海軍司令部跡


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海軍司令部跡入り口  ラバウルのほぼ中心地にある海軍司令部跡を視察した。
 コンクリートで固められた地下壕である。入口付近には、九六式25粍3連装機銃といわれる銃が置いてある。
 中の壕内通路は、背を伸ばしては歩けないほどの窮屈さであった。一旦階段を降りて、再び上がったところに、司令室と言われる小部屋があった。
 ここは、外から見ると地上である。5〜6人入ったらもう身動きできない広さで、しゃがみ込んで、やっとのことで、天井の写真を撮った。
 天井は球面状で、ラバウル周辺の作戦地図が描かれている。下から見る地図であるから、当然の事ながら、裏返しに書かれている。地図の中心点は、何故かこの司令部跡の所在地ではなく、かなりずれた場所となっており、トーヤと書かれていた。
天井の作戦用地図  ここは、海軍司令部として、参謀長草鹿龍之介少将が滞在していたという。
 昭和18年(1943)4月18日山本五十六大将がブーゲンビル島で撃墜される前日に最後の夜を過ごした場所ともいわれている。
 この地下壕は、火山噴火前までは、戦争記念館として、展示物もあったそうだ。現在は、大半が灰に埋まったままになっているのだそうである。
 火山灰に埋まっているので、その全容を見ることは出来なかったが、海軍司令部跡にしては、一寸規模が小さいように思えてならなかったが、帰国してから見たラバウルガイドマップには、南東方面艦隊司令部前進指揮所とあり、前進指揮所ならと納得したのである。

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