佐世保同級生殺人事件

〜 誰にもある殺人願望 〜



長崎県佐世保市で16歳の少女が幼なじみのクラスメートを殺害し、遺体を解体した事件の衝撃が広がっている。絞殺した後に、頭部と左手首を切断し、腹部を大きく切り開き、胴体に無数の切り傷や刺し傷を残したという極めて猟奇的な犯罪だ。

無責任なマスコミは、例によって、寄ってたかって勝手な想像に花を咲かせている。まあ、これは仕方ない。なぜなら、そもそも犯人の家族は、マスコミにとって格好の餌食になるような材料が満載だからだ。
父親は、地元でも有名なやり手弁護士だ。早大卒なんだけど、なぜか多忙な弁護士業をこなしながら、九州大学にも通っていた。ゴルフの腕前も相当なものらしい。実の母親は東大卒の元テレビ局員で、NPOを主宰し、市の教育委員も務めていた。家族の共通の趣味はピアノや絵画、アイススケートで、絵に描いたようなエリート一家だ。犯人の少女自身も、スポーツも得意なうえ、東大を目指すような優秀な少女だった。
ところが、実の母親が去年10月にガンで亡くなってしまった。おまけに、僅か数ヵ月後の今年5月に、父親は東京から来た30代前半の若い女性と再婚した。この女性は、芸能関係の仕事にもかかわっているという華やかな女性らしい。そして今年3月には、少女は父親を金属バットで殴打し、大けがを負わせる事件を起こした。

このように、マスコミが事件の背景をでっち上げるには、十分すぎるほどの条件が揃った。すなわち、エリート一家に育ち、学業もスポーツも万能だった優秀な少女が、最愛の母親を亡くし、その直後に再婚した父親を憎み、そのせいで精神が狂い、狂気の犯行に及んだ、と。

ところが、その後、そもそも少女には元から狂気があったらしい、て事になってきた。
小学生の時は、恨みを抱いた女児を狙って給食にベンジンや漂白剤を混入していたらしいし、中学生の時には、猫を殺してバラバラにしたり首を切断したりしている
また、去年、病気で寝ている実母を殺そうとして寝室まで行ったが思いとどまった、なんて知人に打ち明けているし、今年3月に金属バットで殴打した父親についても「殺そうと思っていた」と継母に打ち明けている。
つまり、父親を金属バットで殴ったのは「最愛の母を失い、その直後に再婚した父親が憎くなったから」なんて理由ではないのだ。実母を殺そうと思ったりしていたくらいだから、その死は、人間性が変わるほどのショックではなかっただろうし、父親を殺そうとしたのも、すぐに再婚したからではなかっただろう。単に、人を殺したかったからだろう。

父親や継母も、少女の殺人願望を真剣に捉えていた。バットで殴られて大怪我したくらいだから当然だろうが、犯人の少女が継母に対して「ネコを殺すのが楽しい。人も殺したい」と打ち明けたのを真剣に受け止め、病院の精神科に入院させてもらえるよう頼んだが、「個室一つを独占することになるので入院は難しい。他の病院でも受け入れは困難だろう」なんて言われて、入院は実現しなかった。
病院側が「時間がないから次回にしてくれ」なんて言って診療を終えたことから、病院に切迫感がなかったことを責めるむきもあるが、普通、まさか本当に殺人に及ぶだろうなんて思わないわな。
また、父親は市の児童相談窓口に電話したが、勤務時間外で職員が不在だったため、対応してくれなかった。結果的に、それで手遅れになったんだけど、それも仕方ないわなあ。

警察の取り調べに対し、犯人の少女は「中学生のころから人を殺したい欲求があった。猫を解剖するうちに人間で試したいと思うようになった」と供述している。たぶん、これが本当のところだろう。

(幹事長)「つまり、特に不可解な事件ではなかったわけだ」
(石材店)「理解不能ですってば!」


マスコミは商売が第一だから、あっさり片が付いたら商売にならないから、しつこく事件の背景というか、犯人の少女の狂気の背景を探っており、いまだに母親の死とか父親の再婚と犯行を結びつけようとしているが、そんな複雑な話ではなく、単に人を殺してみたかっただけの単純な話だろう

(幹事長)「誰にでもある願望を実行したに過ぎないよな」
(石材店)「かかか、幹事長は、そなな願望があるんですかっ!」


人を殺してみたい、解剖してみたい、っていう願望は誰にでもある

(石材店)「普通の人には無いですってば!!」
(幹事長)「そうなのか?」
(石材店)「副題に〜誰にもある殺人願望〜なんて書いてますが、誰にでも無いですってば!!」


普通の人には無いのかなあ。何をもって普通の人と言うのか、よく分からないが、殺人願望がある人って、そんなに珍しいだろうか?ここで言う殺人願望てのは、「何か恨みがある人を殺してやりたい」ってのではなく、「純粋に解剖してみたい」っていう願望のことだ。大多数ではないにしても、カエルや魚の解剖が好きな人っているだろう。そういう人は、その延長で人間も解剖してみたいって思うことがあるのではないか。
もちろん、それを漠然と空想するのと、実行するのでは大きな違いがある。解剖したいから殺人してみたいっていう人は、日本に何百万、何千万人もいるだろうけど、実際に殺人する人は年に1人いるかいないかくらいの少数派だ。それは、バレたら大変な目にあうっていうリスクが大きすぎるので、理性が止めるからだ。刑務所に入るのか精神病院に収容されるのか分からないが、何十年も隔離されるのは同じだ。人生を完全に棒に振ってしまう。いくら解剖したいからって、そこまでするのは危なすぎる。それなら、動物の解剖で我慢するか、勉強して外科医になる方が良い。

てことで、純粋な殺人願望による殺人事件は、滅多に起こらない。しかし、時たま起きる。今回の犯人の少女も、捕まった時のリスクを考える理性が乏しくて、歯止めにならなかったのだろう。この少女は、殺人願望が異常なのではなく、捕まった時のリスクを考える理性が乏しかった事が異常なのだ

(2014.8.8)



〜おしまい〜





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