ピロリ菌

〜 名前は可愛いけど恐ろしい細菌 〜



(幹事長)「ピロリ菌って知ってる?」
(石材店)「胃にいる菌ですね」


近年、とみに有名になってきたピロリ菌は、胃の中に好んで住みつき、胃の壁を傷つける悪い細菌だ。昔は、胃の中は強い酸性だから細菌は住めないと思われていたため、なかなか見つからなかった。なんちゅうても胃の中はpHが1〜2と極めて強い酸性で、とても生物が生きていけるような環境ではない。しかしピロリ菌は、胃の粘膜を好んで住みつき、粘液の下にもぐりこんで胃酸から逃れているらしい。やな奴だ。

(石材店)「名前は可愛いですけどね」

ピロリという名前は、幽門という胃の出口を意味する「ピロルス」から来ているらしい。どうせならピロルス菌ってすりゃあ少しは悪そうだけど、ピロリ菌じゃあ誤解するわな。

で、このピロリ菌は胃ガンや胃潰瘍の元凶であり、胃の病気の諸悪の根源なのだ。胃ガンや胃潰瘍になるかどうかはピロリ菌を保有しているかどうかにかかってくるのだ。
これまで胃潰瘍と言えば、ストレスが大きな原因だとか言われてきた。確かにストレスは胃潰瘍になる大きな要因だが、そもそもピロリ菌がいない人は、いくらストレスがあっても胃潰瘍にはならないのだ。なぜなら胃潰瘍は、ピロリ菌が胃壁を傷つけ、胃酸に対抗する防御を弱めることが原因となって起きるからだ。防御が弱くなった胃にストレスがかかると防御がさらに弱くなり、胃かいようになるのだ。ピロリ菌がいなければ、もともと胃壁が傷ついてないからストレスが来たって平気なのだ。だから今では、胃潰瘍の治療はピロリ菌の除菌が中心なんだそうだ。

それから、胃ガンの原因としては暴飲暴食から始まって塩分の取りすぎや高血糖、喫煙、さらには様々な発ガン性物質が指摘されてきたが、これも、あくまでもピロリ菌がいる人の話だ。ピロリ菌は胃壁の細胞を攻撃するから、そのダメージが蓄積して胃がんのベースとなる。ただ、それだけで胃がんになることは少なく、そこに発ガン性物質のようながんを起こす手助けをするものが加わると胃がんになるのだ。逆に言えば、そもそもピロリ菌がいない人は、何やったって胃ガンにはならないのだ

(石材店)「そこまで言い切れるんですか?」
(幹事長)「こないだ検診にいった県立ガン検診センターの医者が断言しとったぞ」


で、どれくらい感染者がいるかと言うと、なんと日本は先進国では例外的に感染者が多くて、全国に6000万人もいると言われている。他の先進国では普通せいぜい2割程度らしい。日本人全体で見ると50%以上が感染しているとの調査結果もあるが、中でも50歳代以降の人は大半が感染しているらしい。若い人は他の先進国と同様に、せいぜい2割程度だ。
ピロリ菌は食べ物や飲み物から感染しやすく、上下水道の普及率が低い衛生状態の悪いところでは菌が繁殖しやすいため、感染する人が多いらしい。なので発展途上国では感染率が高く、先進国では感染率が低い。日本も今では世界一衛生状態が良い国になったけど、僕らが子供の頃は、かなり非衛生的な生活してたからなあ。

(石材店)「そうですかねえ」
(幹事長)「君と僕じゃ10歳くらいしか違わないけど、あの頃の10年間の生活環境の改善はすさまじかったから、
       今50歳以上の人と、それ以下の人の子供時代の衛生状態は大きな違いがあったぞ」


同じ国の人でも経済状態の悪い地方だと感染しやすくなるらしい。その意味でも、田舎育ちの僕らは危ない

(幹事長)「僕らが生まれた頃は、自宅で産婆さんの手で出産するのが普通だったけど、大学時代の同級生の話によれば、
       東京では既に今みたいに病院での出産が普通だったらしいぞ」
(石材店)「産婆さんですかあ。昔はほんまにおったんですね」


だから僕らの世代でも、衛生状態が良い都会部なら感染率も低かったかもしれないけど、僕なんかは、まず間違いなく感染しているだろう。なので、おなかの中にそんな悪い菌が住んでいるかと思うと、気持ち悪くてしかたなかった。

そこで、除菌という選択肢が出てくる。こんな恐ろしいピロリ菌だけど、なんと薬を飲めば割と簡単に除菌できるのだ。日本ヘリコバクター学会の診療ガイドラインでは「感染者全員の除菌を強く勧める」となっているのだ。だって、除菌しちゃえば胃ガンになる可能性がほとんどゼロになるんだから、こんな嬉しい話はない。除菌費用は数万円かかるらしいけど、胃ガンへの不安から解放されるんなら、決して高くはない。
実は数年前、部下の一人がピロリ菌の除菌をやっていて、大いに興味を持ったのだ。ところが、ピロリ菌の除菌には大きな壁が立ちはだかっている。ピロリ菌を除菌するには何週間か薬を飲み続ける必要があるんだけど、なんと、その間はお酒を飲めないのだ

