魅 館 果 汁
<00年1月中旬>
1月20日(木)
こんな寒い夜は、ちょっと真面目に、って何で?
首相の私的懇談会とやらが21世紀の日本に対する提言を発表した。
英語を第2公用語とするとか、小中学校の義務教育を週3日にするとか、選挙権を18歳にするとか。
基本的な考え方は国民が国家と関わる方法とシステムを変えて、個と公との関係を再構築することで変革を促すとある。
まあ総論としての目的は問題ないと思うが、各論になるとそれで目的が達せられるのかという感じになる。
英語の公用語化は確かに大事なことだ。
しかし、国際化だとか国際競争力だとか言われ始めて一体どれだけの年月が経っているのだろうか。
大事大事といわれながら実際には民間でこそ着実に進められているものの、公的教育機関では人材育成からして遅れたままである。
提言は遅いくらいであり、具体的な方策をこそ提案していいはずなのに。
学校3日制とは義務教育の登校日のことである。
あとの2日は補習や芸術・スポーツ、職業教育に当てるという。
これは指導が大変だ。
一斉に全員が同じ教育を受けさせることが悪いことのように言われ始めて久しい。
これは教える内容の重要性よりも、教わる姿勢を問題にすべきだということにつながるはずである。
さて、そのように教育が動くだろうか。
学級崩壊の本質を見誤らなければよいのだが。
選挙権はこれこそ何をかいわんやである。
教育の問題でも感じることだが、先の見えないくせに夢のない世の中に若者を送り出そうとしているときに、意識づけが大事という前に重要なことがあるはずだ。
政治に何が期待できるか。
制度を変えることで何かがよくなるという浅はかな考えが生み出したのが今ではないのか。
政治家や教師は決してオウムや法の華を笑うことができないと思うのは私だけだろうか。
1月18日(火)
オウムがアレフに!?
昨日が阪神大震災からちょうど5年という日だったが、オウム真理教の地下鉄サリン事件も5年前の出来事だった。
考えてみれば5年前こそ恐怖の大王が降りてきたと言っていいような年だった。
そして今年、教祖 麻原彰晃こと松本智津夫の裁判が延々と続く中、教団はオウム新法対策のためにいろいろと動き回っている。
数日前には松本を「代表」と「教祖」からはずしたといい、今日は教団名を新しくして「教祖」はおかないと発表した。
しかも、松本を「霊的存在」というわけのわからない位置に据えるとさえいう。
「教祖」を違う人物にしたという節操のなさからして笑ってしまったが、「霊的存在」って何だ。
象徴天皇みたいなものか、なんていうと怒られそうだが案外当たっていたりして。
団体規制法、いわゆるオウム新法とは、過去に無差別大量殺人を行い、首謀者が今も影響力を持つの団体に対して警察が立ち入り検査を行う「観察処分」や団体への勧誘を禁止する「再発防止処分」を科すことができるとする法律である。
規制対象となる要件は
(1) 首謀者が団体の活動に影響力を持っている
(2) 無差別大量殺人の関与者が現在も所属している
(3) 当時の役員が今も役員をしている
(4) 殺人を勧める綱領を保持している
(5) このほかにも無差別大量殺人に及ぶ危険性が認められる事実が団体にある
の5点。
要するにこれからはずれたいがための作業だろう。
松本を「霊的存在」として(1)の項をクリアし、危険な教義(タントラヴァジラヤーナ)を破棄するとして(4)をクリアし、というわけだ。
しかし、これを信用しろと言ってもこれまでの幹部の言動を見る限りには無理な相談である。
何より自分達の組織がやったことに対する反省がみられない。
義務はどこへやら権利だけは主張する餓鬼のような人間たちにどうやって生まれ変わってもらうべきなのだろうか。
今日はクラスマッチだった。
男子がサッカーとバレー、女子がバレーのクラス対抗戦。
男子には教官チームも参戦。
私も参加したのだが、みんな始まるとついつい熱くなって学生相手に頑張ってしまう。
結局、準優勝してしまった。
決勝も勝ちを譲る気はまったくなく、いい勝負をして惜しくも負けたというかたちになった。
女子の優勝チームとの交流試合も含めて8試合くらいをこなした。
そんなわけで腕は痛いは、内腿は張ってるは、明日は筋肉痛かも。
1月17日(月)
阪神淡路大震災から、5年。
今でも忘れない。
5年前の今日、遠く離れたこの愛媛でもぐらりと揺れた朝。
直後、嫌な予感が脳裏をよぎりTVをつける。
しかし、詳細は伝えられない。
仕事に追われてすっかり忘れていた昼前、同僚から聞かされて再びTVを見たときの衝撃。
実家は神戸から比較的離れているが、弟達が神戸や大阪に住んでいる。
次々と報じられる倒壊した凄惨な現場。
猛り狂う炎に飲み込まれる街。
泣き叫びおろおろとさまよう人々。
通じない電話。
どす黒い不安。
連絡のついた実家はまったく被害なし。
大阪の弟も無事。
神戸の弟は寮が全壊したが、本人は外出中で怪我もなし。
