聖徳太子が厩戸王だって!?

〜 アホな事をするなよ 〜



新しい学習指導要領で、これからは聖徳太子」のことを「厩戸王(うまやどのおう)」って表記しよう、なんてアホな案が出ていたが、日本中から批判の嵐が巻き起こり、あっさりと撤回されることになった。当たり前だ。当たり前すぎてバカバカしいわ。

(幹事長)「本当に文部科学省ってアホやな」
(石材店)「史実に基づいた方針ではあったんですけどね」


新しい学習指導要領で表記を変えようとしたのは、学会などの歴史研究を重視したからだ。研究によれば、聖徳太子の本当の名前は「厩戸王」であり、古事記や日本書紀では「厩戸皇子」などと表記されている。そして、没後100年くらい後の書物で「聖徳太子」と称されるようになった、とのことだ。
このため、新しい学習指導要領の改定案では、小学校では「聖徳太子(厩戸王)」、中学校では「厩戸王(聖徳太子)」と表記することにしていた

しかし、パブリックコメントで国民から意見を募ったら、「アホか」「死ねバカ」なんて批判が殺到したもんだから、文部科学省は慌ててこれまで通り「聖徳太子」と表記することにしたのだ。小学校と中学校とで表記が異なるのもおかしな話だが、そもそも圧倒的に「聖徳太子」で有名な人物に対して、生前の名前を強引に使う必要なんて無い。文部科学省のトンチンカンぶりには呆れかえる。

「聖徳太子」だけでなく、文部科学省は鎖国」という表記も抹殺しようとしていた。鎖国していた時代にも、実際にはオランダなんかと交易していたからだというアホな理由だ。それくらい誰でも知ってるわ。長崎の出島で交易していたことくらい誰でも知ってるわ。誰も間違わへんわ。
これに対しても全国民から批判が殺到し、あっさりと「鎖国」の表記を復活させることになった。「聖徳太子」にしても「鎖国」にしても、抹殺しようという試みも愚かだが、批判されたすぐに引っ込めるのも節操が無いというか信念が無いというか、愚の骨頂だなあ。

歴史的な名称の変更は、これまでにもあった。一番驚いたのは、誰でも知ってる「仁徳天皇陵」がいつの間にか抹殺されていて、「大仙古墳」なんてアホな名称に変わっていた事だ。確かに、あの近辺には古墳がいっぱいあり、古い資料によると仁徳天皇、履中天皇、反正天皇らの古墳とされているが、どれがどれかははっきりしない。そのため、いつの間にか教科書では「仁徳天皇陵」から「大仙古墳」へと変更されていたのだ。大阪府堺市大仙町にあるからだ。バカバカし過ぎて開いた口がふさがらない。
この古墳を管理している宮内庁は、現在も仁徳天皇陵と呼んでいるが、そもそもの元凶は宮内庁だ。宮内庁はこの古墳を管理しているが、天皇関係のものをことごとく神格化しようとする宮内庁は、この古墳の調査を認めていない。もし現地調査が行われて埋葬品とか出てくれば、誰の古墳なのかはっきりするはずだ。
しかし、本当に仁徳天皇の古墳なのかどうかは別として、これまで全国民が仁徳天皇陵と呼んできた古墳を、文部科学省が勝手にオカシナ名前に変えるのは許せない

いったい文部科学省は何を考えているんだろう。一時期、日本を根底から崩壊させようとする中国の陰謀の手先となって「ゆとり教育」を推進した文部科学省のことだから、今回の「聖徳太子」の抹殺も、日本の歴史をことごとく否定しようとする中国の手先となって動いているのかもしれない。

(2017.3.22)



〜おしまい〜





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