魅 館 果 汁

<04年1月>


prev next back

1月28日(水)

 豚ペストは流行しないんだろうか。

 それでは、こちらのトリビアです。

 (武○鉄○または坂○金○風に)
 はい、みなさん、よぉく聞いてください。 いいですかぁ。 「人」という字はですねぇ、人と人が支えあっているから「人」なんです……。
 「人」という字は、人と人が支えあっている様子を表しているという説明は、ウソである。
 えー、本当ですか!?(M)
 へぇー、 へぇー、 へぇー。
 こちらが確認のネタ本です。 あれ、パクリか?
 「人」という字は、人と人が支えあっているように見えることから、人はお互いに支えあいながら生きていくものだ、という教訓として○田○矢がテレビでヒットさせた言葉であるが、「人」という字に詳しい国立字源研究所の次元大二郎さんは、
 「はい、確かに「人」という字が、人と人が支えあっている様子を表しているという説明は、何の根拠もないまったくのウソです。 そのようなウソがまかり通るようになったのは、「○年○組○八先生」という大きなお世話系学園ドラマで、主人公の金○先生がなにをトチくるったか、持論をアドリブかましたのが原因です。 ほんとに、勝手なことしやがって、しょうもない……。 あ、いや、今のはカットしてください。」
 では、本当の字源はどんなのですか。
 「「人」という字の本当の字源は、「h」の右の棒がもう少し下の伸びたというか、「ク」の左上がもう少し上に出っ張っているというか、そんな形の象形文字です。 これは人の立ち姿を横から見た様子を表しています。」
 それなのにどうして、人と人が支えあっている様子、という風に間違った解釈が広まったのですか。
 「だから今言ったでしょ。 歌手上がりの俳優もどきが、人気ドラマで偽善者ぶって言っちゃたからですよ。 そういうのをね、民間語源っていうんです。 ほら、「親」という字は「木」の上に「立」って子供を「見」守るからっていうでしょ。 あれだって本当は違うんだけど、もっともらしいからそう言われてるでしょ。 そんなわけないじゃん。 困るんだよね、そういうことされるとさ……」

 へぇー、へぇー。
 なんか、すっごく憤慨してましたけど。(ビ)
 それはもう、心から漢字を愛してらっしゃるんでしょうね。 えー、「人」という字は、人と人が支えあっている様子を表しているとよく言われていますが、それはテレビドラマの名セリフが広まってしまったためであって、本当の字源とは関係なかったんですね。 そのように、漢字とか言い回しとかの意味を後付けしたものを民間語源と呼びます。 つまり、「人」はお互いに支えあっているというのは、まったくのウソなんです!
 それは言い過ぎなんじゃないの。(タ)
 そんなことはありません。 みなさん、決して武○鉄○の言葉に騙されてはいけませんよ!
 ちなみに私は、「信」じる「者」は「儲」かる、といわれて、完全に騙されました。(克)


1月24日(土)

