ITER誘致合戦

〜 断念もやむを得ない 〜



ITERの建設をめぐり、日本とEUの誘致合戦が大詰めを迎えている。

ITERとは国際熱核融合実験炉のことであり、イーターと読む。ITERって、一体、なんだろう?我々業界人にとっては常識なんだけど、一般の人には、たぶん、全くどうでもいい無関心な対象だろう。ひとことで言えば、核融合の実験施設だ

核融合は、核分裂を利用した現在の原子力の次の世代の有力エネルギー源だ。核分裂が、ウランやプルトニウムといった大きな原子の分裂に伴って発生するエネルギーを利用するのに対し、核融合は、水素といった軽い原子の融合に伴って発生するエネルギーを利用する仕組みだ。核分裂を利用したのが原子爆弾であり、核融合を利用したのが水素爆弾だ。水爆は原爆に比べてかなり強力なため、現在先進国で配備されている核兵器のほとんどが水爆だ。
ただ、兵器としては実用化されているが、エネルギー施設としては核分裂を利用した原子力発電が早くから実用化されているのに対し、核融合の実用化は全く目処がたっていない。しかし、核融合は太陽では実際に行われており、あの膨大なエネルギーの源だ。原料は水素の仲間の重水素や三重水素だから、地球でも海中などから無尽蔵に供給できる。この点は、ウラン等を使った核分裂の原子力より有望だ。核融合が実用化されれば、二酸化炭素発生による地球温暖化も防げるし、エネルギー問題に関してはバラ色の未来が開ける。

こんな素晴らしい技術の実験施設がITERなんだけど、問題は、この先、ものすごく時間がかかりそうって事だ。そして、莫大なお金もかかる。とても1つの国では実現しそうにない。て事で、日本、アメリカ、EU、ロシア、中国、韓国6カ国・地域が協力して、重水素と三重水素の核融合による発電を目指す実験炉を作ろうという国際プロジェクトがITERなのだ。本体建設費だけで5700億円、総事業費は1兆3000億円と見積もられているが、この類のプロジェクトの常で、たぶん、実際には何倍にも膨れあがるんだろうなあ。

とにかく莫大な資金を必要とする大プロジェクトなので、各国が協力するのは大前提なんだけど、じゃあ一体、どこに施設を作るか、という点で争ってきた。争っているのは日本とEU、というかフランスだ。日本は原子力施設が集中する青森県六ケ所村を候補とし、一方、EUは南仏のカダラッシュを候補地に挙げ、競ってきた。参加6ヵ国のうちアメリカと韓国が日本を支持し、ロシアと中国がフランスを支持してきた。アメリカが日本を支持するのは、EUに比べて日本の方がコントロールしやすいと思っているからだろう。なんでアメリカ自身が作ろうとしないのか疑問もあるけど、自分が多額の資金を出すより、子分の日本に作らせた方がメリットがあると考えているのだろう。一方、ロシアはEUと関係が深いので、他の様々な係争案件とのバーター取引的にEUを支持しているほか、アメリカの子分の日本は避けたいというのもあるだろう。韓国は日本の隣国であり、フランスに作られるよりはメリットが大きいと思う。信じられないのは、やはり中国だ。日本の隣国にありながら、フランスを支持している。今まで莫大な額の補助金を日本からもらってきたくせに、そなな事を全く考慮せず、あっさりとフランスを支持するなんて、やっぱり中国は信用できない。フランスは中国に武器を売ろうとしているし、この両国は裏で強い協力関係にある。もちろん、中国としては、アメリカの子分の日本に作らせたくないというロシアと同じ考えもあるだろう。

この2陣営が長らく施設誘致を巡って争い続け、プロジェクトは膠着状態だった。一時は、それぞれの陣営が別々に実験炉をつくるという二極分裂の恐れもあった。それが、ここへ来て、俄にフランス優位の状況となってきた
昔から外交交渉に老獪なフランスに対して、伝統的に外交交渉が下手、というか、まるで能なしの日本が、まともに交渉して勝てる訳は無いんだけど、EU側が「どうしても日本が折れないんだったら、EUは勝手に作るよ」なんて脅しをかけてきて、それに慌てた日本が「誘致を諦めた方にも大きなメリットがあるような仕組み」を提案した。日本としては「勝者と敗者を作らない」というスタンスでの提案であり、みんなが丸く収まるように調整するという、いかにも日本らしい提案だ。この提案によってEUが諦めてくれるのを期待したのだが、逆にEUは「日本が諦めてもいい条件」という風に理解したようだ。ていうか、強引に解釈したようだ。そして、一方的に勝利宣言を始めたのだ

先日、ルクセンブルクで開かれた日本とEUの定期首脳協議後の記者会見で、ルクセンブルクの経済通商相は「日本はITERを欧州内に建設する可能性を認めた」なんて言い切った。実際には、会談ではITERも議題となったが「早期合意のために双方の努力が必要」との認識で一致するにとどまっていたのに。これまでもEU側が「日本は誘致をあきらめた」なんていう怪情報を流すことはあったけど、EU議長国の閣僚が言い切った発言だけに重要度は大きい。これを受けて、あたかも裏で日本も合意したかのような報道が続いた

