発明報酬

〜 納得できる水準 〜



フラッシュメモリーを発明した元東芝社員の東北大学舛岡教授が、東芝に対し発明の対価として約11億円の支払いを求めていた訴訟は、東京地裁において、東芝が舛岡教授に8700万円の和解金を支払うという内容で和解が成立した。ある程度、みんなが納得できる結果のようで、関係者はハッピーのようだ。

訴えでは、舛岡教授は東芝に勤務していた1980〜87年に、パソコンなど機械内部で使われるNOR型と、コンパクトフラッシュなどの外部記憶装置として使用するNAND型の2種類のフラッシュメモリー半導体を発明した。この特許権を譲り受けた東芝は、これに関連して国内だけで計41件の特許を出願・登録し、その後、他の企業から受け取った特許使用料や製品の売り上げによって少なくとも200億円の利益を得た。しかし、舛岡教授が本来受け取るべき発明の相当対価は80億円なのに、在職中に年数十万円、1994年の退職後も計約600万円の報酬しか払われなかったので、特許権を会社に譲渡した対価の一部として、約11億円の支払いを求めるというものだった。

求めていた額に比べて、和解金8700万円というのは少ないようにも思うが、教授は概ね満足しているようだ「これまでに受け取った報酬から考えれば大きな前進。請求額に比べれば少ないのは確かだが、満足している」と話しているが、金額だけではなく、「訴えをおこした後、東芝などが技術屋を上席役員待遇とするなど、産業界で技術を大事にする方向に一定の役割を果たしたと思う」としており、技術屋を大切にするように世の中が変わりつつあることに満足した結果だろう。

一方、和解金を払わされる東芝も、「裁判所の和解勧告が当社主張および当社の職務発明対価に関する考え方を相当程度考慮した内容と判断した」とのことで満足そうだ。訴訟では「教授の発明は単なる改良発明で、問題の特許によって得た利益はない」なんて反論していたのだけど、本音では、この程度の額は払う義務があると判断したのだろう。それなら最初から払え、とも言いたいが、これまでは基準も曖昧だったし、裁判所の意向を受けた和解により、今後の基準としたいのだろう。
もちろん、訴訟における東芝側の主張も、筋の通らない話ではなかった。「半導体は技術革新の流れが速く、リスクが高い事業であり、利益が上がってるといっても、発明だけが貢献しているのではなく、巨額の設備投資というリスクを企業がとっている点も大きい」というのは真実だ。しかし、そうは言っても教授の発明は極めて重要なものだったし、訴訟がおこされた後に、それまでは年間1000万円だった発明に対する報酬の上限を撤廃したほか、発明対価について従業員との協議を行うことや不服申し立ての制度を整備した事を考えれば、それまでが不十分だったという意識はあったのだろう。

今回の和解で思い出すのは、中村修一カリフォルニア大教授が日亜化学工業を訴えていた青色発光ダイオード訴訟だ。一審で出た200億円判決については、余りにも世間知らずで間抜けな裁判官の判断に呆れかえったが、結局、高裁で和解が成立した。このケースでは和解金は8億円以上になり、極めて高額だったが、和解が成立したということは、一応は順当な範囲内であったとも言える。僕も、当時は、青色発光ダイオードの活気性や、日亜化学の儲けっぷりから考えれば、決して高くはないかな、なんて思った。
しかし、その後、日亜化学の知財管理の人から直接、話を聞いたのだけど、中村教授の発明は、現在、採用されている青色発光ダイオードの製造方法からは、かなりズレており、日亜化学の業績への貢献度から見れば、ほとんど価値が無いとの事だった。もちろん、これは日亜化学側の言い分であり、中村教授の話を聞いた事がない僕としては、公正な判断はできないのだけど、色々ときちんと証拠を示して説明してくれた日亜化学の主張は非常に説得力のあるものであり、僕は一気に中村教授に対して不信感を抱いてしまった。しかも、彼は「自分は奴隷のようだった」なんて主張していたが、本当は地方の中小企業としては破格の待遇だった。それなのに、何か勘違いして、自分が世紀の大発明家になったように思いこんで、過激な行動に走ったのかもしれない。或いは、金儲けしか頭にない悪徳弁護士にそそのかされたのか。一般的に、こういった知財関係の訴訟においては、弁護士どもは成功報酬として3割をかっぱらっていくらしい。舛岡教授のケースで2千万円以上、中村教授の場合なら2億円以上だ。

中村教授の実力については疑問がわいてきた今日この頃だが、今回の舛岡教授は、実際に、非常に優れた研究者のようだ。東芝は、当初、舛岡教授の功績に対して、技術職トップである「技監」への昇進で報いようとしたらしい。それだけ高く評価していたということだ。しかし舛岡教授は、実際に研究を続けられるポストにこだわり、結局、東北大学教授に転身したのだ。訴訟の経緯はさておき、和解の結果などを見る限り、優れた研究者による優れた研究成果だったようだ。

今回の和解金の額が少なすぎるという意見もある。同じように発明訴訟で企業側と争った経験のある元日立金属の研究者は、「発明の対価が抑え込まれている印象を受けた。きちんと発明の評価が得られなければ、理系を目指す子どもは少なくなる。今は企業にとっては良いかもしれないが、日本は技術大国ではなくなってしまう」と言っている。率直な意見だろう。
ただし、元理系の僕からすれば、理系を目指す子は、何も金儲けのためではないよ。弁護士や会計士を目指す文系の子は、まさに金に目がくらんだ奴ばかりだろうけど、研究者を目指す理系の子は、そうではないぞ。金に目がくらいんだ理系の子は、みんな医者になるんだぞ。医者や弁護士は金のためなら何でもする悪い奴らが多いが、研究者は純粋に真理の探究が好きだから理系に進むんだ。だから、そこまで心配することはないだろう。

もちろん、今のままで良いとは思わない。日本の企業社会は、技術大国日本を支えている理系の人間には不利で、金儲けの事しか考えていない文系の人間ばかりが得をしているように見える。僕が大学まで理系だったのに、会社に入るときにはコウモリのように事務屋で入ったのは、技術屋が報われないからだ。同じような学歴で入社しても、技術屋の昇進は遅い。しかも、事務屋で優秀な人材は、金融業など事務屋ばかりの企業にも多く入るため、メーカーでは事務屋よりも技術屋の方が優秀な人が多いのに、事務屋の出世が早かったりするので、技術屋の怒りは相当なものだ。技術屋の待遇は、もっと根本的に改善すべきだ。
ただし、それは、技術屋全体の待遇改善を目指すべきであって、発明報酬だけをことさら増額すべきとは思わない。もちろん、優れた発明に対する報酬は大きくすべきだろうけど、あまりそういう事を進めれば、逆に、業績を上げられなかった研究者に対する処遇が悪くなってしまう危険性がある。優れた発明が生まれるかどうかは、結果的なものであり、偶然が左右する要素が大きい。たまたま成功した者だけを優遇すると、技術者の間に待遇の差が生まれ、収益の上がらない部門はリストラされるなど競争環境も厳しくなってしまう。やはり技術職全体の待遇改善が必要だろう。

(2006.7.28)



〜おしまい〜





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