 自分が卒業したかどうか確認する能力もないのに大学卒業だなんて。

 青木富夫さんが亡くなった。
 え、それ誰だって? 小津安二郎の「突貫小僧」の青木さんじゃないか。 竹中直人の「無能の人」の青木さんじゃないか。 篠崎誠の「忘れられぬ人々」の青木さんじゃないか。 映画出演本数200本を軽く越える青木さんじゃないか。 えー、正直言うと私も全く知らなかった。 去年の春までは、である。 しかし、青木富夫は強烈なインパクトをもって私の前に現れた。
 それは忘れもしない、いや忘れた、確か去年の5月頃のことである。 あるプロジェクトのために異様な忙しさで仕事をこなしていたある夜、同僚が一枚のビラをもってきた。 そこには拳銃を持った男を下から見上げたショットをメインに、ビルの爆破場面、ヘリや車のアクションシーン、「スーパーコップ・オムニバス」「映画館(ほんしょ)までご同行願います」「史上最笑のデカは誰だ!?」の文字。 これは何だ? 瞬く間にその場にいたプロジェクトメンバーの心を掴んだそのビラこそ、今や知る人ぞ知る「刑事(でか)まつり」の宣伝ビラだったのだ。
 「カラー作品」のロゴ、「お得なデカ割あり」の注意書き、キャストに挙がった寺島進や嶋田久作、「一分につき最低でも一回ギャグを入れること」という掟など、突っ込みどころ満載なのだが、その中でも特に際立つ存在があった。 それがビラのど真ん中に描かれているサングラスの老刑事だ。
 えーい、どうも説明が面倒だ。 これを見てくれ。
 どうだ、強烈だろう。 手の下に小さく「青木」と書かれているのが読み取れるだろうか。 そう、この老人こそ青木富夫なのである。 とはいっても、そのときは全く名前も顔も知らない存在であった。 ところが、タイトルの下にある「豪華」キャストに名前が挙がっている。 寺島や嶋田と並んでいるとはいえ、塩見三省というのも聞いたことがないのでネタかもしれないが、ビラに堂々と写真が出ているんだから、と思って調べたら、上述の通りの凄いベテラン俳優であることがわかったのだ。 竹中直人など、「シコふんじゃった」と「Shall we ダンス?」での役名を青木富夫としているのだからビックリ。
 しかし、このビラの写真、いい味出してる。 拳銃の先から出る発砲の火花のチープさ。 やや前傾の姿勢は拳銃を撃つのに必死で踏ん張っているようにも見える。 そして何より、引き金を左右の人差し指で引いているところ。 片手で引き金を引く力もないんかい!って思わずツッコんでしまった。 なるほど、この味はベテランでないと出せないんだなあ。
 ちなみに「刑事まつり」はその後「帰ってきた刑事まつり」「最も危険な刑事まつり」「新刑事まつり〜一発大逆転〜」と濃いギャグを続けていったらしい。 同僚は見に行ったらしいけど、私は全く見ていないので、どんな内容でどのくらい笑えたのかはわからない。 まあ、この手の濃い笑いは受けるかどうか紙一重なので賛否両論のようだ。
 ともあれ、私たちの間で一瞬にして有名になった青木富夫さんが、今日亡くなってしまったのだ。 享年80歳。 ご冥福をお祈りします。

 『オルファトグラム』(井上夢人)を読了。


1月21日(水)

 雪やこんこ、あられやこんこ。

 それでは、こちらのトリビアです。

 ♪あるぅ日、森の中、クマさんに、出会った。 花咲くもっりっのっみっちぃー、クマさんにぃ、でぇあったぁ……。
 童謡「森のクマさん」に出てくるクマは、原曲のアメリカ民謡では……、毛皮を剥がれて敷物にされてしまう。
 へぇー、 へぇー、 へぇー。
 こちらが確認のVTR、もとい、URLです。
 童謡「森のクマさん」は、森の中でクマに出会い、クマに逃げなさいと言われたので逃げると、後からクマが落し物を持って追いかけてきて、最後は一緒に歌いだすというまったく意味のわからない歌であるが、童謡に詳しい国立童謡民謡研究所の古木歌代さんはこう語る。
 「はい、確かに、童謡「森のクマさん」に出てくるクマは、原曲のアメリカ民謡では毛皮を剥がれて敷物にされてしまいます。」
 原曲を聞いてみた。
 ♪The other day, I met a bear, ……
 日本語に直してみた。
 ある日、私はクマに出会った。 クマは私に「どうして銃も持っていないのに逃げないんだ」と言った。 そこで私は逃げたけれど、クマは追いかけてきた。 目の前に大きな木があったので、私は思い切り飛びついて何とか助かった。 その後、私はクマを銃で撃ち殺し、今では私の家の敷物にしている。

