ケビエンでの個別慰霊(1)


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監視哨跡から港を眺め打ち合わせ  ケビエンでの個別慰霊は、私たちにとって、旅行の主目的である。
 ケビエン港は、義父八郎平の戦没の地であり、ここを一目みたい、ここで般若心経を唱えたい。というのが、妻の念願であり、旅行の動機なのである。
 ケビエンでの先ず最初の仕事は、どこで個別慰霊を行うか、場所を決めることである。ケビエン港を見渡せる小高い丘に上がった。
 そこは旧海軍の監視哨跡らしく、コンクリートで作られた構造物が山のような形をしていた。
ケビエン港は前面の島が港を作り出している。  ケビエン港は、入江ではない。沖合の島が離岸堤の役目をして、泊地ができているのである。
 日本から乗ってきた船「第一若松丸」をラバウルで失った義父は、ここケビエンで天龍丸を修理し、修理が終わり次第その天龍丸で帰国する予定であったという。天龍丸の修理は、沖合の島に係留して行われ、義父は、大発で天龍丸と本島の間を移動中に連合軍の空爆によって戦死したのである。
 その遺体は、空港の側で荼毘に付され、埋葬されたという。しかし、空港の側では、場所の特定が難しい。海に生き、海で命を失った義父の供養は、海の側、港の側と言うことになったのである。
 しかし、丘の上からの眺めでは、よく判らないと言うことになり、実際に海辺に降りて探すこととなった。

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