西宮の親戚は玄関先が少し倒壊。
神戸の親戚の家は全壊し、大叔父夫婦とその娘夫婦は家の下敷きになったが、奇跡的に無事だった。
怪我人がなかったことは不幸中の幸い。
しかし、その周囲では6000人以上の人たちの命が奪われていたのだ。
震災から約2ヶ月後、全壊した親戚の家から荷物を運び出すことになり、神戸に向かった。
そこは2ヶ月たったというのにTVで見るよりも悲惨な光景だった。
特に大叔父の家の近くは木造家屋が密集した場所で、ほとんどが全壊ないし半壊していた。
そしてその多くがまだ手付かずのままだった。
しばらく大阪の遠縁に身を寄せていた大叔父はすっかり老け込んでしまっていた。
あれから5年。
神戸の弟は職も変え、西宮に移り住んだ。
大叔父は同じ場所に家を建て、少し元気になった。
周囲の人たちも少しずつ自分の生活を取り戻しつつあるようだ。
亡くなった人は戻ってこないし、心の奥底に残る傷が完全に癒える日は遠いのかもしれないが、不況に喘ぎながらも必死に再建に向けてみんな戦っているのだ。
元気づけるべき私たちが、逆に元気づけられている。
そうだね。
頑張らなきゃね。
一昨日『神鳥 ― イビス』(篠田節子)、今日『月の影 影の海』(小野不由美)を読了。
どちらもなかなかよい。
昨日、ようやく講談社ノベルスの新刊を見かける。
しかし、この日行った本屋は元々ノベルスをあまり置いていない店で、『月は幽咽のデバイス』(森 博嗣)しかなかった。
まあ、一遍に全部買っても仕方ないしねと慰め、1冊だけ買って帰る。
1月14日(金)
直木賞はなかにし礼!?
直木賞選考委員の黒岩重吾の選評。
「全員がこの作品を推したが、消極的な推薦だった。
中盤がやや淡泊だという批判もあったが、候補作の中で唯一、人間をまともに書いている」
ほう、言うねえ。
東野圭吾も割といいところまでいったという噂もきこえていたが、またもや駄目だったことになる。
選考委員に合わないのかもしれない。
本人がどう思っているか知らないが、これに懲りずに新しい分野への開拓精神だけは失ってほしくない。
『たまご猫』(皆川博子)を読了。
絶品の幻想小説である。
1月13日(木)
またもや風邪、ひつこいっちゅうねん。
ヒトゲノム解析がいつの間にかものすごい勢いで進んでいた。
アメリカの企業2社がそれぞれ全遺伝子情報の97%以上および95%の解析を99%の精度で成功したと発表したのだ。
ヒトゲノム計画がスタートしたのは1990年。
アメリカの国立保健研究所(NIH)を中心としてフランス、イギリス、日本、ドイツなどが参加した国際プロジェクトである。
ヒトのDNAは塩基対にして31億8千万個といわれる。
当時は15年間ですべての解読を完了する予定だったのが、現在では予定が2003年に早められた。
ところが、今回の発表では民間企業が今年の夏にはすべて解読できるとしているのだ。
民間がこれほどまでに急ぐのは特許の問題があるからである。
遺伝子情報の特許を獲得すれば、それを利用した遺伝子疾患の治療法をはじめバイオ技術や生命科学の幅広い分野で利益を独占できるというわけだ。
公的プロジェクトは、これだけの貴重な情報を一企業に握られてはたまらないので、特許を取得するより前に成果を公表してしまおうと、2000年3月を目標に大雑把な解析を完了するように目標を変更したという。
しかし、それでもおそらくはこれらの企業に特許を専有されるだろうといわれている。
おかしな話ではある。
自分で作ったものではなく、自然界に存在するものにまで、その情報を深く追求すれば特許が発生するのだから。
太陽光を分光して7色であることを発見したニュートンは、それで特許を取得できたことになる。
分光のためのプリズムにではなく、7色という情報にである。
TVはもちろん虹にも特許がかかるのだ。
うかつに庭に水も撒けない。
遺伝子に関する特許は現在アメリカでしか認められていなかったと思う。
さすがはアメリカだ。
かつてコロンブスが発見した大陸にさえ特許をかけて先住民族を追い出そうとしたのだから……。
冗談はさておき、この調子で進むと意外と早く一般市民に直接関わってくるようになるだろう。
最近、この関係の小説も増えているが、事実が追いつく日も早いかもしれない。
アメリカでは卵子バンクが開設された。
日本でもヒトES細胞といって、将来身体のどの部分にでもなりうる細胞の研究が容認された。
新たな臓器移植につながる分野である。
クローン羊で騒いだのはもう過去の話になりつつある。
そしてヒトゲノムの完全解読。
生命操作の問題はこれから大きな転換期を迎えそうである。
講談社ノベルスはまだ出ていない。
そこで今日もまた他の本に手が伸びる。
某MLの1月課題図書『神鳥―イビス』(篠田節子)がやっと見つかった。
意外と小さな本屋に埋もれていたのでラッキー。
同時に隣に並んでいた同じく篠田節子の『絹の変容』も買う。