パキスタン政治情勢

〜 ムシャラフが去って大混乱 〜



ムシャラフ大統領の辞任をきっかけとして、パキスタンの政治情勢が混乱を極めている。

(石材店)「バカンスから帰ってきたと思ったら、いきなりマイナーな話題ですねえ。さすがは国際紛争オタク」
(幹事長)「確かに日本人が100人おったら99人まで無関心な話題だろうけど、
       これは世界平和にとって極めて重大な事態であるぞ」


最近の動きを整理すると、

@ まず事の発端は昨年10月の大統領選挙だった。この選挙は、全く民主的ではなく、最初から仕組まれた筋書き通りムシャラフ大統領が圧倒的多数の票を獲得して再選を決めた。ところが、元々クーデターにより政権を取っていた彼は、大統領就任後もずっと陸軍参謀総長の身分のままだったため、彼を敵視するチョードリー最高裁長官により、当選無効が言い渡される恐れが出てきた。そのためムシャラフ大統領は軍を動員して最高裁判所を封鎖すると共に、最高裁長官を解任し自宅軟禁することにより選挙を有効とし、大統領再選を果たした。また、これに伴う混乱を避けるため、パキスタン全土に非常事態宣言を行ない憲法を停止して戒厳令状態に置いた。

A 取りあえず陸軍参謀総長のまま大統領再選を果たしたムシャラフだが、さすがにまずいと思ったのか、混乱を鎮めるために陸軍参謀総長を辞職し、文民として大統領に就任することにした。これは後から考えれば大きな間違いだった。彼は自分の後輩を陸軍参謀総長に配置することにより、陸軍参謀総長を辞職しても軍部に影響力を残せると思ったのだが、彼の後輩は、ムシャラフに対してではなく国家に対して忠誠を尽くす真面目な人間だったため、ムシャラフは軍部のバックアップを失うことになったのだ。
さらにムシャラフは、非常事態宣言を解除し、自由で透明性のある方法で総選挙を実施する方針を公約した。その時点でパキスタンの権力争いは、ムシャラフ大統領と、ブット元首相シャリフ元首相の3者の争いとなった。この3者は、互いに非常に醜い争いを続けてきた犬猿の仲だが、親米のムシャラフ大統領はアメリカの後押しにより同じく親米のブット元首相との共闘の可能性を探ることにより、総選挙で勝利しようと考えていたのだ。アメリカとしては、とにかく反米イスラム政権が誕生することだけは避けたかったもんな。

B ところが、大誤算が起きた。選挙運動中にブット元首相が暗殺されたのだ。この暗殺は、何もムシャラフ大統領が仕組んだものではない。絶対に、それは違う。なぜならムシャラフ大統領とすれば、ブット元首相と組むことにより権力を維持しようとしていたのであり、彼女を暗殺するメリットは無いのだ。暗殺したのは、同じ親米同士のムシャラフとブットが組むことにより、親米政権が続くことを恐れたイスラム系の組織だろう。
ところがブット元首相を支持する人々は、ムシャラフ大統領が直接手を下したのではないとしても、警備に不備があったとか何とか言いがかりをつけ、要するに、昔から大嫌いなムシャラフ大統領に対して八つ当たり気味に大いに反発し、情勢は大混乱となった。その結果、今年2月の総選挙では同情票を集めたブット派の人民党など野党勢力が圧勝し、3月には大統領に反対する連立政権が発足してしまったのだ。

C 総選挙の結果だけを見れば、ムシャラフ大統領は国民から事実上の不信任を突きつけられたとも言えるが、ほんの数ヶ月前の大統領選挙では圧勝しているのだから、彼としては辞任する必要は無い。なので、彼は居座り続けてきた。これに対して反大統領派は、なんとか大統領を退陣に追い込もうとして大統領弾劾の動きを始めた。去年の非常事態宣言や9年前のクーデターなどを憲法違反として糾弾しようというのだ。
これに対し、当初はムシャラフ大統領も徹底抗戦するのではないかと思ったが、結局、なぜか突然、弾劾手続きが始まる直前に辞任した。なぜだろう?なぜかしら?
まず、大統領弾劾が成立する可能性が高いと判断したからだ。弾劾の成立には上下両院の3分の2の賛成が必要だが、この件に関してはブット派とシャリフ派が手を組んだため反大統領派が優位に立っていたのだ。
さらに、強力な軍をバックにした以前のムシャラフなら、議会で弾劾されようが、そんなん無視することもできたが、彼は既に実質的な権力を失ない、戦える状態でなかったのだ。大統領選挙の直後に軍のトップである陸軍参謀長を辞任した後、2月の総選挙で惨敗したため、軍もアメリカも彼と距離を置く姿勢を取っていたのだ

