阪神タイガース買収の危機

〜 ちょっと嫌な感じ 〜


あっちこっちの企業の株を買い占めては厳しい要求を突きつけて高値で引き取らせて大儲けするという手法で業績を伸ばしてきた元通産官僚の総会屋村上世彰が、なぜか突然、リーグ優勝で沸き返る阪神電鉄株を買い占めた。なんと、突然38%もの株を取得したのだ。さすがに、僕もびっくり。この問題には触れずにはいられないよな。


阪神電鉄株買収の狙い

彼は何を狙っているのか?当初は、タイガースには直接的な影響はないとの見方が多かった。
総会屋村上世彰は「阪神電鉄は調べれば調べるほどいい会社だ」と言っていた。普通に考えれば、阪神電鉄は大した会社ではない。JRが圧倒的に強い東京と違って私鉄が強い関西にありながら、巨大な路線網を誇る近鉄や、優良地を走る阪急などと違い、阪神は営業路線は40キロ程度しかなく、沿線住民の数も減少気味で、あんまり優良企業とは言えない。しかも、路線は常に平行して走るJRや阪急との競合にされされている。そのせいで投資家からもあまり評価されず、株価も長年にわたって低迷してきた
しかし、総会屋村上世彰は、阪神電鉄を鉄道の運営会社としてではなく、優良な不動産を数多く持つ資産保有会社と見たとのことだった。例えば、約7万平方メートルもある甲子園球場の帳簿価格は、たったの800万円だ。周辺住宅地の時価で換算すると実際は165億円程度にはなるらしい。大阪市の一等地にある阪神百貨店の7000平方メートルの敷地の簿価も僅か900万円だが、これも時価評価すると莫大な資産になる。このため、株価が超割安だと判断し、タイガース優勝のご祝儀相場にまぎれて阪神電鉄株を大量に取得していったというのだ。
しかし、そういう面もあるだろうが、ちょっとそれだけでは疑問だった。いくら土地の含み益が大きいとは言え、それだけで阪神電鉄株取得に投資した1000億円もの資金を回収できるとは思えない。もっと他の意図があったのではないか、と疑っていた。いつものように、無理難題を吹っかけて株式の高値買い戻しなどを要求するのかな、とも思った。ただし、それにしては投資額が大きすぎるよなあ、と思っていた。

そしたら、なんと、総会屋村上世彰は阪神電鉄の100%子会社である阪神タイガース株式を上場させるよう提案していたのだ。これにはびっくりですな。

総会屋村上世彰の言うことは、例によって理路整然としており、一理ある。
タイガースという公共的な性格を持った企業を個人が保有する事に対する批判は多く、タイガースの星野SDも「許せない。憤りを感じる。タイガースは私的なものでなく公共的なもの。タイガースを愛するファンが許さないだろう。本当に悔しい」と言っているが、総会屋村上世彰は「村上タイガースなどと報道しているマスコミもあるが、とんでもないことだ。そんなことあり得ない。タイガースはファンのものだ。公共のものだ。一個人がどうこうするものではない。分かり切ったことだ」と言い、そしてさらに「そうであれば阪神電鉄が100%の株主でいいのか、ということになる。ファンのものであるなら、ファンが球団を持つべきだ」と言う。なるほど。もっともじゃないか。
なぜ総会屋村上世彰は駄目で阪神電鉄ならいいのか?それは電鉄会社が公共的な企業だからファンも安心できるからだ。しかし現実には、電鉄会社だけでなく、ソフトバンクやら楽天やら、怪しい企業がオーナーになっている。以前にもクラウンライターとか太平洋クラブとか、決して公共的とは言えない企業がオーナーになったこともある。その意味で、総会屋村上世彰は絶対に駄目とは言いにくい。

総会屋村上世彰がこれまでボロ儲けしてきた手法とは、経営資源を十分に活かしていないために株価が低迷している企業の株を買い占め、「経営資源を有効に活用するか、それができないのであれば株主に還元せよ」と強引に迫り、結局は、高値で株を引き取らせるというものだ。総会屋の総会屋たるゆえんだ。
一見、悪者のようにも見えるが、しかし、他の株主にとって、それまで経営資源を活かせてなかった無能な経営者とどっちが良いか、となると、必ずしも悪者ではない。使い道が無いくせに多額の資金を貯め込んでいた企業が、総会屋村上世彰の脅しに屈して多額の配当を行ったりしているが、これは株主にとって悪い事ではないだろう。他の株主は、同じような事を考えていてもなかなか行動を起こせなかったのが、総会屋村上世彰は脅しやはったりで声高に要求するので、結構、通用しているのだ。