 へぇー、 へぇー。
 このようにですね、「森のクマさん」は元々はアメリカ民謡なんですが、日本に伝えられたときに、原曲の詩とは違った訳をされてしまったんです。 そのせいで、森で出会ったクマが「逃げろ」と言って追いかけてきたところまでは似ているんですけれど、その後はぜんぜん違う物語になってしまっています。
 実は、これとは別の詩が原曲についていたという説もあってですね、その詩によりますと、クマに追いかけられて木に飛びついたところまでは同じなんですが、枝が折れて落っこちてしまい、クマのランチになった、とされています。
 へぇー。
 ありがとうございます。 どうしてこんなことになったのかというと、「森のクマさん」を日本語訳しようとした方が、銃で撃ち殺したり、反対にクマに食べられたりという結末では残酷で、せっかくアップテンポの軽やかなメロディなのにふさわしくないと判断し、独自に詩をつけたからだ、とされています。 ところが、全面的に直すのではなく途中から変えたものですから、逃げろと言っておきながら追いかけてきて歌って終わりという、つじつまの合わない物語になってしまったというわけです。
 誰だ、そんな適当な訳をつけた奴は?(タ)
 いや、それがよくわからなくて、ですね。
 ちゃんと調べたんスか!(ビ)
 まあ、なんというか、先ほどの説明もほんとかどうかよくわからないんですが、番組にならないからでっちあげてみました。 半分くらいは本当ですから。 はははははっ!
 えー、ちなみに、私はスナック森でボラれて、店の用心棒のクマさんに、身ぐるみ剥がされたことがあります。(克)

 読了本は森 博嗣の短編集、『虚空の逆マトリクス』。 あ、森だ。


1月17日(土)

 震災9年目、イラク出兵。

 世間は史上最年少の芥川賞作家に萌えている。 まあ、若くてきれいな女性が受賞すれば、マスコミも世間も飛びつく気持ちはわからんでもない。 綿矢りささんの「インストール」が売れているというのは聞いていたが、印象からは直木賞タイプの娯楽小説かなと勘違いしていた。 純文学が売れているのはいい話だし、ミーハーじゃなく、活字に慣れ親しんでほしいと思う。
 その影でひっそりと(なんていったら怒られるが)京極夏彦氏が直木賞を受賞された。 こちらの方が身近で嬉しい。 いや、身近って個人的に京極氏を知っているとかそういう話では、もちろんない。 日頃から愛読させていただいているので、宮部みゆき氏や東野圭吾氏が受賞されたとき同様の嬉しさである。
 そういえば、宮部氏と京極氏は大沢在昌氏の主宰する大沢オフィス所属なのだが、これで所属作家3人が全員直木賞を受賞したことになる。 しかも、大沢氏が第110回(新宿鮫 無間人形)、宮部氏が第120回(理由)、京極氏が第130回(後巷説百物語)とまあ、はかったような結果に。 そこには、きっと裏文芸界のドロドロした闇の工作が隠されているに違いない。 各選考委員を一人一殺。 北方謙三氏には大沢氏が師匠!って持ち上げながら上等のウィスキーを送ってみたり、林真理子氏には京極氏が和服姿の大人の色気で迫ってみたり、何の技もない宮部氏は他の委員にあのあっけらかんとした笑顔を振りまいてみたり……。 うーん、なんてほのぼのした宮部サン。 この人に裏工作なんて無理だった。
 ファンの方はよくご存知のようにこの3人、苗字から一文字ずつとって「大極宮(たいきょくぐう)」と名乗り、トリオで活躍されている。 コードネームは山椒大夫、安寿、厨子王。 なんだか子供みたいで楽しそうじゃないか。 安寿と厨子王がせっせと稼いでくるのを山椒大夫が搾取する、という構図なのだろうが、山椒大夫も結構稼いでいるからなあ。 この3人、これからも目が離せない。

 読了本は森 博嗣のVシリーズを2冊、『朽ちる散る落ちる』『赤緑黒白』


1月12日(月)

