけど、大企業の立派な研究所での発明であり、かつ製造や営業部門の貢献度が大きい場合は、発明者の貢献度はもっと低く評価されてもいいだろう。
しかし、少なくとも、一審の50%なんていうトンデモナイ判決から1桁下がったのは評価できる。どんな分野であれ、企業としては、ヒット商品の裏には事業化にこぎつけられなかった数多くの研究が埋もれているのだから、一つの成功に50%もの貢献度を認める訳にはいかない。

今回の訴訟の一審判決が波紋をよび、予期せぬ損失につながる訴訟リスクを避けるため、多くの企業が報酬規定の見直しを急いでいる。キヤノン、ホンダ、武田薬品工業、東レなど技術開発が命である企業は報奨金の上限を撤廃し、NTTは役員待遇の「フェロー」就任などで報いる態勢を設けた。
また、欧米企業では、報酬規定を前もって研究者と結ぶ場合が多く、巨額利益を生む技術を発明してもストックオプションや昇進、昇給で対応し、個々の発明に対して報奨金を払わない企業もある。研究者の流動化が進めば、日本でも同様な手法が広まるかもしれない。

いずれにしても、今まで、あまりにも技術者の功績を軽視してきた反動が一気に出てきたとも言え、その意味では歓迎すべき流れだ。
日本の企業社会では、あまりにも理科系の人間が冷遇されてきた。世の中で高い給料をもらっているのは、金融機関やマスコミなど、社会の発展に貢献する発明などとは無縁の虚業ばかりだ。また、先端技術を開発して社会の発展に寄与しているメーカーにあっても、技術者は優遇されているとは言い難い。同じような学歴で入社しても、技術屋の昇進は一般的に遅い。役所も同じで、同じような学歴で入っても、技術職の人の出世は頭打ちになり、最後は法学部卒の奴らがトップになる。だから日本の行政が無茶苦茶になるんだけど、この弊害は今後も続くだろう。しかし、民間企業は税金を食いつぶして生き延びられる訳ではないから、そんな事をしていて優秀な技術者が逃げ始めたら存亡に関わってしまう。
今回の和解をきっかけに、企業が技術者の待遇を良くすることを切望する。

(2005.1.12)



〜おしまい〜





独り言のメニューへ