こうして、あまりにもあっけなく、ムシャラフ大統領は権力を失ってしまった

(幹事長)「というわけです」
(石材店)「で、ムシャラフ大統領の辞任は良いことなんですか?」
(幹事長)「おバカな日本のマスコミ共は強権的なムシャラフ軍事独裁政権に否定的だったから大喜びだったけど、
       世の中はそんなに単純なものではないのであーる」


朝日新聞を始めとする大バカな日本のマスコミ連中は、ムシャラフ軍事独裁政権を諸悪の根源のように批判ばかりしてきたが、それは大間違いだ。そもそもなぜムシャラフ独裁政権が誕生したかを考えなければならない。

元々パキスタンの政治は、かなりいい加減なものだった。て言うか、政治家が腐敗しまくっていた。これは第二次世界大戦後に独立した多くの国に共通する問題だ。突然、独立し、それまでの支配層がいなくなってしまった後に、新しい支配層がかなり強引に権力構造を作り上げたからだ。新しい支配層がしっかりした人間ならいいけど、多くの国では新しい支配層は私腹を肥やすことに熱心だ。パキスタンも例外ではない。
一方、パキスタンは、宗教の違いから分離したという国の誕生の経緯から伝統的にインドと対立関係にあり、そのため軍部の力が強い。その結果、腐敗した政権に対する軍部のクーデターが頻発してきた。基本的に政局が不安定な国なのだ。

今回の権力争いの3人も、このような流れの中で争いあってきた。パキスタン人民党の初代党首だったブット(父)は大統領や首相を歴任したが、腐敗を理由にクーデターで職を追われ、後に処刑された。その後、時代は流れ、娘のブットも女性首相となったが、やはり汚職や不正蓄財を理由にクーデターで解任され、国外に亡命していた。もう一人のシャリフも汚職と不正にまみれていたため、陸軍参謀総長のムシャラフによりクーデターを起こされたのだ。そしてムシャラフがその後は大統領を務めてきたという訳だ。

つまり、結論を言えば、ムシャラフは軍事独裁政権だから悪いなんて単純な評価はできないのだ。ブットやシャリフだって極悪人だ。軍事独裁政権は、当然、強権的な手法で民主化を抑圧するから、批判はある。しかし、それじゃあ腐敗と汚職の権化であるブットやシャリフがマシなのか、と言えば、そんなことはない日本のマスコミは、こんな簡単なことも理解していない
ブットやシャリフの時代は不正がはびこり、経済も停滞していたが、ムシャラフ軍事独裁政権になってからは治安が安定すると共に不正も減り、パキスタンを近代化するため多くの経済構造、社会構造の改革に取り組んできたため、高い経済成長を続けてきた。一口に軍事独裁政権と言っても、軍部上層部が私腹を肥やすだけのミャンマーのような腐りきった軍事独裁政権と違い、発展途上国においては社会の安定と高い経済成長を達成するために大いに貢献する軍事独裁政権もあるのだ。

ただ、途上国、先進国を問わず、国民は目先の事しか考えないというか、恩恵は忘れて不満しか見ないから、いくら経済的、社会的に安定していても民主化を抑圧する軍事独裁政権に対しては批判的にもなる頭の悪い日本のマスコミは、国民の意見が絶対的に正しいと思い込んでいるから、それに同調して批判する。だからと言って、はい分かりました、とばかりに政権を投げ出すとどうなるか?パキスタンは大混乱に陥るだろう。

(幹事長)「ムシャラフ君って意外にヤワだったなあ。軍事力を使って強権的に政権を維持すると思ったのになあ」
(石材店)「残念そうですね」
(幹事長)「だって大変な事になるよ」


そもそもパキスタンは中央政府の力が弱い。日本なんか、江戸時代まで藩に分かれていたとは言え、民族的にも文化的にも一つの国として大昔からまとまりがあったが、インダスやメソポタミアの辺りの地域は、昔から色んな民族の国が興っては滅亡し、民族的にも文化的にも入り乱れている上に、ヨーロッパ諸国の植民地政策の後遺症で適当に分割されて出来た国だから、中央政府の支配力は弱い。中でもパキスタンは、イギリスが支配していたインドのうち、イスラム教徒が多い地域を独立させた人工国家のようなものだ。だから当初はインドの向こう側にあるバングラデシュも一緒だったくらいだ。
中央政府の力が弱いため、地方においては部族制社会の伝統が根強く、その慣習法が国の法律を上回り、中央政府による統制なんてほとんど効かない状態になっている。特にアフガニスタンとの国境地域はとんでもない無法地帯であり、オサマ・ビンラディンを始めとするアル・カイダのメンバーが潜伏している可能性が高い。

