飯野町の歴史

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昭和30年(1955)に飯野村は、丸亀市と合併して飯野町となりました。それを記念して、飯野村史を発行しました。この歴史は、この村史の内容を適当にまとめたり、丸亀市飯野地区地域づくり推進協議会が作成して、いいのふれあいまつりの時に、配布している、飯野町史年表をもとに記述してあります。(大部分は、第5代連合自治会長 松下国繁さんがまとめてくれたものです。)

 

飯野の発祥

飯野とは、讃岐国魂飯依比古を祀る飯神社(写真)から、この山を飯野山と呼んだことに始まります。明治23年2月15日の町制実施に伴い、この山の名前から、飯野村となったのです。それまでは、東二村、東分村、西分村と呼ばれていた三つの村でした。さらにさかのぼると東二村と西分村は現在の川西町北(西ニ村)と共にニ村に属し、東分村は、現在の宇多津、土器、土居といっしょになって津之郷と呼ばれていました。現在、飯野町に、大字として、東二、東分、西分として残っているのは、その当時のなごりだと思います。それから色々な地図を見ますと、讃岐富士と書かれている場合もありますが、正式には飯野山だと思います。讃岐富士と呼ばれたのは、金毘羅さんから見ると富士山のように見えることに由来しているそうです。瀬戸内海から見た飯野山は、向かって左側が少しでっぱっていて、おせじにも、富士山とは呼びがたいのです。

 

原始時代

石器や土器が飯野山や青の山の回りで多く発見されていることから、はじめて人間が住み始めたのは、飯野山西側一帯、青の山南側斜面の日当たりのいい場所といわれています。その当時は、海も深く陸地に食い込んでいたと推測されることから、海の幸や山の幸に恵まれ、住むのには適していたと思われるのです。また古墳も多く見つかっていて、弥生時代のものと推定される、石包丁、鉄片、土器片、石鍬等があります。飯野小学校にはそれらのものが展示してあり、見ることができます。農耕地としては、今の高柳、吉岡、中川原付近が中心であったと思われています。それは、かつての条里制の後があったり、本村と呼ばれていたことから推定できるのです。

 

公家文化の時代

大化の改新で、公地公民、国司郡司の制度、戸籍、班田収授の制度が示され、現在の府中町に国司がおかれていました。山根、下代に三反地、高柳に六反地、東二に八反地、東分に五反地と呼ばれる地があることや、川西町には七条と呼ばれるところがあることから、飯野山を中心にその周囲に条里制が実施されていたことが推定されます。

さて、これ以後の歴史については、年表で記述します。

 

青の山より望む飯野町のシンボル飯野山

 

飯野町の年表

公家時代

延暦13

794

空海が、吉岡で土の仏像や神像を作る。

大同2

807

空海が、西分村に法楽時を建造。

延喜5

905

飯神社が、讃岐24社の一つとして官社となる。

寿永4

1185

源平屋島合戦

武家時代

喜禄3

1227

二村郷、京都泉涌寺領となる。

文明2

1470

奈良太郎左衛門元安は、鵜足郡と那珂郡を領地として、聖通寺山に城を築く。

天正9

 

1581

 

長宗我部元親が、土佐より西讃に侵入して、聖通寺城を落とす。東分山崎に居城していた山崎甲斐守も滅ぼされる。西分法楽寺も、戦のあおりを受け、兵火にかかったと伝えられる。

天正15

1587

生駒親正が、讃岐国主として、聖通寺城に入る。

慶長7

1602

丸亀城完成

寛永9

 

1632

 

古い地図によると土器川右岸は、ニ村袖村、坂本高柳、ニ村山根、ニ村下代、津野郷中川原、津野郷池の下、津野郷吉岡、津野郷土器、津野郷宇多津となっている。(生駒四代、高俊の時代)