経済界の反発


何度も言うが、総会屋村上世彰の言う事は一理ある。「果たすべき企業努力をせず、情報公開も十分ではなく、株主に対する義務を果たさない企業を、物申す株主として厳しく育てる」なーんてきれい事を言っているが、これは正論だ。ただし、言う事はきれいだが、結局は、自分は株を高値で買い取らせて大儲けする事だけを考えている総会屋だ。なので、批判も多い。しかし、彼自信は自分の儲けだけを考えて利己的に行動しているとは言え、他の株主にとっても利益はあるのだから、賛同する人も多い

今回の阪神電鉄買い占め事件も、同じような意義が無いことはない。阪神電鉄は長年、超保守的な安定経営を目指してきた。ライバルの阪急が沿線開発や多角経営に乗り出してきたのに対し、非常に地味な経営を行ってきた。経営資源を十分に活用してきたとは言えない歴史だ。しかし、多角経営をしすぎて失敗した阪急がブレーブスを手放し、宝塚遊園地を閉鎖してきたのを見ると、阪神電鉄のやり方が必ずしも間違っていたとも言い切れない。そういう生き方もあるだろう。

しかし、その経営が良いか悪いかを判断するのは、株主だ。株主が悪いと判断すれば経営陣を入れ替えるのは当たり前だ。ただ、日本の経済界の現状では、株主の意見は経営陣にはほとんど反映されず、その結果、株主から良くないと判断された経営陣がいる企業の株価が低迷する。阪神電鉄の株価が長年低迷してきたのは、経営陣の姿勢が高く評価されなかったからだ
阪神電鉄の社長は今回の事件を「会社存亡の危機」なんて言っていたが、それは大きな勘違いだ。存亡の危機なのは経営陣である。1000億円も投資した総会屋村上世彰が会社を潰して得るものは無い。

阪神電鉄の経営陣だけでなく、例によって経済界全般として総会屋村上世彰に批判的だ。関西経済連合会の秋山喜久会長は「阪神側から要請があれば、在阪企業が協力し、買い占めへの対抗策として阪神株の保有比率を高めることもあり得る」なんて言っている。「短期的利益を追求する株主が多く出てくることは、必ずしも資本市場や企業の健全な発展に望ましいことではない」との批判は、必ずしも的はずれではない。そういう面もある。しかし、阪神株を保有する事について、自社の株主はどう思うだろう。そんなボロ株買って利益は得られるのか、という疑問がわいてくるはずだ。

ライブドアによるニッポン放送株買い占めの時にも書いたが、経済界からの批判は、的はずれなものが多い。「資本主義の悪い面が出ている」なんて意見が多いが、どこが悪い面なのか、さっぱり分からない。単に、自分なら買収されたくないから、こういった敵対的買収を「悪い面」と言っているだけだろう。そりゃあ、自分の会社が敵対的に買収されるとなれば、非常に嫌な感じだが、それが資本主義の悪い面とは言えないだろう。資本主義は市場により効率性を追求するシステムであり、買収して効率的に運営しようとするから企業買収するのであり、それを否定するのは資本主義そのものを否定することになる。資本主義を否定するのも勝手だが、それなら株式会社という形態自体を見直さなければならない。
「顧客やビジネスを考えた場合、敵対的な買収が日本の風土になじむかは大変疑問だ」との意見もあるが、敵対的買収が日本の風土になじまなければ、その買収は良い結果をもたらさない訳だから、買収したって価値は上がらない。買収して価値が上がると判断したから敵対的に買収しているのであり、日本の風土に馴染むか馴染まないかなんて関係ない。「安易なM&Aは既存株主にとって企業価値を低下させることになりかねない」なんていう的はずれな批判もあるが、企業価値を低下させるようなことを買収側がするわけない。そんな事をすれば自分が損するんだから。
買収されて価値が上がるということは、今の経営陣が能なしだという事である。買収する側は、今の経営陣を入れ替えて企業価値を高めることにより、利益を出そうとしているのだ。今の経営陣にとっては、自分のクビが危なくなるから、買収に反対するのは当然だが、株主としては、何も現行の経営陣に同情する必要はない。能なし経営陣のせいで、企業価値が低くなっているからだ。


