魅 館 果 汁

<00年6月上旬>


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6月10日(土)

 「人」という字は人と人が支えあっている姿を表わしている、というのがウソだとばれたらどうする?

 7日の巨人-阪神戦でのメイの威嚇球事件が波紋を広げている。 まず、事実関係を明らかにしておこう。 3対0と巨人のリードで迎えた7回表阪神の攻撃。 ツーアウトランナーなし、バッターは代打 和田。 ここまでわずか3安打とほぼ完璧に抑えられており、和田のカウントもツーナッシング。 ここで和田はメイが投球動作に入った直後に打席を外したのだ。 審判はタイムをコールしてゲームを中断。 これが1度、2度と繰り返され、そして3度目。 メイはバッターボックスから2、3歩後ずさった和田の顔面近くにボールを投げつけた。 ボールはそのままバックネットまで転々と……。
 その場は阪神側も抗議するわけでなく、審判も注意ひとつしなかった。 ところが、試合後メイが「アメリカでは3回以上やると、故意に威嚇することがある」と意図的であったことを認めたために問題が大きくなった。 翌日、セ・リーグ野球連盟の高原会長は、メイに出場停止10日間、制裁金50万円の処分、橘高球審ら当該審判員に厳重戒告、遅延行為のあった阪神球団に厳重注意を科した。 これだけ聞くと妥当なようだが、メイは先発投手なのでローテーションを1回とばされるだけであり、実際的には巨人に被害は少ない。 野村監督や星野監督にいわせれば、やっぱり巨人に甘いのか、ということになる。
 とはいえ、今回の事件で一番腹が立つのはメイでも橘高審判でも高原会長でもなく、野村監督である。 なぜ、あのときに何も言わなかったのだろうか。 じらし作戦に引け目を感じていたという見方もあるが、そのせいで怒りを忘れるようなら最初からそんな作戦をとるべきではない。 冷静にメイのいらつきを観察していたのだ、その証拠に和田は直後にツーベースを放ったという人もいるかもしれないが、試合後のコメントからはそれも伺えない。 むしろ、戦意喪失しているようにすら見えるのだ。 いくら混セで1チームだけ置いてけぼりをくらっているとはいえ、指揮官がやる気をみせないでどうするというのだろう。 若手の登用など何とか現状を打破を図っているように見える半面、こういった態度をとる監督に失望を感じるのは私だけだろうか。
 ところで、なぜ今日になってこのことを取り上げたのかというと、マーク・マグワイアがアメリカのスポーツ紙に試合時間短縮のための提案をしているという新聞記事を見たからだ。 マウンドを高くする、ツーストライクでアウトにし、ボールスリーでワンベース。 また、試合中監督がマウンドに上がれるのは2度に限り、ピッチャーが投球するするまでの時間24秒を厳守するために時計を用意するというもの。 必ずしも実現可能なものばかりではないし、実現したからといってうまくいくとも限らないのだが、野球というのが無駄な時間の多いスポーツであることは確かである。 マグワイアもそう感じているようだ。 特に日本の野球は「間」と称して無駄を活用しようとする。 もし、マグワイアがメイと和田の駆け引きをみていたとしてどう評価しただろうか。
 「アンパイアはワダのディレイ行為を警告すべきだった。 あんなことを許しているからタイガースのゲームは5時間半もかかるんだ。 ピッチャーはボールを受けて24秒以内にピッチングすべきだし、バッターはその間にバッターボックスから出てはいけないルールにすべきだ。 もし、バッターボックスをはずしたらストライクをひとつ宣告すればよい。 きっとゲームに集中できるはずだ」
 「ノムラカントクがクレームをつけなかったのはすばらしい。 あの人が出てきたらネチネチとアンパイアに絡んで、試合時間が延びて仕方がない。 ホシノカントクだったらきっと飛び出してアンパイアを殴りつけていたに違いない。 ピッチャー出身のくせにラン&ヒットが得意な珍しいタイプだそうだが、肋骨の次はどこを狙うんだろうか。 とても心配だ」
 「メイのビーンボール? あれは言語道断だ。 投げるならキャッチャー相手に決まっている。 だって、ボールが転がっている時間だけ、ゲームのリスタートが遅れてしまうじゃないか。 悪くてもバッターにぶつけてボールが遠くまで転がらないように気をつけるべきだった。 これもさっき言ったようにストライクひとつとれるルールにしておけば起こらなかっただろう」
 「そういう問題じゃないだろうって? いやいや、どんなことがあっても試合時間短縮が最優先だ。 でないと、試合途中に腹が減ってビッグマックを食べたくなるじゃないか。 え、逆に無駄な時間ができたらその間にハンバーガー屋に駆け込めるって? そうか、その手があったか。 じゃあ次の雑誌にはいかにベースボールに「間」が大切かを語ってやろうかなあ……」