寛永19

1642

松平頼重、常盤下館より、高松に入る。山崎家治が、丸亀城再建に着手。

万治1

1658

山崎家が絶家となり、京極高和が、播磨龍野より、丸亀に来る。

万治4

1661

飯神社、社殿を改築。

宝暦時代

1760

東二村792208件、東分村1184302件、西分村17343件の人口と家屋があった。

天明3

1783

横田嘉次郎が、京都の三十三間堂に、通矢を行い、名前をあげる。

天明5

1785

1793

東分村政所に末包佐兵衛、西分村政所に横田甚蔵が勤務していた。

寛政5

東分村政所に末包貞右衛、東二村政所に松永沢右衛門が勤務していた。

文化9

1812

不作で、困窮する。

弘化4

1847

土器川が大洪水。藩政時代、郡の司法や行政をつかさどった大庄屋が置かれていた。また、東二村、西分村、東分村には、政所が置かれていた。東二村と西分村、西二村で、二村郷とよばれ、東分村と土器村、土居村、宇多津村で津野郷とよばれていた。

江戸末期から明治初期ごろは、金毘羅参りをするものがたくさんいた。

 

明治時代

明治1

1868

政所を庄屋と呼ぶ。

明治2

 

1869

 

松平高松藩知事、京極丸亀藩知事に任ぜられる。

丸亀城が火災にあう。

明治4

1871

廃藩置県となり、讃岐国は高松県(知事松頼聡)、丸亀県(知事京極朗徹)となる。

 

 

 

 

両県を廃し、香川県を置く。讃岐一円を八十八区に分けて、鵜足郡は二十八区となり、飯野は、第四小区と第五小区に属した。

明治6

 

1873

 

香川県を廃し、名東県となる。(県庁は徳島)

東分小学校(上等)、東分小学校(下等)、西分小学校、東二村小学校開校。

明治8

1875

再び香川県となり、翌年愛媛県となる。

明治10

1877

山本清五郎、醤油醸造を創業する。

明治11

 

1878

 

町村に戸長を置く。東二村には松永喜代蔵、東二村には野田宗四郎(後に大林騰平)、西分村には横田義生がなる。戸長の下には、用掛五人がいて、事務を執行した。

明治17

1884

松永重太郎が酒醸造を創業する。

明治20

明治21

1887

1888

小学校四校を統合して、東分尋常小学校となる。

愛媛県から分離して、香川県となり、全国に市町村制がしかれる。

明治23

 

1890

 

東二村と西分村と東分村を合併して、飯野村となる。役場は、村長宅に置かれた。人口3千人あまり。

村長に、大林騰平がなる。

明治25

1892

小学校新築。飯野村立飯野尋常小学校と改称(生徒数220人)

明治31

1898

伝染病仮隔離病舎建設。村長義生就任。

明治32

1899

飯山高等小学校(現在の飯山高校)分校が下代で開講。土器、川西、飯野の三村から通学する。

明治33

1900

東分池上に伝染病隔離病舎新築。

明治35

1902

村長野田仲四郎就任

明治36

1903

池の下に役場新築(現在の池の下自治会場)。その当時地方から視察団が役場に多くきた。

明治40

 

1907

 

小学校義務教育となり、42年に6年生まで完成。(生徒数512人)

大林森次郎県会議員に当選(44年再選)

明治43

1910

信用組合設立

大正時代

大正1年

1912

飯野尋常高等小学校と改名(生徒数577名)

大正3

1914

伝染病仮隔離病舎、村の中央に移転新築。村長横田浅太郎就任

大正6

1917

大林森次郎衆議院議員に当選(9年再選)

大正11

1922

飯野に電灯がつく。信用購買利用組合発足

大正12

1923

小作争議が起こるが円満解決。飯野村消防組設立。村長横田太一就任。横田鯉凍二県会議員に当選

大正14

1925

村長松永友義就任

昭和時代

昭和1

1926

小作争議が起こるが円満解決。自作農創設

昭和2

1927

小学校講堂完成。タバコ耕作組合創立

昭和3

1928

亀井万太県会議員に当選

昭和5

1930

坂出琴平間、琴平急行電鉄開通(津之郷、池の下、登山口(下代)、飯野駅(苗木センター)あり)