 新成人の乱痴気騒ぎなんで無視してやればいいのに。

 BSE問題で米国産の牛肉が輸入禁止になり、牛丼業界はおおわらわである。 特に「牛丼一筋80年」というキャッチフレーズで有名な吉○家は大打撃を受けているという。 まあ、いつまでも80年なわけはないが。 ちなみに、佐賀の吉田屋ではない。 なんて馬鹿にできないのが、愛媛県にも吉○家は4件しかなく、うちから一番近いのが車で40分くらいの場所にあるという事実である。 とにかく、牛丼好きの紅白歌手が買い占めた、なんて話まで週刊誌に載るくらいの騒ぎなのである!? ちなみにこの紅白歌手、私も大ファンで、「狼になりたい」という歌の中にちゃっかり吉○家を登場させていることも知っている。 ……といって、話をそらしてみた。
 さて、その吉○家、緊急措置としてカレー丼やいくら鮭丼、焼鶏丼でご機嫌を伺おういう対策をとるらしい。 ところが、他の牛丼屋も含め、定食メニューを除けば、親子丼やうな丼、カレーライス、麺類を扱っているくらいで、どんぶりものの定番である天丼やカツ丼はないのだ。 意外ではないか。 どうしても天丼やカツ丼を避けたい何らかの理由があるに違いない。 それは何だ? 考えた末にふと思いついたことがある。 そういえば、釜めしやおむすびもおいていないな。 どんぶりものじゃないから当たり前だと思わないでほしい。 これらには共通点があるのだ。 おわかりだろうか。 それは、ちびっこに大人気のとあるアニメに関係する。 そう、ア○パ○マ○に出てくる正義の仲間たちなのである。 いわば、正義超人! とくれば、「♪牛丼一筋300年〜」のキン○マンを思い出すのは容易だろう。 つまり、キン○マンによって世にその存在を知らしめられた牛丼は、正義の戦士を食べるなんて真似はできなかったわけである。 ご、強引……。
 と、ここまで書いてはっと気がついた。 そういえば吉○家には生玉子や半熟玉子はおいてあるけれど、ゆでたまごはおいてないぞ。 やはりそうだったのか、とキン○マンと牛丼の深い関係に大きくうなずくのであった。 ただし、ゆでたまごとア○パ○マ○の間に何の関係もないことはあまり追求しないように。

 読了本は『凶笑面』(北森 鴻)『猫丸先輩の推測』(倉知 淳)。 なんか、短編集づいてるなあ。


1月9日(金)

 小学2年生が危険物乙4に合格なんだと。

 昨年の流行語大賞に惜しくも落選したが、老若男女を問わずに流行ったのが「オレオレ詐欺」という言葉である。 あわや流行語大賞というところまで登りつめたのだから今さら説明するまでもないだろうが、実際に被害にあったり被害にあわせたりした人がこれを読んでいるということはほとんどないだろう。 そこで、この「オレオレ詐欺」の実情をここに紹介しよう。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、ガチャ。
「はい、エモリですが」
「あ、おじいちゃん? オレだよ、オレ」
「うちにはオレなんて名前の孫はいないんだよ!」
ガチャン、ツー、ツー、ツー。

 おっと、いきなり失敗した。 まあ、そんなに成功率が高いわけではないのだ。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、ガチャ。
「はい、ワダですが」
「あ、おじいちゃん? オレだよ、オレ」
「わたしゃあ、女だ!」
ガチャン、ツー、ツー、ツー。

 このおばあちゃん、アキコって名前じゃないだろうな。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、ガチャ。
「はい、ヤマダですが」
「あ、おばあちゃん? オレだよ、オレ」
「その声はハナコかい? どうしたんだい。 珍しいねぇ、電話なんかしてきて」
「そうなの、ハナコなの。 実は車で事故っちゃってね、急にお金が必要になって困ってるのね。 それで、悪いんだけど少し貸してほしいなって思って………、って、オレオレいうてんのにハナコなわけないやろ!」
ガチャン、ツー、ツー、ツー。

 うーん、ヤマダさんちのハナコなら、オレいうても通じそうやけど。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、ガチャ。
「はい、ヒラハラですが」
「あ、おばあちゃん? オレだよ、オレ」
「あなた誰? うちには男の孫なんていないですよ」
「すみません、間違えたみたいで………」
「あれ? その声はもしかしたら、テツオかい?」
「え? あっ、そうそう、テツオだよ、テツオ」
「なんだい、テツオかい。 オレなんていうからわかんなかったよ」
「ん? ああ、ずっとボクって言ってたもんね」
「何いってんだい。 いつから男に戻ったんだい」
「は?」
「お前、性転換手術受けて、名前もマキなんてのに変えてゲイボーイだって気取ってたじゃないか」
「………そ、そうだったね。 知らせてなかったっけ。 もうゲイが嫌になってさ」
「そうかいそうかい。 そりゃあ、よかった。 ところで、どうしたんだい、突然電話なんかしてきて」
「そうそう。 忘れるところだった。 ちょっと困ったことになっちゃって」
「なんだい、またコカインやってるの見つかったのかい」
「えっ、コカイン?」
「だって、お前、前にも捕まったろう。 テレビや雑誌に追い回されて大変だったじゃないか。 まあ、芸能人と麻薬なんて珍しい話じゃないけど」
「オレ、芸能人なの?」
「ボケてんじゃないよ、テツオ。 カルーセルだか、カテーテルだか、たいそうな名前付けて何十年もやってるじゃないか」
「………」