 『天使の屍』(貫井徳郎)を読み終える。


6月8日(木)

 前期中間試験が始まって、テスト勉強教えてくれ攻撃でくったくた。

 Yomiuri On-Lineに大ニュースが掲載されていた。 曰く「光を300倍に加速」である。
 イギリスの日曜紙サンデー・タイムス報じた記事として紹介されていた。 アメリカニュージャージー州にあるNECの研究所で、セシウムガスを満たした装置内に光のパルスを通す実験を行ったところ、光速である秒速30万kmより300倍も大きな速度を記録したというのだ。 現在、イギリスの科学誌「Nature」に投稿中ということだが、すでに真偽を巡って英米の物理学者の間で議論が巻き起こっているという。 周知のようにアインシュタインが提唱した特殊相対性理論では、真空中の光の速度は秒速30万kmで一定であり、これより速く移動できるものはないとされる。 しかも、真空ではなく空気中や水中など何らかの媒体中移動する時はさらにそれよりも遅くなるのが常識である。 今回の発見が事実ならば、物理学の基本法則をくつがえす大発見となるわけだ。
 光よりも速い物質といえばタキオンなる粒子がトンデモ科学の世界で有名である。 もちろん、そんな粒子は発見されていない。 想像上の、というよりは希望上の物質と言った方がいいかもしれない。 しかし、その存在を否定しない人たちの数多くいる。 彼らは、特殊相対性理論の制限がかかるのは光速より遅い粒子を加速したときの話であって、もともと光速より速い粒子については全く矛盾しないと主張する。 私はそこまで詳しく理解しているわけではないのでこの考えが正しいのか間違っているのか判断できないが、少なくともこれまでのところは知られていないのである。 しかし、それが見つかったというのが今回の記事になるわけだ。 それもタキオンなどという胡散臭い粒子ではなく、光そのものがいわゆる光速を越えるというのだから、さらにややこしい。
 さて、タキオンといえばタイムマシンを思い浮かべるのはSF野郎だけではないはずだ。 時間の不可逆性、つまり時間が未来に向かってしか進まないのはなにものも光速を越えることができないからだとされる。 逆にいえば光速を越える粒子が存在すれば時間を逆行することが可能であり、すなわちタイムマシンが実現可能になるわけだ。 つまり、光速の300倍で進むというセシウムガス中の光は遂に人類に時間旅行をプレゼントしてくれるかもしれないのである。
 タイムマシンができたらあんなこともこんなこともやってみたい。 思わずムフフと頬が緩んでくる。 しかし、自分だけでなく一般に普及してしまうとその楽しみも半減どころか、ほとんどなくなってしまう。 時間旅行は、時間旅行が不可能と思われているからこそ楽しいのである。 そのためにはまずNECの研究所に行って発見者のワン博士に取り入らなければならない。 タイムマシン製作のためにはやはり日本の発明王 ドクター○松とプラズマの権威 △槻教授の協力を仰ぎたい。 彼らなら偏見を持たずにこの仕事に尽力してくれそうだからだ。 口が軽くて世間にすぐばらされてしまいそうなのが難であるといえばその通りだが、きっと誰も信用しないに違いないことろからも適任である。 うーん、タイムマシン。 魅惑の響きだ。 明日以降日記の更新が滞ったら、ニュージャージーへ向かったと思ってもらっても構わない。 いや、いかんなあ。 この日記を読んだ人からタイムマシン計画が知られてしまうかもしれない。 モバイルを持って海外からアップするようにしようか……。


6月7日(水)

 あれれ、いつの間にか10,000ヒットを越えてるぞ、みなさんありがとう!