昭和6

1931

飯野郵便取扱所設置(昭和10年に郵便局となる)忠魂堂建築(山崎神社境内にある)

昭和10

1935

飯野青年学校附設。特設電話架設

昭和12

1937

攝政官、御歌記念碑竣工(飯野山)

昭和13

1938

巡査駐在所新築

昭和14

1939

小学校内に飯野保育所設置。警防団設置。秋に大干害

昭和15

1940

警察特設電話架設。国民健康保険組合設立。灌漑用電動機35箇所に新設

昭和16

1941

役場増築竣工。丸亀-岡田線バス開通。

昭和18

1943

川津、飯野両村立不二青年学校認可。小学校相撲道場新設

昭和19

1944

飯野村農業会設立。琴平急行電鉄廃止

昭和20

1945

太平洋戦争終わる。飯野青年団発足

昭和21

1946

愛国婦人会、国防婦人会を解散し、飯野村婦人会を発足。民生委員制度発足。飯野青年学校誕生(翌年廃校)。村長田辺一美就任

昭和22

1947

飯野小学校と改称。飯野中学校開講。消防団発足。公選村長真鍋稠就任

昭和23

1948

農業会解散、飯野村農業共同組合創立。小学校改築竣工。飯野中学校校舎落成。遺族厚生会組織

昭和25

1950

大林森治郎先生頌徳碑竣工(現体育館前にある)

昭和26

1951

飯野村立保育所新築(現公民館の場所)定員160名。村営庶民住宅設置(山崎に)

昭和27

1952

飯野村興農会結成

昭和28

1953

丸亀市、飯野、坂本、法勲寺組合立飯山中学校開講。坂出-川井線バス開通。飯野村連合4Hクラブ発足。飯野村土地改良区創立

昭和29

1945

真鍋稠県議会議員当選。郡農業祭飯野村共進会施行。小学校本館新築落成。小学校PTA発足。公民館新築落成(百坪、135万円)現農協倉庫。村長藤井幸四郎

昭和30

1955

53丸亀市に合併(津野郷、鍋屋は宇多津町に合併)4.79平方キロ。戸数583。飯野村連合自治会結成、会長松永友義。幼稚園開設。飯野村史刊行。市長三原勝英

昭和32

1957

ホームページ(HP)の作成者、6月に生まれる。

昭和33

1958

丸亀市体育協会飯野支部結成。第1回町民体育祭開催。公民館が市の飯野分館となる。

昭和34

1959

幼稚園,保育所が合併して、飯野保育所となる(定員90名)

昭和35

1960

簡易水道完成。老人会発足(長寿会)

昭和36

1961

6回市民体育祭総合優勝。連合自治会長大林幹

昭和37

1962

7回市民体育祭総合優勝。小学校プール竣工(25m、生徒数319人)

