引きこもり青年の死

〜 それでも必要とされる施設 〜



戸塚ヨットスクール事件って覚えていますか?昭和55年から58年にかけて、戸塚宏氏が校長を務める愛知県のヨットスクールで、スパルタ式のヨット訓練というか、簡単に言えば厳しい体罰で訓練生2人が死亡し、2人が行方不明(おそらく死亡)になった事件だ。古い事なので記憶は定かではないが、確か登校拒否とか家庭内暴力とか引きこもりの生徒を叩き直す施設だったと思う。もちろん、そういう生徒を勝手に誘拐してくるわけはなく、あくまでも親の依頼によって収容していた。学校からも公的施設からも見放されて途方に暮れた親たちの最後の駆け込み寺的な施設だったように思う。当然、生徒本人が進んで入所するはずはないので、スクールの屈強な職員が強引に引き取りにくるのだ。
彼はこの事件の傷害致死罪で逮捕され、懲役6年の実刑判決を言い渡されて服役していた。そして、つい先日、戸塚校長は刑期を終えて出所してきた。そしてそして、なんと彼は戸塚ヨットスクールに復帰するのだ。彼は、自分の信念を全く変えていないようだ。出所後の記者会見で、彼は「スクールはそのまま続ける」と現場復帰について意欲を示し、「体罰は教育だ」と持論を展開して体罰を否定した検察庁やマスコミを厳しく批判した。「これが罪と言われていることについて納得できない」というのは本音だろう。
彼には悪いことをしたという意識は全くない。「教育の基本は精神論。正しい精神論を作って普及させていかなければならない。反対する人は邪魔しないでもらいたい。つまらんことで邪魔してもらうのは困る」とも言っている。彼の考えには、共感するのだけど、これじゃあ再び逮捕される日も近いかも。

ところで、結果的に生徒を死亡させたのは事実だし、その原因は体罰であるし、警察が彼を捕まえて刑務所にぶち込むのは当然だったと言えよう。そうでなければ法治国家でなくなる。しかし一方で、そのような施設が社会に必要というのも事実だ。マスコミは寄ってたかって非難の嵐であったが、「じゃあ、一体、どうすればいいんだ」という切実な訴えに対するまともな回答は持っていない。学校も行政も全く何もしてくれはしないのだ。
余談だが、戸塚氏は入所していた刑務所について「刑務所は教育機関だが何もやってない。そんな法務省が私の教育論を否定できるのか」などと批判しているが、まさにその通りだろう。刑務所や少年院なんて犯罪者を矯正できるような機能は無い。これについては、大阪市で昨年11月に飲食店店員の姉妹を刺殺して逮捕された山地悠紀夫被告も、かつて自分の母親を殺害して少年院に収容されていた事について、「少年院では矯正の気持ちは全くわかなかった」などと述べている。刑務所や少年院に限らず、行政の施設は、青少年の矯正には役立たずだろう。
行政が役立たずなので、いくら過激であっても、なんとかしてくれる私立の施設が今でも必要とされているのは否定できない。あれだけの事件を起こし、世間で大騒ぎになったというのに、なんと今でも、戸塚ヨットスクールには、中高生ら7人の訓練生が在籍しているのだ。この事実が、いかにこのような施設が必要とされているかを如実に物語っている。

そして、偶然にも、今また、別の施設でも事件が起きた。名古屋のアイメンタルスクールという施設で、入居者である26歳の青年が死亡したのだ。この施設も、引きこもりからの立ち直りを支援するという目的のNPO法人の施設だ。代表理事の杉浦昌子容疑者は逮捕監禁致死の容疑で逮捕されたが、この事件も戸塚ヨットスクールと似ている点がある。
青年が入所したきっかけは、青年の扱いに困っていた両親が、施設を紹介するテレビ番組を見たことだ。両親は数回にわたってスタッフを面談を重ね、施設の見学もしている。納得の上での入所だ。しかし、本人には知らせなかった。そら当たり前だ。家庭内暴力をふるっているかどうかは別として、引きこもっているような人間に、そんな厳しい施設に入れと言ったって、納得するはずがないもんな。そして、青年の家に杉浦容疑者ら施設関係者6人が早朝に突然訪れ、自室で寝ていたところを囲まれて押さえ込まれ、拉致されるように強引に車に連れ込まれたのだ。