 DVDの時代だといわれはじめて、そろそろ手を出そうかなあなどと思ってたりする今日此頃、実はDVDがディジタル・ビデオ・ディスク(digital video disk)の略ではないことを初めて知った。 なんとも情けないことだが事実である。 確かにビデオに限るというのはおかしい話だ。 CDでさえコンパクト・ディスク(compact disk)だから、全く限定した言い方ではなくて、ビデオはその中のVideo-CDという一媒体に過ぎない。 ちなみに音楽用CDはCD-DA(コンパクト・ディスク−ディジタル・オーディオ)というのが正式らしい。 じゃあ、Video-CDもCD-DV(コンパクト・ディスク−ディジタル・ビデオ)にすればと思うのだが、どうなんだろう。
 さて、DVDは何の略かというと決してディジタル・ヴァーチャル(virtual)・ディスクではない。 ディスクが仮想(虚像)だったら困るわなあ。 せめて、ディジタル・ビジュアル(visual)・ディスクくらいにはしておいてもらわんと。 しかし、いくらビジュアルでもディジタル・バイオレット(violet)・ディスクは気が進まない。 色を決めてしまうっていうのも気分悪いけど、なんで紫やねん! ディジタル・ウィルス(virus)・ディスクというのはもっと嫌だ。 一緒にディジタル・ワクチン(vaccine)・ディスクをつけてもらわねば、ってどっちもDVDかい! ディジタル・ベニヤ(veneer)・ディスクともなると、ディジタルなのかどうかがまず疑わしい。 本当はディジタル・バラエティ(variety)・ディスクというのだ。 バラエティとは多様性。 このディスク一枚に多様な内容を収めることができるのだ。 落語、漫才、漫談、コント、手品に腹話術と、斯様に多様なバラエティ・ショウが楽しめる……。 あら、ウソがばれた? 実はディジタル・ヴァーサタイル(versatile)・ディスクというのが本名だそうだ。 なんだか舌をかみそうな名前だが、ヴァーサタイルには多機能という意味があるらしい。 つまり、計数型多機能円盤というわけだ。 大容量なだけではなくたっぷり機能もついているといいたいのだろう。
 しかし、CDだってキャッシュ・ディスペンサーもあれば、サーティフィケイト・オブ・デポジット(譲渡可能定期預金証書)、コンファレンス・オン・ディスアーマメント(軍縮会議)の略称としても使われている。 さらには科学用語でサーキュラー・ダイクロイスム(円偏光二色性)や化合物シクロデキストリンの略号でもある。 DVDをとり間違うことだってある、っていうのは説得力に欠けるかなあ。 でも、DVDだってドメスティック・バイオレンス・ディフェンス(家庭内暴力に対する防御)を指すことだってあるだろうし、ジステンパー・ワクチン・フォー・ドッグ(犬のジステンパーワクチン)の場合だってあるはず。 イニシャルだけをとって略されてもわかりゃしない。 だから、「バナナ大使」のイニシャルトークもわからなくてあんまり好きじゃなかった……。 あら、話がそれた。
 要するに世の中にアルファベット略号があまりにも氾濫していて困っているということが言いたいのだ。 自民党がLDP、民主党がDPJ、社民党がSDPとか言いはじめたらただでも違いがわからないのに、まったく区別がつかなくなるようなものだ。 それにLDPなんていったら、アナログのLPとディジタルのLDの長所がうまく噛み合った新しい音楽媒体だと思われるかもしれない。 その方が感じいいかもしれないけどさ。 実体なきイメージの時代、スマートなアルファベットが受けて、表意文字 漢字の出番はますます少なくなるのだろうか。


6月6日(火)

