東京国際女子マラソン

〜 高橋尚子の偉大なる復活 〜



いやあ、すごいっ!すごすぎるっ!偉大なるQちゃんの復活だっ!
2年ぶりのフルマラソン復帰戦となった先日の東京国際女子マラソン高橋尚子が見事な復活優勝を遂げた。アテネオリンピックの代表選考レースだった2年前のこの大会では、後半に失速して2位に終わってしまい、オリンピック代表を逃した因縁のレースだったんだけど、見事にリベンジした。2年前に逆転されたエチオピアのアレムを破っての勝利だ。(まあ、2年前はアレムが悪いのではなく、Qちゃんが勝手に失速しただけなんだけどね)

実は、僕は密かに、Qちゃんはもう駄目だろうと思っていた。何も直前に肉離れを起こしたからではない。それ以前の問題だ。もう限界を過ぎていると思っていた。シドニーオリンピックでは金メダルを獲得したが、それが絶頂期であり、2年前のこの大会で失速した時点で、既にピークは終わっていたのではないか、と思っていた。去年のアテネオリンピックの時には、本人も引退を考えたという。なんとか思い直した後も、昨年9月には米国合宿中に右足首を骨折してしまい、今年8月の世界選手権出場の目標も消えた。そして、今春には小出監督から独立してチームQを結成したけど、その後も調子はなかなか上向かず、9月に出た2回のハーフマラソンではスピード不足は否めなかった。だから、大のQちゃんファンの僕だけど、悲しいことだけど、もう復活は無理じゃないかなあ、もう時代は変わってしまったじゃないかなあ、なんて思っていた。
しかも、それに加えて、レース直前の9日前に右ふくらはぎなど3ヵ所に軽い肉離れを起こしたのだ。軽いとは言っても、ドクターストップがかかったくらいだから、かなりのハンディになる。右ふくらはぎはテーピングで覆われていたが、それで何とかなるとも思えない。痛み止めも飲んでいたようだが、肉離れは痛みだけの問題ではない。走りにモロに影響する。レースを見ながら、序盤は「いつ脱落するか」で冷や冷やしながら見ていた。

ランナーなら誰でも、故障を抱えながらレースに出た経験はあるだろう。もちろん、直前の練習まで痛んでいたのに、レース本番ではすっかり良くなる事もある。精神的な高揚が肉体に影響する事もあるだろう。しかし、逆に、故障は徐々にきいてくる事もあれば、突然、激しく襲ってくることもあるから、絶対に油断はできない。
今回はペースメーカーのペースがかなり遅かったので、その点は良かったかもしれない。Qちゃんは、あれだけのベテランでありながら、調子が良いと、ついつい調子に乗って飛ばしてしまうから、2年前は前半から飛ばしすぎ、終盤で大失速した。
これは、僕なんかはしょっちゅうやってしまう失敗だ。ちょっと調子が良いと序盤から調子に乗って飛ばしてしまい、後半は力尽きてしまうパターンだ。ただし、この走り方は必ずしも悪いとは言えない。多くの場合は失敗するが、それは結果論だ。好記録を狙うには、前半からある程度はスピードアップしないければならない。たまに終盤までうまく持続できれば好記録が出る。最初から優勝とか勝負には無関係で、自分の自己ベストだけを狙う僕らには、仮に失敗しても失う物もないから、最初から勝負に出てもいい。
しかし、Qちゃんの場合は、記録もさることながら勝負が第一だ。2年前には勝負に失敗して優勝できずにオリンピックの座を逃したんだから。そして今回は、後半の勝負を考えれば、前半のスローペースは結果的に良かったのだろう。今回は2年間のスランプに加え、直前の肉離れもあったから、ペースメーカーが居なくても序盤は自制したかもしれないが、他のランナーが序盤からハイペースで飛ばしていれば、当然、乱されたかもしれない。それにしても、あんなスローペースなのに、一人また一人とどんどん脱落していったのはなぜだろう?特に日本選手は、あのスローペースにも全く着いていけなかった。なんでかなあ。それだけ力の差があるのだろうか。

とにかく、後半、ペースメーカーがいなくなって、ようやく本当の戦いが始まった時には、既に3人に絞られていた。どう見てもQちゃんとアレムは余裕を残しているような表情だ。しかし、いくらなんでも35km過ぎのスパートは早すぎる。思わず「あほかーっ!まだ飛び出すなっ!もうちょっと我慢せんかいっ!」ってテレビに叫んでしまった。絶対にアレムは着いてくる。そして最後に抜かれる。そう確信した。
ところーがっ!なんとアレムは着いてこれなかった。見た目では余裕を残しているような感じだったんだけど、実はギリギリのいっぱいいっぱいだったのか。アテネオリンピックで野口みずき選手を終盤追いつめたヌデレバと同様に、黒人って見ただけでは状態が分かりません。みんな余裕を持ったサイボーグのような不気味さがある。もっと分かりやすい表情してよ。Qちゃん自身も、途中、何度か後ろを振り返っていた。本人は、てっきり誰か着いてきていると思ったらしいが、誰も来てないのでびっくりしたように2度見していた。

しかし、アレムが着いてくるかどうかより、Qちゃんがスパートした後、最後までペースが落ちなかったのがすごい。まあ、あの坂は、テレビや新聞がバカみたいに「地獄の坂」なんて書き立てるほどの坂ではない。5kmもかけて僅か30mを上がるだけの坂であり、塩江山岳マラソンや四国カルスト地獄マラソンに比べれば坂とは言えない。ただ、それでも多少はペースが落ちても不思議はないのに、全然落ちなかったのはすごい。

2万人の大観衆で埋まった国立競技場に帰ってきて、最後の第4コーナーでは右手を突き上げてガッツポーズもした。本当に喜びがこみ上げてきたんだろうなあ。タイムは2時間24分39秒で、特にすごくはないんだけど、前半のスローペースを考えれば悪くはない。何より、2年前にアレムに負けて、どん底人生を送るきっかけとなったレースに再チャレンジして、見事、アレムに打ち勝った意義が大きい。本当に「お見事っ!」って言うほかはない。すごいなあ。すごい精神力と実力だなあ。見ていて涙出るよなあ。

日本の女子マラソン界は層が厚く、有力選手も多いが、しかし、結局、今回のような偉業を達成できるのはQちゃんと野口選手と渋井陽子選手くらいだ。やっぱり根本的な部分で実力が段違いなのかなあ。
さて、こうなると、3年後の北京オリンピックの可能性が出てきた。考えられないことだったけど、今となっては考えられる。Qちゃんは3年後には36歳になってしまい、いくらなんでも歳とりすぎだけど、今回のような復活劇を目の当たりにすると、彼女なら可能かもしれないと思ってしまう。
アテネオリンピックの選手選考で日本陸連はQちゃんをはずすという暴挙に出たが、優勝を狙うのであれば、もう予選なんてやらずに、Qちゃんと野口みずきと渋井陽子で決まりにしろよっ!

(2005.11.22)



〜おしまい〜





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