球団経営に熱心ではなかった阪神電鉄


「買収した会社をバラバラに切り売りして儲けるだけ」
との声もある。阪神電鉄も、タイガースを上場させて株式を手放すと、球団の独立性が高まり、むしろ阪神電鉄の企業価値が下がると懸念している。阪神百貨店をはじめグループのほぼすべての事業が「タイガース」ブランドに大きく依存しているためだ。
ただし、確かにタイガースを手放せば阪神電鉄の価値は大きく下がるだろうけど、手放す時に多額の利益は得られる。トータルとして利益が得られれば、株主としては喜ばしいことだ。総会屋村上世彰は「人気球団であるタイガースの資産価値が、十分に活用されていない。株式売り出しで、多額の利益を得ることができ、阪神電鉄の企業価値が高まる」などと主張しているが、まさにその通りだ。1000億円も投資した阪神電鉄株の価値が下がってしまえば自分が損するんだから。
一般的に言えば、バラバラに切り売りして儲けることが出来るってことは、株主にとっては、その方が利益があるってことだ。もちろん、経営陣や従業員にとっては悲劇だが、社会的に見れば、今の形態よりも、バラバラにした方が良い、ってことだ。つまり、今の形態にしがみついている経営陣が能なしだって事だ。株式の時価総額が純資産よりも少ないという悲しい会社が日本には大量に存在する。これなんか、バラバラにして切り売りした方が、はるかに利益になるっていう典型だ。純資産より時価総額が少ないってことは、すなわち経営陣が会社の資源を生かし切れていない能なしということだ。

以前からしつこく言っているが、敵対的な買収が嫌なら、上場を廃止すればいいのだ。上場しておきながら「買収は駄目よ」なんてのは、全く矛盾した希望だ。気持ちは分かるが、そんなうまい話があるか?

それから、阪神ファンはよおく思い出してみよう阪神電鉄は決して球団経営に熱心ではなかった。なぜタイガースが20年に一度しか優勝できなかったか?それは阪神電鉄がやる気が無かったからだ。ヘタに優勝しちゃうと選手の年俸が急騰してしまうから、優勝しそうになった時は監督に「あんまり勝たないようにしろよ」と圧力をかけたりしていた。10年連続でBクラス、しかも半分以上が最下位、なんていうプロとは思えないような悲惨な成績でも固定ファンが離れない人気にあぐらをかいて、球団の発展という発想が全く無かった阪神電鉄にタイガースを任せていいのか?タイガースが無くなると阪神電鉄の価値は下がるだろう。しかし、阪神電鉄から離れる事でタイガースの価値は高まると思う
総会屋村上世彰も「ファンが球団を見守り、ファンが球団に注文を出す。そうすることでファンの望むチームづくりが行われ、タイガースを良くすることにつながる。渋ちんなどと言われるような経営はファンが許さない。一般の人が球団株を持って、運営にかかわるのが本来のプロ野球球団のあり方ではないか」と言っている。まさに、その通りじゃないかっ!


でも反対!


と、まあ、正論を吐いてきたが、少なくともタイガースに関係する案件であるため、実は、感情的には、今回の買収は賛成できない。それは、株主の利益と、ファンの喜びが、必ずしも両立するとは限らないからである。

タイガースの利益を極大化するためには、例えば、関西を出て東京に進出する、って事も考えられる。東京へ行っちゃうと一部の関西のファンは離れるかもしれないが、巨大マーケットで多数のファンを獲得すれば、トータルとして利益は大きくなる。しかし、私はそんな事は許さないぞ

総会屋村上世彰も怪しいが、タイガースが上場しちゃうと、次は誰が株主になるか分からない。どうせ株価が上がった時点で売却するはずだから、代わりにもっと怪しい変な奴が球団経営に乗り出す可能性がある。球界内にも、上場すれば「暴力団などが球団株式を大量保有するかもしれない」との声もある。

他にもプロ野球特有の問題が無いこともない。日本プロ野球界の闇の帝王である巨人の渡辺恒雄球団会長も「断じて許さない」と痛烈に批判している。まあ、このじいさんは感情で物を言ってるんだろうけど、プロ野球チームの株式上場が「八百長の温床になる」という意見は全くあり得ないことでもないだろう。「上場して儲けようと思ったらチームに勝たせて株価を上げて売り抜けようと空売りするんだよ。これ、八百長の温床じゃないか。スポーツでなくなる。バクチの対象になるよ」と言っている。あり得ない話ではない。
ナベツネはダイエーの経営危機にからんで球団経営にも触手を伸ばした外資の排除に強く動いた。今回の事件をきっかけに、球団の株式上場を禁止する規定を設ける協約改正を提案する考えている。

また、日本プロ野球組織が定めた「野球協約」は、不特定多数が株主となる上場を想定しておらず、株主に変更があった場合は、その都度、すべての株主の名称、住所、所有割合をコミッショナーに届け出ることを義務づけている。市場での株式売買を通じて、不特定多数の株主が刻々と入れ替わる上場企業の参加は、現行制度のもとでは不可能に近い。

とは言え、保有株式が38%ならまだいいが、総会屋村上世彰はさらに阪神電鉄株を買増して経営権を掌握する過半数取得を視野に入れているらしい。そうなると、いくらみんなが反対しても、タイガースを切り離されちゃうかもしれない。
そうなると、残された手段は、ファンによる暴動くらいだ。
みんなで立ち上がるか?


(2005.10.6)



〜おしまい〜





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