 桜の時期に間に合わなかった歓迎会は、ビールのおいしい季節に持ち越された。

 瀬名秀明の第2回の日本ホラー大賞受賞作がきっかけになったのか、パラサイトという言葉が一般化してパラサイト・シングルなどという言い方までするようになった。 親に寄生している独身者ということなのだろうが、女に養ってもらっている男のことをヒモと呼ぶのと比べたら言葉の上だけなら格段の差がある。 「俺、ヒモなんだよな」とはいいにくいけど「私、パラサイト・シングルなのよ」っていうのはなんとなく言いやすい。 そうやって言葉面をよくしてなんとなく優し気な表現にするのは一種の逆言葉狩りなんじゃないだろうか。 無職をフリーターというのはその典型的な例だ。 なんとなく言いにくい言葉をそうやってオブラートに包むことで、格好よくしてしまう。 歯医者をデンタル・クリニックと言い換えても、治療したら痛いことに変わりはないというのに。 これは果していいことなんだろうか。
 身体障害者や部落差別者に対する蔑称については問題があるだろう。 ところが、それをもじって体重に不自由な人とか顔の造作に不自由な人などというとおかしなことになる。 あるいは「個性的」という修飾語を前につけてごまかそうとするが、見え見えに過ぎて反発をくらう。 このような誰かを傷つけるような言葉に対して優しさをもった表現を考えることは意味があると思う。 しかし、そういう言葉は現れないで、前述したような妙な言い方だけが氾濫する。 となると、じゃあこんなのはどうっていいたくなるわけで……。
 ヤクザ → ジャパニーズ・マフィア : 言われる方は「ヤクザ」の方が格好いいとは思っているかもしれないけど。 長いから単に「マフィア」とか「ジャパマ」というのもあり。 決して「ジャマ」や「パジャマ」と言い間違えないように。
 ボケ老人 → ツッコミのできないお年寄り : ツッコミができないのとボケができるのは必ずしも同じではないのだが。 えっ、これも長い? でも短縮するの難しいなあ。
 失業者 → ロング・バケーショナー : これは略せる。 もちろん「ロンバケ」。
 いじめ → 日米関係 : え、違うの?
 パシリ → お使いくん : 「くん」をつけてみた。
 スケベオヤジ → ノックくん : 「くん」をつけてみた。 そのうち「くん」なしの方が主流になるだろうが、そのときはまた別の表現を考えないといけない。
 オウム → アレフ : あ、もうやってるか。


6月4日(日)

 モナコでも、ポールシッターは勝てなかった。

 『續・日本殺人事件』(山口雅也)を読了。 あまりにも日本的な架空日本を舞台としたミステリである。

 さてこのジャパネスク・ミステリを読んでいてふと思った。 この日本から絶滅しようとしているのはトキやイリオモテヤマネコだけではないんじゃないか。 日本の絶滅のおそれのある野生生物種のリストをレッドリストというが、是非そこの掲載してもらいたい動物種がいる。
 サムライ ―― ヒトに最も近い霊長類のひとつ。 頭髪は月代に丁髷、和装し、腰に帯刀している。 ボスザムライはショーグンといい、ダイミョー、ゴケニンなどのランクがある。 絶滅の原因はハラキリにあるとされる。
 ニンジャ ―― 別名シノビ。 サムライの亜種。 全身黒づくめで覆面し、マキビシ、手裏剣などをふところに潜ませている。 集団行動し、イガ、コウガ、ネゴロなどのグループがある。 メスは通称 クノイチという。 歌って踊れる若者集団のことではない。
 ヤマトナデシコ ―― 植物名でもあるが。ここでは黒髪の清楚な霊長類のことをさす。 メスしかいない珍しい種であり、どのようにして種を残しているのかよくわかっていない。 20年近く前に七変化する亜種が見つかり有名になった。
 サムライやニンジャは京都や日光などのごく限られた地域に生存することが確認されているが、ヤマトナデシコはほとんど発見されない。 ヤマトナデシコの判別方法は、髪や爪の色、服装などの外見、話し言葉中の敬語比率、ヒトのオスが声をかけた時の赤面度などが挙げられるだろうか。 どうか身の回りでヤマトナデシコを探してみてほしい。 見つけたら野生種かどうかを観察して判断する。 野生種の扱いは難しい。 保護したい気持ちはわかるが、手をかけると逆に絶滅に拍車をかけることにもなりかねないのだ。
 最近、「神の国」だの「国体」だのといって復古思想をまきちらしている某国の首相もきっとこれら絶滅危惧種の復活を望んでいるに違いない。 しかし、彼はこれらの他にもコッカシントーだのテンノーシュケンだのアラヒトガミだのの絶滅も嫌がっているようなので注意しないとね。


6月3日(土)

