下劣な反捕鯨映画

〜 君はコーヴを見たか!? 〜



日本のイルカ漁を描いてアカデミー賞ドキュメンタリー長編賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」を見たぞ

(石材店)「うわ、早っ!もう見たんですか!でも、幹事長は捕鯨推進派だったはずじゃ?」
(幹事長)「骨の髄まで捕鯨推進派だからこそ見なければならぬ、と思うての」


巷では、一部市民による猛烈な抗議行動により、上映中止騒動が勃発したりしたが、かえって宣伝になった気もしないではない。とは言え、上映している映画館は多いとは言えず、四国では愛媛にあるだけだ。

(石材店)「また東京出張の時に見に行ったんですか?」
(幹事長)「東京方面も渋谷と横浜でやってるだけで、なかなか時間が合わなくて」


で、今回は八戸へ見に行った。

(石材店)「えっ?全国でも数少ないのに、八戸でやってるんですか!?」
(幹事長)「ちょっと驚きやろ?」


どういう組織か知らないけど、東北地方にはフォーラム仙台とかフォーラム盛岡とかフォーラム山形とかいう映画館があり、青森県にもフォーラム八戸という映画館があるのだが、このフォーラムなんとかという所がザ・コーヴを上映しているのだ。

(石材店)「なんだか怪しい映画館っぽいですけど」
(幹事長)「絶対に怪しいよな」


今どき映画館って、郊外型ショッピングセンターにあるきれいで明るいシネマコンプレックスが主流なのに、人気の少ない街中に残ってるってのは、純粋な商業主義ではないだろう。かつて、同様に上映について議論を起こした映画「靖国 YASUKUNI」も上映したらしいから、やはり、その手の映画館なんだろう。
で、八戸まで車を飛ばして見て来た。

(石材店)「客の入りはどうでした?」
(幹事長)「僕を入れて数人だった。反対する人もいなければ、熱心そうな人もいないし、いたって寂しい雰囲気」


あれだけ話題になったし、上映館も少ないから、もっと入ってるかと思ったけど、あんまり人気は無いようだ。東京じゃ満員になったりしてるっていう話だけど、あれだけ人口が多い東京で、たった1館しかやってないんだから、そらそうかも。

(石材店)「で、どうでした?」
(幹事長)「
金返せっ!

実に、しょうもない映画でした。前評判では、『可愛いイルカちゃん達を残酷な漁師が次々と殺しまくる場面を隠し撮りした、この世のものとは思えない地獄絵図』って事だったんだけど、なんだかなあ。期待はずれもいいところ

(石材店)「何を期待してたんですかっ!」

この映画には、隠し撮りをしたという陰湿な手法や、捏造や誤解に溢れているという批判が多いが、それでも、本当にすごい映画なんだったら、多少の捏造や間違いがあっても許容範囲だと思っていた。ところが、実に期待はずれの下らない映画だった。1時間半の映画の大半は、奴らが延々と主義主張を訴えている退屈な場面であり、また全然関係の無い映像を都合よく継ぎはぎして視聴者をマインドコントロールしようとしているだけで、実際の隠し撮りの場面は少ないうえに、なんか、あっさりして迫力不足だよなあ。あれでアカデミー賞受賞だなんて、アカデミー賞って、本当に下らない賞だよなあ。

(石材店)「イルカは、どうでしたか?」
(幹事長)「イルカちゃん、可愛いっ!」


水の中でニコニコしながら近寄って来るイルカちゃんって、本当に可愛い。もちろん、イルカちゃんは顔つきがニコニコしているように見えるだけで、実際にニコニコしている訳ではない。でも、可愛いなあ。

