アスベスト被害者の救済

〜 クボタの大英断 〜



大手機械メーカーのクボタが、兵庫県尼崎市の旧神崎工場の周辺に住むアスベスト被害者の救済策として、中皮腫や肺がんの患者と遺族に救済金4600万〜2500万円を支払うと発表した。これは極めて画期的な事だ。

クボタは、この問題が明るみになった1年前に既に、画期的な対応として、対象者に一律200万円の弔慰金・見舞金を支給していた。これまでの公害の歴史を見ると、何ら因果関係が立証されていない段階での一律の支給は、極めて画期的だったのだけど、今回は、額が非常に高額なものであり、前例の無い素晴らしい対応策と言えよう。
昨年の一律200万円の支払いについては、画期的とは言え、労災認定を受けた従業員が在職中に死亡した場合に、労災給付に加えて最高約3200万円の上積み補償をしているのに比べて、あまりにも額が少ないとして、住民側から「工場の壁一つを隔てるだけで同じ被害者に差をつけるのはおかしい」との声もあったけど、今回の救済金の支給により、労災認定された従業員が受けてきた補償金並みの給付が実現する。

救済金を支払う対象者の条件は
 @ 旧神崎工場でアスベストが使用されていた1954〜95年に、工場から半径1km以内で1年以上の居住や勤務、通学歴がある
 A 仕事などでアスベストを取り扱ったことがない
 B 3月に施行された石綿被害者救済法の手続きに基づき、国から石綿による中皮腫や肺がんの石綿疾患にかかったと認定される

などで、今のところ88人が対象となっているが、今後も申請は受け付けるとのことなので、もっと増えるだろう。
金額に差があるのは遺族や患者支援団体などと協議した結果であり、発症時の年齢や家族構成などに応じて算定したとしているが、現段階でも救済金の総額は32億1700万円にのぼる

これだけの救済策を取れるのは、クボタが17年度決算で約800億円もの利益を上げる大企業だからではあるが、それでも、企業が発症との因果関係が確定されない段階で補償を行うのは極めて異例で、これまでの公害の歴史にはあり得なかったような事例だ。
もちろん、はっきりとした因果関係は解明されていないとは言え、状況から見れば、工場周辺で中皮腫の患者が多数発生しているのは、工場から排出されたアスベストが原因だろうと100%確信できる。旧神崎工場では1957〜1975年に、毒性が強い青石綿を使って水道管などを製造していた。多い年で8000トン近くを使い、国内最大級の石綿使用工場だった。そして昨年6月、これまで工場の従業員ら78人が中皮腫などで死亡し、さらに多数の周辺住民も発病していたことが発覚した。誰が見たって因果関係は明らかだ。クボタ側も、現時点では健康被害との因果関係は認めていないが、「旧工場からアスベストが飛散しなかったとは言えず道義的責任がある。因果関係の解明を待つのではなく、一刻も早い対応が必要と判断した」と述べているように、普通に考えれば100%工場が原因だろう。
しかし、くどいようだが、これまでの日本の公害の歴史を見ると、このような当たり前の対応が取られた事はなかったのだ。いくら普通に考えたら100%明らかでも、因果関係が科学的にはっきりと立証されない限り、補償はされなかったのだ。特に、今回のアスベストによる被害は、原因から発症まで何十年もかかるため、はっきりした因果関係の立証は容易ではないだけに、クボタの英断は賞賛に値する。

クボタが異例のスピードで今回の救済策を取ったのは、財務的余力があるという前提ではあるが、企業イメージを重視したからだろう。
普通、因果関係を立証するには、裁判で争うしかないのだが、裁判が長引けば公害企業としてイメージの悪化は避けられない。
裁判の結果、どこまで因果関係が認められ、どのような補償が義務づけられるか、非常に不透明だ。これは企業側にとっても住民側にとっても、大きなリスクとなる。住民側は何十年もの訴訟の間にどんどん亡くなっていくので、仮に全面勝訴となっても無意味になる。企業側としても、莫大な補償金を義務づけられるリスクがあるうえに、裁判で争う姿勢からは不誠実な企業というイメージがばらまかれる。お互いのリスクを減らすために、今回の和解がある。今回の救済策により、当然ではあるが、救済金を受け取る住民はクボタに対する賠償請求権を放棄することになり、クボタとしては集団訴訟で争われるリスクを大きく軽減した。