これに対し、文部科学省は反発している。ITER誘致を推進する自民党の「核融合エネルギー推進議員連盟」の議員らには、「日本側がITERを断念したという報道があるが、そのような決定をした事実はない」と釈明しているし、「建設地については何も決まっていない。誘致国と非誘致国の役割分担や協力関係に関する最終的な調整をしている段階。フランス発の情報は希望的観測に基づくもの。フランスの態度はあまりにも不誠実で、抗議も検討している」と怒っている。

ただ、これまでの日本とEUの政府の対応を見ていると、真剣さに差があるというのが率直な感想だ。フランスの戦略はしたたかで、シラク大統領自らが陣頭指揮を取って誘致運動を推進してきた。またイラク戦争では、ロシアと中国が同じ戦争反対の立場であることを利用し、陣営を固めたりした。さらには、EUの対中国武器禁輸解除を提案したり、台湾の住民投票に反対したり、チェチェン問題でプーチン露大統領を支持したり、何かにつけて中国やロシアに配慮してきた。
それに引き替え、日本はと言えば、アメリカとは良好な関係だが、貴重な仲間の韓国とは竹島問題などで険悪な関係になり、強い支持は期待できなくなってしまった。関係ないけど、国連の常任理事国入り問題だって、ここまで韓国と中国に反対された、やりにくいわなあ。

なんでフランスがここまで必死になっているかと言えば、人類の将来に関わる重大な技術開発の主導権を取りたいという大国としての長期的な戦略があるが、それだけでなく、ここへ来て、他の効果も期待している。欧州憲法の是非を問う国民投票が近づいているのだが、憲法反対世論が根強く、批准のめどが立っていないのだ。もしITERの誘致が成功すれば、「ITER誘致はEUだからこそできた。フランス単独では不可能だったろう」なんていう宣伝文句に使えるのだ。これはフランスだけの事情ではなく、フランスの国民投票で否決されればEU憲法はストップしてしまうので、各国政府も必死なのだ。そのため、各国のEU関係者も意識的にITERが南仏立地で確定したっていう情報を流している。

一方、日本としては、一体どこまで真剣なのか疑問だった。大規模研究施設による経済波及効果と実用段階での主導権獲得という主目的のほか、アジア初の大規模国際機関の設置というメンツもあるし、原子力関連施設が建ち並ぶ青森県の地域振興という原子力行政の側面もある。しかし日本側は、コストなどの点で一枚岩とは言いがたい状況だった
6ヵ国が共同で作るとは言っても、誘致国は1兆3000億円以上の巨額の総事業費の大半を負担せざるを得ない。しかも、このプロジェクトによって核融合が実用化するという確証も無いのだ。このため、推進側の文部科学省内にも、「あまりにも巨額なので、原子力予算だけでは賄いきれず、他分野の研究を圧迫するのではないか」という消極論が根強い。他の官庁も、「実現性の低いプロジェクトより、現実的な新エネルギー開発を急ぐべきだ」(経済産業省)とか、「誘致のためにこれ以上の追加負担は難しい」(財務省)といった声が聞かれ、政府一丸となっているフランスとは対照的だった。一般の国民の関心も薄く、誘致熱も盛り上がっていなかった。

このような状況を総合的に考えれば、最初から、日本への誘致は難しいなあ、というのが率直な印象だった。そして、それが、いよいよ現実となりつつある。
しかし、あんまり大きな声では言えないが、個人的にはこれで良かったような気がする。そりゃあ、人類の将来がかかった重要な技術開発ではあるけれど、実用化まで100年以上もかかりそうな技術だ。ちょっと長すぎやしませんか?それよりも先に高速増殖炉の研究を完成してもらいたい。バカなマスコミや無知な地元の意見に惑わされたりせずに進めば、もうとっくの昔に完成していたかもしれない高速増殖炉の方が、はるかに実用的だ。この財政難の時代に、限られた予算で優先順位を着けるとすれば、ITERの誘致は諦めた方が賢いと思う。それに、ここでフランスに恩を売っておけば、国連の常任理事国入りで日本を支持してくれるだろう

核融合技術の重要性は十分認識しているが、100年も経てば、世界がどうなっているかは分からない。仮に人類が生存していたとしても、今のような国という枠組みすらどうなっているか分からない。日本に誘致しなければ致命的になるとは思えない。ここは総合的に判断して、できるだけ日本に有利な条件を引き出した上で断念するのが得策だろう。


ところで、1兆3000億円もの巨額のプロジェクトなので1国では無理、って事なんだけど、これって、何のことはない、トヨタ自動車1社の年間利益と同じレベルなのよ。逆に言えば、トヨタが凄すぎるんだけど、6ヵ国が「あーだこーだ」と揉めないでも、トヨタ1社で出来ちゃうんじゃないの?

(2005.5.21)



〜おしまい〜





独り言のメニューへ