昭和38

1963

稲沢常太郎県議会議員当選。(42,50年再選)琴参電車廃止。市長堀家重俊

昭和39

1964

有線放送開始。HP作者飯野小学校へ入学

昭和40

1965

丸亀市農業共同組合飯野支所設立

昭和41

1966

第11回市民体育祭総合優勝

昭和45

1970

母子愛育会結成。HP作者小学校卒業、中学校入学

昭和47

1972

小学校体育館竣工。第17回市民体育祭総合優勝

昭和49

1974

特別養護老人ホーム「珠光園」開園。現在に位置に保育所移転。HP作者中学校卒業、高校入学

昭和50

1975

飯野公民館竣工。「飯野団地」自治会に加入。青の山墓地公園竣工。板屋に苗木センター完成。飯野山に青少年野外活動センター完成

昭和51

1976

小学校改築工事完成。HP作者高校卒業、大学入学

昭和52

1977

市民体力づくりコース飯野山にオープン

昭和53

1978

飯野老人農園オープン。飯野校区少年団体連絡協議会発足。連合自治会長鈴木五節。瀬戸大橋着手

昭和54

1979

市道飯野幹線開通。飯野町福祉モデル協議会発足

昭和55

1980

連合自治会長松下政清。HP作者大学卒業、丸亀市役所へ奉職

昭和56

1981

丸亀市健康都市づくり推進協議会飯野支部発足。小学校運動場夜間照明完成。土器川大橋開通

昭和57

1982

国道11号線(丸亀〜坂出)開通。横田傅翁之碑が公民館入り口に建てられる

昭和58

1983

小学校体育館拡張工事完成。第1回町民カラオケ大会開催

昭和59

1984

国道11号線全線開通

昭和60

1985

香川県立丸亀養護学校青の山に開校。「下代サニー団地」自治会に加入。コミュニティ推進地区として県、自治省のモデル地区に指定。四国横断自動車道飯野地区対策協議会設立。中央共同募金会(会長灘尾弘吉)より多年の社会福祉増進に寄与されたとして、表彰される。

昭和61

1986

福祉モデル協議会、健康都市づくり推進協議会は、飯野町連合自治会に包含され、丸亀市飯野地区地域づくり推進協議会として発足。加入戸数805戸。シンボルマークの制定。公民館の管理運営を市より、地域づくり推進協議会に委託される

昭和62

1987

コミュニティセンターが公民館内に完成。第1回ふれあい、いいの祭り開催。飯神社祭神、父母神祀る御社造営完成。農協飯野支所花卉等集出荷場新築落成

昭和63

1988

四国自動車横断道幅杭設置。瀬戸大橋開通。「グリーンヒル」自治会に加入。赤山川樋門完成。県道飯野宇多津線対策協議会設立

平成時代

平成1

1989

農協倉庫(旧公民館)地が、小学校敷地となる。「富士」自治会に加入し、自治会が15となる

平成2

1990

下代、山崎、池の下各自治会集会所完成。第1回香川県女性ボーラ(ゲートボール)大会で飯野チーム準優勝。飯野誕生100周年記念事業

平成3

1991

飯野小学校武道館完成。地域農業活性化モデル地区に指定。県道飯野宇多津線一部開通。丸亀市長に片山圭之氏がなる。山崎伊勢神社忠魂堂移転落成。公民館図書室野外倉庫完成

平成4

1992

飯野小学校創立百周年記念誌発行。高松善通寺間高速自動車道開通。平成大橋開通。山根東自治会集会所完成。四国横断自動車道飯野地区対策協議会解散。飯野地区福祉推進協議会発足

平成5

1993

「飯野東」自治会に加入し、自治会数16となる。大隅自治会集会所完成。日本赤十字社より、献血の功績により銀色有功章を受賞。香川県総合検診協会より、がん集団検診及び予防の普及に努めたとして、表彰される。第48回東四国国体炬火リレー飯野町を通過

平成6

1994

県道飯野宇多津線拡幅工事一部開通6月の梅雨時期より9月末頃まで雨が少なく、渇水状態となる。県下全域だけでなく、西日本全体に渇水が広がる。阪神淡路大震災が、朝早く起きる。

平成7

1995

連合自治会長松下国繁氏にかわる。「飯野西」自治会に加入し、自治会数17となる。飯野イラストマップ作成(飯野クラブ)。第10回ふれあいいいの祭り開催。ゴミ減量化推進委員発足。

平成8

1996

「高柳」自治会に加入し、自治会数18となる。

平成9

1997

6月に山崎橋完成。中川原自治会集会所完成。丸亀城築城400年記念行事開催。さぬき福祉専門学校開校。福祉保健推進委員会発足。第40回町民体育祭開催。丸亀市森林ミュージアム推進事業発足。コミュニティバスぐるっと開通。琴参バス路線廃止。公民館の愛称「ふれあいセンターいいの」に決定。丸亀市体育協会婦人部秋期球技大会総合優勝

平成10

1998

飯野山登山口に案内板設置。子ども会飯野山に植樹。身体障害者福祉連合協会飯野支部発足。第51回全国高等学校総合体育大会が丸亀で開催。(陸上競技とアーチェリー協議)