 いやあ、こわいですねぇ。 テツオっていうんですよ。 男に徹するのテツオ。 運命って皮肉ですねぇ。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、ガチャ。
「はい、イソノですが」
「あ、おじいちゃん? オレだよ、オレ」
「その声はタラちゃんかい? どうしたんだい。 珍しいじゃないか、電話なんかしてきて」
「実は友達の借金の保証人になっちゃってさ、急にお金が必要になって困ってるんだよ。 それで、悪いんだけど少し貸してくれないかな」
「………タラちゃん。 横にカツオがいるんだろう。 電話、替わってくれんかね」
「は? 何いってんの、オレひとりだよ。 あ、友達の名前かい? カツオじゃないし、逃げちゃったから傍にいたりしないよ」
「わかってるんだよ。 優しいタラちゃんのことだから借金の保証人になることがないとは言わないが、タラちゃんを裏切るような友達はいないはずだ。 カツオが裏で糸を引いているんだろう? ワシがとっちめてやるから替わりなさい」
「違うって。 本当にヤクザみたいなのに脅されてるんだよ」
「なんだと! カツオはそこまで堕ちてしまったのか。 あきれてものが言えん」
「………」

 孫には甘いというけれど、これは行き過ぎ。 でも、子供の頃の行いが悪いと大人になっても信用がないもんかね。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、ガチャ。
「はい、コイズミですが」
「あ、おじいちゃん? オレだよ、オレ」
「その声はコウタロウかい? どうしたんだい。 珍しいじゃないか、電話なんかしてきて」
「実はイラクに行けって言われちゃってさ、急にお金が必要になって困ってるんだよ。 それで、悪いんだけど少し貸してくれないかな」
「お前、まさかノナカに何か言われたのか?」
「え、ノナカって誰?」
「かばうことはない。 わかった。 すぐジュンイチロウに連絡しておくから、心配しなくいいぞ」
「ジュンイチロウ? いや、そんなんどうでもいいから、お金振り込んでくれよ。 口座番号は………」
「バカモン! ワシやジュンイチロウの七光あってこそのお前だろうが。 まかせておけと言っておるんだ。 黙って言うとおりにせんかっ!」
「………」

 ひいじいちゃんから続くプレッシャーなんだろうな。 ていうか、コイズミさんちのコウタロウくんのおじいちゃんて、亡くなってなかったか?
 何はともあれ、卑劣な犯罪にはご用心あれ。 それにしても、世の中、骨太なおじいちゃん、おばあちゃんが少なくなったのかなあ、などとも思えてしまう。 骨太MBP飲んで、犯罪にも食中毒にも強い体を作ってもらいたいものである。


1月6日(火)