 日直で過ごした平和な一日。

 うちのページからもリンクさせていただいているミステリ博物館のくろけんさんのデビュー作が講談社ノベルスから発売されたらしい。 『ウェディング・ドレス』(黒田研二)がそれである。 ネット世界に接続しているとこういうことが時々ある。 本になったわけではないが、雑誌掲載された方、某文学賞の最終選考まで残った方など。 きっと、私の知らないところでネット上で創作活動をしながら、出版デビューしている人が意外と多くいるに違いない。 彼らはデビューする前からすでに何百、何千もの人にその存在を知られているわけで、これは購買層として無視できない数だ。 当然、そこを通して口コミならぬネコミ(ネットコミュニケーションの略、っていうことにしておこう)でのPR効果だって絶大だろう。 掲示板やチャットを運営していようものなら、固定ファン獲得の場をきっちりと握っているということになる。 自分の仲間から、あるいは知り合いから作家が誕生したということになれば、盛り上がること間違いなしである。 これもまたネット・ビジネスというのだろうか。
 ネット・アイドルなるものもいる。 中には写真集を出した子もいると聞く。 彼女(彼?)たちもメジャーデビューすることがあるとすれば、同じようなことが言えるわけだ。 他にもインターネット出身でネット外にデビューすることってあるだろうか。
 ネット・アーティストというのはありそうだ。 自分の絵や彫刻などの作品をウェブページにアップしているのを目に留めた金満家が援助してくれて、個展デビューするというわけだ。
 ネット・コメディアンというのはどうだろう。 漫才やコントのネタを数多くアップしていて、面白いと噂になっていくつものプロダクションから声が掛かるのだ。 ところが、激しい争奪戦の挙げ句に会ってみた本人はものすごい口下手で結局、放送作家デビューにしかならなかったりして。
 ネット・サーファーは新しいタイプの岡サーファーである。 アップしているのは自慢のボードと浜の上での写真ばかりで、波に乗っている姿はすべてコラージュだから一向にデビューできない。
 ネット上で子育ての悩みを相談している母親はネット・マザーと呼ばれる。 そしてネットから飛び出すことを公園デビューという……わけないです、はい。

 昨日『いちばん初めにあった海』(加納朋子)を、そして今日『狐罠』(北森 鴻)を読了した。


6月1日(木)

 水無月の紫陽花あゆむ蝸牛。

 6月である。 アユ漁の解禁日。 ハマちゃんこと浜崎伝助は大喜びしているだろうか。 いや、この釣りバカは海が専門だったっけ。 一方、同じ浜崎でもあゆみの方は大変である。 なんせ、あゆ漁が解禁されたのである。 ストーカーのみなさんには嬉しい日かも知れないが。 2年前に放流された稚あゆが、こんなに大きくなって悠々と泳いでいる。 果してどうやって釣るのだろうか。 友釣りするには、おとりがいる。 解禁の声を聞いて養殖のおとりあゆを選んでいるストーカーの図を思い浮かべると……。 は?養殖あゆ? なんだか怪しいところに向かっていきそうだなあ。
 アユといえば、魚へんに占う。 かつて神功皇后が占いに使ったという神話世界にも登場する魚である。 ところが「鮎」は日本でこそアユのことをさしているが、漢字の本場中国ではナマズのことをいうらしい。 アユとナマズでは淡水魚というほかにほとんど接点がないけれど、例の占いの故事のせいで日本のナマズは割をくったわけである。 おかげで「鯰」という字を当てられたわけだが、一体何を念じているのか、アユとの不仲説も含めて想像が膨らむというものである。
 アユは「鮎」の他に「香魚」とも「年魚」とも書く。 もちろん、あの独特の香りに由来する名前であり、また寿命が1年しかないということで字が当てられたようである。 また、「阿諛」もあゆと読む。 これはおもねりへつらうこと、いわゆるおべっかという意味である。 そうそう、おべっかという言葉もなんだか妙である。 特に関西ではあまり使わないので余計に思うのだろうか。 丁寧の意を表わす接頭辞がついてさらに撥音便変化した……のかどうかは知らないけれど、そう見せかける興味深い単語である。 是非その語源を知りたいものだ。 それはともかく、「阿諛」というのはなんだか魚のアユにも浜崎のあゆにも似つかわしくない言葉だなあ。 とはいうものの、浜崎のことは正直いってあまりよく知らないのだけれども。
 さらに「東風」と書いてもあゆと読むそうだ。 「こち」という読み方はかの菅原道真の「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」という飛梅伝説で有名だ。 また、YMOの「TONG-POO」もちょっと古い人はよく知っていると思う。 しかし、まさか尚も別の読みがあろうとは。 そのせいで東の風のことを「鮎の風」ともいうらしい。 ということは、西の風は「鯰の風」という、なんてことはないのだけれど。 でも南風は「はえ」、北風は「寒太郎」と呼び名がついているのだから西風にも何かないと寂しいというものだ。 そういえば、浜崎のあゆは福岡出身だそうな。 なかなか万事狙ったようにはうまく収まってくれないものである。



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