平成11

1999

飯野幹線赤山橋開通。香川県地区衛生組織連合会より、多年の功績により表彰。飯野地区まちづくり計画作成。日本赤十字社より、献血の功績により金色有功章を受賞。丸亀市姿勢100周年記念事業実施。コミュニティに関する住民アンケート実施。広報「ふれあいいいの」のファイル配布。公民館に地域づくり推進協議会シンボル旗掲揚台設置。香川県社会福祉協議会会長表彰をうける。公民館をコミュニティセンターに改称。市制100周年事業で、自治功労で市より表彰。第1回ガーデニングコンテスト実施(飯野クラブ)。「藤高」自治会に加入し、19自治会となる。県道「飯野宇多津線」開通。森林ミュージアム飯野山登山道測定

平成12

2000

新池(小学校北側)改修工事完成。

平成13

2001

コミュニティーセンター東側に駐車場完成。濁池堤体改修。「すみれ」自治会加入で、自治会数20となる。

県道飯野宇多津線池の下、山崎に標識設置。また音声案内付き点滅信号設置(飯野町東分2481番地1地先)。

飯野山西麓(珠光園の上)の古墳及び弥生時代の竪穴住居の調査開始

平成14

2002

4月に手帳サイズの飯野町ふるさと探訪記が発刊される。携帯にたいへん便利。

香川県より丸亀市ふるさと文化財探偵団実行委員会は、ふるさとかがわの文化創生事業(ふるさと文化文化財探偵団)を委託され、「ふるさと勉強会」「古墳勉強会」「薬草観察会」「飯野山を愛する会」の四部門において事業を実施する。なお、「ふるさと勉強会」(飯神社)と「薬草観察会」は、飯山町との交流事業として行う。

「ふるさと探訪記」に関する標識を 町内約60箇所に設置する。

小学校のプール改築並びその周辺整備工事着手。

平成15

2003

主要地方道善通寺府中線(東二 3273地先)に押しボタン式信号機設置。

丸亀市長が、片山圭之氏から新井哲二氏に代わる。

飯野小学校プール改築並びプール周辺整備事業完成。引き続き体育館立替工事着手。

飯野山登頂証明うちわ発売開始。(コミュニティーセンターにて)

16回全国スポレク大会が開催される。(丸亀市は、マスタ‐陸上と女子ソフトボール)

平成16

2004

飯野小学校体育館新築落成

丸亀署飯野駐在所新築移転(東分2329−5)

広報「ふれあい いいの」第215号よりA4版に変更

旧駐在所跡地にセンター自転車置き場新設

平成17

2005

322日付けで、飯山町、綾歌町が、丸亀市と合併し、新しい丸亀市が誕生。

平成18

2006

 

平成年

 

 

平成年

 

 

平成年

 

 

歴代村長及び連合自治会長

 

第1代村長

大林 騰平

明治233月〜明治313

第2代村長

横田 義生

明治313月〜明治353

第3代村長

野田 仲四郎

明治354月〜大正34

第4代村長

横田 浅太郎

大正34月〜大正114

第5代村長

横田 太一

大正125月〜大正144

第6代村長

松永 友義

大正146月〜昭和217

第7代村長

田辺 一美

昭和2110月〜昭和223

第8代村長

真鍋 稠

昭和224月〜昭和298

第9代村長

藤井 幸四郎

昭和2910月〜昭和305

丸亀市に合併

第1代連合自治会長

松永 友義

昭和305月〜昭和353

第2代連合自治会長

大林 幹

昭和364月〜昭和533

第3代連合自治会長

鈴木 五節

昭和534月〜昭和553

第4代連合自治会長

松下 政清

昭和554月〜平成73

第5代連合自治会長

松下 国繁

平成74月〜平成123

第6代連合自治会長

福濱 義照

平成124月〜

 

 

 

 

歴代村長写真(コミュニティーセンターいいの 旧公民館所蔵)

(左より第1代、第2代・・・と続く)

歴代連合自治会長写真(コミュニティーセンターいいの 旧公民館所蔵)

(左より第2代、第3代、第4代、第5代連合自治会長)

 

BGM5月梢を渡る風とともに:FreeMusicArchive

 

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