(石材店)「じゃ無理じゃないですかっ!」
(幹事長)「な?無理だろ?」


1年365日中364日は酒を飲んでいた僕に、何週間も酒を飲むなというのは死刑宣告に等しい。

(石材店)「そこまでアル中だったんですか?」
(幹事長)「君よりはマシ」


誤解の無いように言っておくが、僕は決して大酒飲みではない。むしろ、体質的に酒には弱い。なので少量しか飲まない。でも、好きなので毎晩、欠かせない。酒無しで夕食を食べるなんて想像もできない。耐えられない。なので、ピロリ菌は気になりながらも、除菌は諦めていた。
その後、別の職場では、今度は上司がピロリ菌を除菌していた。その上司も大酒飲みなんだけど、なんと酒を我慢してピロリ菌を除菌していた。その姿を見て、病気の恐怖に比べれば、しばらく酒を我慢するのは可能かも、なんて思い始めた。しかも、最近は薬も良くなってきて、1週間程度で除菌できるらしいのだ。1週間くらいなら、なんとか断酒できるかもしれない。

で、今年、人間ドックを受けることになった。場所は県立ガン検診センターだ。以前は、人間ドックと言えば民間病院に限る、と思っていた。1泊2日コースで、昼食、夕食共に豪華な食事が出るし、医者から看護婦さんまで全員、若いきれいな女性で揃えているからだ。同じ病院でも、普通の病院の建物と人間ドックの建物は完全に分離されていて、スタッフも完全に分離されているのだ。明らかに、と言うか、あからさまに男性客を狙ったビジネスだ。それはそれで楽しかったんだけど、この歳になると、そういうのよりガンとかの発見の技術が高い方がいいから、県立のガン検診センターにしたのだ。当然ながら、県立だから男性客を狙ったビジネスという発想は無く、食事も出ないし、若いきれいな女性は皆無で、スタッフはおっさんやおばさんばかりだ。でも技術は高いし、時間も半日程度で終わる。
そこの人間ドックの基本コースにはピロリ菌の検査は入ってなかったが、3000円ほど出せばオプションで受けられる。何週間も酒を断って除菌するかどうかは別として、取りあえずピロリ菌がいることは確認したかったのだ。
で、どんな検査をするのかと思ったら、なんと血液検査だった。ピロリ菌がいると血液中に抗体ができるから血液検査で分かるんだそうだ。直接、ピロリ菌をサンプリングするのかと思っていたから、なんとなく肩すかし。
その後、人間ドックの基本コースのメニューとして胃カメラを飲んだ。で、その画像を見せてくれながら医者が「きれいな胃壁ですねえ。こらピロリ菌もいませんよ」なんて聞いてもないのに言う。まさか胃カメラでピロリ菌が見えるとも思ってなかったから、ピロリ菌の事なんか聞いてもないのに。

(幹事長)「胃カメラで、そんな事わかるんですか?」
(医者)「胃壁の状態で分かりますねえ」


と言って、保菌者の胃壁の画像も見せてくれた。確かに、保菌者の胃壁はものすごく荒れている。同じ胃壁とは思えない。それに比べれば僕の胃壁は、とってもきれい。

(医者)「ピロリ菌の検査を受けてるんなら、その結果も待ちますけど、間違いなく感染してないですよ」
(幹事長)「それじゃあ、ピロリ菌の検査なんて受ける必要無かったなあ」
(医者)「逆ですね。まずはピロリ菌の検査をすべきなんです。今、日本では、誰でも彼でも全国民を対象に胃ガンの検診を推進してるけど、
      ピロリ菌がいなけりゃ胃ガンなんてならないんだから、ピロリ菌がいない人を対象に胃ガン検診したって意味がない。
      壮大な医療費の無駄遣いですよ。まずはピロリ菌の検査をやって、保菌者には継続的に胃ガン検診をする一方で、非保菌者には
      胃ガン検診なんてする必要ないんですよ」


ガン専門の医者がここまで断言するのだから、まず間違いないだろう。もちろん、この世に100%なんて事はあり得ないから、ピロリ菌がいなくたって胃ガンになる可能性は少しは残るし、大人になってから感染する可能性だってあるだろうし、これで完全に安心って訳ではないけど、現実的な確率から言えば、胃ガンの恐怖からは解放された
それにしても、年齢や子供の頃の生活環境から考えたら、絶対に感染していると思っていたから、ものすごく嬉しい。

(石材店)「禁酒せんでいいからですか?」
(幹事長)「保菌者は除菌しても完全に安心って訳にはいかないらしいんだよ」


ピロリ菌は免疫力が弱い5歳くらいまでの子供の頃に感染する成人になってから感染することはないのだが、子供の頃に感染すると、除菌しない限りほぼ一生涯感染し続ける。その間、胃壁を攻撃され続け、ほぼ全員が慢性胃炎となり、そのまま攻撃が続くと胃壁が薄くなる萎縮性胃炎になり、胃ガンの危険が増していく。高齢になってから除菌した場合、胃ガンになる危険度は下がるものの、長年蓄積された胃のダメージが残るから、可能性がゼロにはならないのだ。もちろん除菌しないよりは除菌した方が、はるかに確率は下がるから、絶対に除菌はすべきだが、ちょっとは不安が残るってことだ。

(幹事長)「それにしても、胃ガンになる可能性がゼロになると、ほんと、ますますストレスが無くなるなあ」
(石材店)「油断して酒飲み過ぎると喉頭ガンや食道ガンになりますよ」


(2012.7.25)



〜おしまい〜





独り言のメニューへ