(石材店)「可愛いイルカが殺されるのを見て、ご感想は?」
(幹事長)「かわいそーっ!」


可愛いイルカちゃんが切り刻まれて血を流しながらのた打ち回るのは、本当に可哀想だ。

(石材店)「で、まさか、反捕鯨派に鞍替えしたとか?」
(幹事長)「あり得なーい!」


殺されるイルカちゃんが可哀想だというのと、捕鯨に賛成か反対かは全く関係ない。殺される動物が可哀想だから食べない、なんて言ってると、何も食べられなくなるぞ。欧米で主食になっている牛を始めとする動物達も結構、可愛いぞ。て言うか、中でも高級食材の小鹿なんて、殺されるのを見たら、みんな「きゃー、可哀想っ!」なんて叫ぶだろう。でも食べるのを止める訳ではない。美味しいからな。

(幹事長)「アザラシだって可愛いけど、フィンランドで食べたアザラシは珍味だったぞ」

だから、「可愛いイルカを食べるために殺すなんて残酷だ」なんて言うのは、鯨を食べない奴らの自分勝手で独善的、自己中心的、人種差別的な発想に過ぎない。イルカなんて、食べるんだから、まだマシだ。イギリスなんて、単なるレジャーのために狐狩りをやってるし、アメリカだってハンティングは今でもメジャーなレジャーだ。
それなのに、奴らは自己反省と言う概念が無いから、自分たちの価値観を一方的に押し付けてくるので、見ていて本当に腹が立つ。映画に出てくる自己中心的おっさんや、ヒステリックおばはんどもをイルカと一緒に海に叩き込んで切り刻んで血の海にいてやりたい。たぶん、奴らは日本人よりイルカの方が大事だと真顔で考えているのだろう。

(石材店)「あれ?でも幹事長もアフリカ人よりアフリカ象の方が大事だって言ってませんでした?」
(幹事長)「絶滅の危機に瀕するアフリカ象やライオンを救うためなら、密猟している黒人どもを皆殺しにしてもいいと思うよ。
       でも、イルカちゃんは絶滅の危機には瀕してないよ」


嘘で塗り固められた映画だが、中でも「イルカの肉は水銀で汚染されているから食べるべきでない」なんていう主張には笑ってしまった。まるで日本人の健康を心配してくれているように見えるが、平気で原爆を投下するような人種差別主義者の奴らが日本人の健康を気にしているはずがない。イルカの肉が水銀汚染されていなかったら食べてもいいのか、と言えば、絶対に違うだろう。
いつまで経っても何の進展も見られない捕鯨問題の根本は、「鯨の数は増えているのだから食べてもいいだろう」という日本の主張に対して、数が減ろうが増えようが「可愛い鯨を殺して食べるなんて、とんでもない!」というヒステリー欧米人種との対立だ。他の理屈は、詭弁に過ぎない。
日本人として、いや人間として、鯨は絶対に食べ続けなければならない。鯨を食べないなんて日本人じゃない。鯨は日本人の魂の故郷なのだ。捕鯨に反対する野蛮な奴らは死刑にしたっていいし、捕鯨反対国には核兵器をぶち込むべきだ

(石材店)「言ってる事が支離滅裂ですけど、映画の上映反対運動については、どう思いますか?」
(幹事長)「上映反対派になっちゃった」


表現の自由を重視する僕は、この映画を見るまでは、どういう立場であれ、言論や表現を統制しようという動きは許されないと思っていたんだけど、それは、あくまでも、まっとうな映画だろうと思っていたからだ。あなな下らない詐欺のような映画なら、即刻、上映中止にした方がいい。僕のような芯の通った捕鯨推進派なら容易に奴らの欺瞞を暴く事ができるけど、何も分かっちゃいない子供たちが見たら、絶対に騙されてしまうぞ。言論の自由を云々するに値する映画ではない。

(幹事長)「見た後にイルカの肉を刺身で食べる人だけが見られる、ってのでもいいけど」
(石材店)「踏み絵ですかっ!」


可愛いイルカちゃんの丸々とした体をザクッと切り開いて刺身で食べてみたいなあ。

(2010.7.13)



〜おしまい〜





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