New attempt


第五回 遠い日の記憶

私の家の近くに相引川という小川がある。川といっても昔々は海のようなものだった。いや大きいとか小さいとかの問題ではなく、ちょっと訳ありなのだ。

私が生まれるずっとずっと前(当然ながらアポロ計画よりはるか以前である...)には、その近くは塩田地帯だった。潮の満ち引きによって塩田が水没してしまわないように塩田の両サイドには新川と相引川が備わっており治水の役目をはたしていた。しかしこの相引川...隣を流れる新川のような純粋な川と違い、周囲約10kmの屋島(半島のようなもの)を挟んで屋島湾から壇ノ浦へと抜けていた。すなわち海から海へと繋がっている川なのである。屋島湾と壇ノ浦では潮の満ち引きに時差があるため、時には東向き時には西向きへと常に流れのある川であった。また、潮のいたずらにより年に何度かは両方から一緒に満ちあがり、そして一気に引いてゆく『相引き現象』も見られた不思議な川だったのである。

現在は、壇ノ浦にほど近い場所に堰をつくっており『相引き現象』は見られなくなったうえ、場所によっては限りなくドブ川なイメージさえ覚えるこの相引川なのだが...なぜか気になる川なのだ。そう、それは丁度私が高校時代の記憶。毎朝毎晩私はこの川の横を自転車で通っていた。駆け抜けながらふと水面に目をやると、ボラの小さいやつ(地元ではイナっ子と呼ぶ)が集団になって表層をプカプカ泳いでいた。しかしそれも堰までで、それより向こう(西側)にはいつもフナか何か釣っている老人がいた。その頃は「なるほど...堰よりすぐ向こうは淡水の場所もあるのか」くらいの気持ちでいたのだが...大学生になったある日、ふと思いだした。そういえばあの頃ルアーフィッシング(当時はライギョがメイン)をしていた友達が「あそこバスおるで」と言っていたような...そう、確かに言っていた!

それから十数年、私はいつも「ここは誰も釣りしていないが必ずバスは居るはずだ、いつか釣ってみたいなぁ」と想いをつのらせていた。そして先日、ついにその念願を果たす時がきた! 意を決してバスタックルを握り締め、十数年間疑問に思っていたことの答えを探しに出かけたのである。

最初に攻めてみたのは海からほど近いポイント。さすがに水をなめてみようという気にはならないが、比較的川幅も広いので巻きものを投げまくってみた。

その後ワームで探ってみるも、水深があるのは中心部だけのようで...ちょっと以外。

少し下流(屋島湾方面)も覗いてみる。『鯉を放流していますので釣りしないでください』という看板があったのだが、本当に鯉なんているの?って感じ。看板自体が由美かおるのアースの看板並みに時代を物語っていた。

いづれにせよキャストする気にならないので写真だけパチリ!

上流に向かって釣り歩いてゆくと、対岸にいい感じの水路を発見。

えいやっ!と投げ込んでみるが反応なし。画面には写っていないが足元でアヒルがガァガァと泳いでいた。

唯一と言ってもいい支流(?)との合流地点。すぐそばの中学校出身のツレが、ここが護岸される前にライギョを釣った経験があるポイント。それも十年以上前らしいけどね・・・

確かに小魚は多かったけどバスは釣れなかった。

私鉄の鉄橋と交差するあたりから川幅も急激に狭くなってくる。

海からいちばん遠い場所なので橋脚なども果敢に攻めてみるが、激しい人通りからの不思議そうなモンを見るかのような視線に耐えられず移動を決意した。

さらに遡り、いちばん幅の狭いエリアに到着した。この木造の橋でいつもフナか何かを釣っていたおじいさんがいたよなぁ...

橋の上から水面を覗き込むと、うんうんフナや鯉らしき魚がおりますぞ。

さっきの橋に腰掛けて、途中で買ってきたハンバーガーをむしゃむしゃ食べる。もう周りの視線が気にならなくなってきたゾ(^_^;)

ノーシンカーで置き竿していたけど、引き上げたワームに歯形は付いてなかった。

ついに水門まで辿りついてしまった。でも雰囲気はいいぞ!

最後の望みをかけてしばらく粘ってみたものの...やっぱりダメでした、ん〜残念無念。

『釣れないから居ない』というのは答えではない。もしかして、ひょっとしたらこの相引川のどこかにバスは元気に生息し続けているかもしれない。もちろんハナから居なかったのかもしれないが... ともあれ今回の挑戦では、まだ答えを見つけられなかった事は確かだし、万が一バスが居るとしてもあまり釣れるフィールドでないことも確かだ。しかし、楽しかった高校時代の記憶もまた確かなものだったと信じ続けている現在の私がいる・・・

ふぅ...また十数年後だな、ひとまず思い出という名の心の引出しに『疑問』をしまいこんでおこう。いつか高校生になった息子に連れられて、秋晴れのなか再びこの川にキャストできる日を夢見て・・・

2000.1.8