頭の悪いマスコミは理解してないけど、このような国で社会に安定を築こうとすれば、かなり強権的な政府でないと不可能だ。ムシャラフ大統領は7年前の同時多発テロを受けてイスラム過激派に対する取り締まりを強化し、アメリカの進めるテロとの戦いを全面的に支持してきた。これはパキスタン国内だけでなく世界的な治安維持にも貢献してきたのだ。ところがイスラム教徒である国民には親米政策は不評で、強い反発を招いてきた。
逆に言えば、ムシャラフ大統領が辞任した後の政権は、国民の受けを狙ってこれまでの強権的な手法を止め、イスラム過激派に対する姿勢は大甘になるだろう。そうなるとアフガンからパキスタンにかけて、まさに世界的な悪の巣窟の治外法権地域が生まれるだろう。て言うか、それは既に現実になりつつある。

ムシャラフ時代の軍事作戦に頼ったテロとの戦いがかえって治安の悪化を招いたということで、ブット派とシャリフ派による連立政権は過激派との和平路線を打ち出した。しかし、その治安政策は成果をあげないどころか、過激派の勢いが増し、治安はますます悪くなっている。世界のテロとの戦いはイラクからアフガニスタンに主戦場が移りつつあるんだけど、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯ではタリバンが急速に勢力を拡大し、パキスタンの国境地帯からアフガニスタン領内への過激派の越境攻撃は、今年に入って40%も増え、国際部隊に多くの犠牲者が出ているのに、連立政権が過激派に甘いため、アメリカやアフガニスタンは強く反発している。
さらに、なんと驚くべきことは、アフガニスタンの首都カブールで起きたインド大使館に対する爆弾テロの背後に、タリバンと関係の深いパキスタンの情報機関が関与していたことが明らかになったのだ。てことは、アメリカのタリバン掃討作戦の情報なんかもパキスタンの情報機関を通じてタリバンに流れていた可能性が強い。
もともと歴史的な背景から、パキスタン軍部とタリバンとは友好関係にあったが、ムシャラフの親米政策によりパキスタンは対テロ戦争の前線基地となり、その結果、タリバン政権は崩壊し、アフガニスタンには親米政権が成立したのだ。でも、これまで軍部を抑えつけていたムシャラフがいなくなれば、パキスタン軍部とタリバンは昔のような友好関係に戻る可能性があるのだ。

おバカな日本のマスコミなんかは、軍事独裁政権が倒れれば新しい政権は安定し、治安が回復するみたいな幻想を抱いていたようだけど、そんな甘い考えが幻に過ぎないことは早くも証明されている。
ムシャラフ大統領を辞任に追い込んだ連立政権は、ムシャラフ辞任から僅か1週間で崩壊した。シャリフ派はブット派との連立を完全に解消すると発表したのだ。理由は、ムシャラフ大統領が解任したチョードリー最高裁長官らの復職問題をめぐる手続きについて合意できなかったからだ。
シャリフ派とブット派は、ムシャラフという共通の敵がいたときはなんとか手を握っていたけど、共通の敵がいなくなったとたん、喧嘩を始めたわけだ。だって元々は仲が悪かったんだもんな。ムシャラフがいたときは反ムシャラフのチョードリー最高裁長官の復職はムシャラフ攻撃の強力な手段だったけど、実はブット派としては、自分たちも過去に山ほど不正しているから、本当は最高裁長官が復職して自分たちを追及されると困るのだ。逆にシャリフ派は、最高裁長官が復職するのが自分たちに有利になると望んでいるのだ。結局、最高裁長官も含めてみんな権力争いの当事者なのだ。誰が正義で誰が悪だなんて単純な構造ではないのだ。ブットもシャリフも、もともと不正の権化のような政治家で、国民の事なんて露ほども考えてなくて、これからも権力争いを永遠に続けるだろう。こんな事を許していいのかっ!

(石材店)「さすがは国際紛争オタクの幹事長。熱がこもってますね」
(幹事長)「もう、ワクワクしちゃう!」


アフリカ辺りでは、内乱なんてしょっちゅうだけど、他国の関心はもっぱら資源の確保だ。資源の利権さえ確保できれば、どっちが勝っても無関心だ。だってアフリカ諸国の内乱なんて、正義と悪の戦いなんかじゃなくて所詮はどうでもいい権力争いだからだ。パキスタンも同じだけど、しかし、なんと言ってもパキスタンは核保有国だ。そこが決定的に違う。単なる権力争いではあるけど、勝った方は核兵器を好きに使えるようになるわけで、これは世界平和の大きな脅威になる。しかも、権力が安定すればいいけど、テロリストのパラダイスのような状態になったら、もう悪夢以外の何物でもない

これを考えれば、ムシャラフに政権を維持して欲しかった。何度も言うけど、こなな基礎知識は国際紛争オタクとしては常識なんだけど、知能レベルが低い朝日新聞を始めとする大バカのマスコミ共は、親米のムシャラフ軍事独裁政権に反対しているというだけの理由でシャリフやブットを応援していた。その結果が、この混乱の極みだ。バカなマスコミ共は、少しは反省してもらいたい。

(2008.8.26)



〜おしまい〜





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