彼が死亡した主因は、施設に連れてこられる車の中で激しく抵抗して拘束され、手首や足首に手錠をかけられたうえ、床にうつぶせの状態にされ、背中を押さえつけられたりしたため、内臓障害を起こしたことと見られている。さらに、施設の到着してからも廊下に鎖でつながれていたことで致命的になったのだろう。施設に到着した時点ではすでに抵抗力を失い、暴れるような状態ではなかったらしいが、うなったりしたことから、「うるさい」などとして、おむつを着けられたまま1日中鎖で拘束されていたようだ。
廊下に鎖でつながれていた理由は、他にもある。本当は共同生活に適応させる目的で、新たな入居者は大部屋に入れることになっている。大部屋の広さ15畳ほどで、定員は12人だ。ところが、この大部屋には既に21人もがすし詰め状態で入居していたのだ。施設には他にも部屋があり、当時、なんと64人もが入居していたのだ。実に満員盛況なのだ。死亡した青年以外にも、数人が鎖で拘束されていたらしい。暴れるからというのも理由だろうし、満員状態で閉じこめておける部屋が無いというのも理由だろう。

戸塚ヨットスクールの事件は、あくまでも教育的体罰で死亡したものであり、おむつを付けて鎖で柱につないでおく、なんていう非人間的な扱いとは次元が違うから、アイメンタルスクールよりは戸塚ヨットスクールの方が教育的のような気がする。アイメンタルスクールの方は、もしかしたら金儲けを優先したあこぎな施設かもしれない。
しかし、いずれにしても、このような施設が社会から必要とされているのは事実だ。そうでなければ64人も入所しているはずがない。今回の事件のために、20人以上が施設を退去したらしいが、逆に言えば、まだ40人以上が残っているのだ。これは、考えてみればすごいことだ。親としては、かなり怪しい施設だと薄々気づいていたとしても、他にすがるところが無いのが現実だ。多少、暴力をふるわれてもいいから、腐りきった子供を叩き直して欲しい、という切実な願いだ。

身内に引きこもりが居ない世間の多くの人は、家庭内暴力も引きこもりもニートも、ぜんぶ「親が甘やかせたからだ。親の教育が悪いからだ」と思っているだろう。何か悲しい事件があって精神的に大きな打撃を受けたようなケースもあるだろうが、多くの場合は、甘やかせたからか、或いは、厳しすぎたからか、或いは、変な期待をかけすぎたからか、事情は色々だろうが、親の教育というか育て方が悪かったからというのは事実だろう。
しかし、親が悪いと言って責めたところで何も解決はしない。必要とされているのは、引きこもりを収容する施設あるいは組織だ。こういう子供達は、昔もいたとは思うが、数は非常に少なかったように思う。なぜなら、昔は社会が貧しかったから、そんな悠長な事をやっていたのでは生きていけなかったからだ。今は豊かになりすぎて、責任を感じた親がいつまでも扶養してしまうから、いい大人になっても家に引きこもったままで生きていけるのだ。

突然の短絡的な提案ですが、こういう子供達は強制的に自衛隊に入れたらどうでしょうか。教育係になる自衛隊は大変でしょうが、対中国や対北朝鮮の要員に使えないだろうか。
以前は、こういう連中は、どこか無人の離れ島なんかに収容して、自給自足させ、たくましく生きるすべを身につけさせればいいかなあ、なんても思っていたけど、もっと直接的に役立った方がいいので、自衛隊で活用できればいいと思うのだ。

(2006.5.12)



〜おしまい〜





独り言のメニューへ