住民からは「誠意を持って素早く対応してくれた」とか「こんなに早く区切りをつけてくれた」と評価する声が多い。もちろん、命や健康被害の代償としては、決して満足とは言えないかもしれないが、過去の前例を考えると、こんなに早く、こんなに高額の補償を提示されたのだから、安堵したのだろう。

もちろん、クボタの対応も完璧とは言えない部分もある。例えば、半径1km圏内を対象としたことについては異論も出ている。クボタは「飛散で被害が広がった範囲という概念ではなく、社会的責任を尽くす近隣住民という意味で一般的に考える距離」としているので、1kmに科学的根拠は無さそうだ。単に「近所」という意味で、適当に1kmで区切っただけのようだ。しかし、科学的根拠のある距離を出せ、と言われても、これまた困るので、ある程度、どこかで線を引いて割り切るのはやむを得ないだろう。またクボタは、1km圏外の遺族や患者についても、個別に協議する考えを示しており、誠実な対応を取りそうだ。

今回のクボタの英断は素晴らしいが、当然、他のアスベスト関連企業にも影響を与えるのは必至だ。
中堅企業では「大企業とは会社の体力が違う」との声があるし、他の大企業でさえ「クボタは、今後、被害者が増えてもこの額を負担し続けられるのか」と疑問視している。もちろん、クボタは「長い目で対応する覚悟はある」と言っている。しかし、大企業以外では同様な対応は不可能だろう。これまでの主な公害問題と違い、致命的な被害のうえ、全国的に被害が広まっているが、多くの場合が中小企業の工場が原因となっており、このような補償金は従業員にだって出せないのは明らかだ。
住民側も「自分の場合はクボタが大企業で恵まれているが、恵まれていない人がほとんど。すべての患者が救済されるよう、これからも国や企業に訴え続けていきたい」としているとおり、まさにこれは政府が救済しなければ現実問題として解決できない大問題だ

公害問題で、最近、驚いたのは、カネミ油症事件の問題だ。もう40年近く前の問題なのに、いまだに解決していないのに驚愕した。
この公害事件では、被害者が国を相手取った訴訟で、下級審でいったんは国の責任を認める判決が出されたことから、原告829人に仮払金として約27億円が支払われた。ところが、その後の最高裁での審議では、被害者側の逆転敗訴の可能性が高まったことから、被害者側は被告企業との和解を成立させ、国に対しては訴えを取り下げた。このため、国は既に支払っていた分の返還を請求した。この返還が患者にとっては大きな負担となっており、これが問題となっているのだ。一部は返還に応じたが、多くの被害者は、生活費や医療費などで受け取った仮払金を使い切ってしまい、返済する資力もなく、約17億円分が未返済のままなのだ。
これについて、最近、政府は、仮払金の返還を全額免除するための立法措置を検討することを決めた。ようやく道が明るさが見えてきたとは言えるが、それにしても、これまでが、あまりと言えばあまりの仕打ちだった。そもそも829人で27億円だなんて、一人あたり300万円程度だ。健康被害の深刻さに比べれば、かなり少額と言わざるを得ない。しかも、発生当初は約1万4000人が被害を届け出たのに、患者と認定されたのは僅か約1900人だ。
これが今までの公害行政の現状だ。クボタの英断を見るにつけ、逆にこれまでの公害行政の貧困さがあらわになる。

環境省は、私腹を肥やすために炭素税の導入をもくろんで躍起になっているが、そんな下らないことをするヒマがあったら、もっと大切な仕事をして欲しい。自分達の利益のためでなく、国民の利益を考えて仕事して欲しい。

(2006.4.21)



〜おしまい〜





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