 この時期は原則として正月ボケなのである。

 康夫ちゃんが「長野県を信州にする」とぶちまけた。 観光パンフレットに「信州」の文字は踊っていても「長野」とは書かれていない、などと説明していたが、てことは、長野よりも信州といった方がイメージが沸きやすいということなのだろうか。 そういわれてみればそうかもしれない。
 確かに観光旅行の文句で「○○の旅」といわれて○○に都道府県名が入るのは、北海道、京都、奈良、沖縄くらいで、後は東北、北陸、九州という地方名であったり、日光、金沢、神戸といった都市名や信州、能登、伊豆といった旧国名であることが多い。 ちなみに現都道府県で長野=信州(信濃)のように完全に一致しているのは山梨=甲斐(甲州)や四国4県などの14県。 この中で県名よりも知名度が高い県はない。 なるほど長野=信州は特別なようだ。
 だいたい長野県というは不思議な県なのだ。 県の歌なるものがある。 これは各都道府県にあるらしいが、聞いたことはおろか、その存在すら知らない人がほとんどではなかろうか。 ところが、長野県歌は特別なのである。 県民のほとんどが「歌える」のである。 その名を「信濃の国」という。
 有名な逸話がある。 長野=信州は、廃藩置県によって信濃国がすぐに長野県になったわけではない。 明治維新直後は藩と県が混在し、伊那県や中野県(後に長野県)が生まれた。 明治4年の廃藩置県で14県を設置、その年のうちに北部8県の長野県と南部6県に飛騨地方を加えた筑摩県に統合された。 筑摩県の県庁所在地は松本に置かれたが、明治9年、県庁舎が火事で焼失。 これを機会に飛騨地方を除く筑摩県は長野県に併合、今の長野県となり、県庁所在地は長野に置かれた。 幕府領であった松本に多く住む士族を警戒した政治的な配慮であったともいわれている。 また、放火であったとの風聞も巷間に囁かれた。 このことが県内に遺恨を残し、何度となく県北に偏った長野から中心部 松本への移庁論が巻き起こった。 そしてついに昭和23年、分県運動が巻き起こったのである。 調査委員会で分県案が可決され、県議会本会議での審議も分県賛成派が優勢となり、反対派は牛歩戦術で対抗するしか手がないとろこまで来た。 そのとき、突如議場の外から「信濃の国」の歌声が聞こえ始め、やがて傍聴席を巻き込んだ大合唱に広がったという。 分県賛成派の議員たちは絶句し、会議は流会、分県案もなし崩し的に消滅したのであった。
 県歌「信濃の国」はかくも県民に浸透し、その一体感というか、アイデンティティの確立に寄与しているわけなのだ。 しかし、逆にいえば、常に対立関係にあった長野と松本、さらには上田や諏訪、伊那などの個性の強い地域をまとめ上げるために作られた、いかにも政治的な歌だということにもなる。
 どうやら長野=信州というのは県外の人の意識であって、長野県民は長野⊂信州と思っているのではないだろうか。 そうだとすれば田中知事の言葉も少しは真実味を増してくる。 まあ、別に長野でも信州でもいいのだけれど、「信州県」というのはセンスがないなあ、ていうか、州なの?県なの?と思うのは私一人ではないはず。

 読了本は『動機』(横山秀夫)


1月4日(日)

 古畑任三郎が5年ぶりに帰ってきた、のは昨日だけど。

 だから、というわけではないけれど、日記復活である。 もちろん、久しぶりに書く、というだけで、これからも続けていくという決意表明ではない。 そんな決意は自分自身も含めて誰も期待してないだろうしね。

 去年の12月に仕入れたネタなので鮮度が落ちていて恐縮なのだが、紹介したい。 それは「ナノキッズ」である。 「ナノ」とは10億分の1のことで、ナノメートルといえば10億分の1メートル=100万分の1ミリメートル。 分子のサイズだと思ってもらえればいい。 つまり、分子スケールの子供というわけだ。 しかし、分子で子供をつくった、といっても何のことかわからないだろう。 百聞は一見にしかず。 これを見てもらおう。
 これが「ナノキッズ」である。 えー、なんのことだかわからない? だから胸と腰がベンゼン環、いわゆる亀の甲で、肘と膝が三重結合、目に当たるのが酸素原子。 ほら、人型分子の構造式じゃないか。 もちろん、これだけなら高校生でもできる落書きである。 ところが、これを合成したというのである。 それも有名なアメリカテキサス州のライス大学の研究室でである。 有機化学の技術としてはそれほど難しいことではないという。 しかし、それをやってしまったというのだから馬鹿である。 いうまでもないが、合成したといても実物はこんな形が肉眼で見えるわけではない。 ベンゼンといっても亀の甲のように見えないのと同じことである。 なのに作ってしまった。 しかも、学術論文誌に掲載されたのだ。 まさに馬鹿である。 ライス大学もそれを掲載した論文誌も、実に気持ちのよい馬鹿である。
 これだけではない。 先ほどの構造式、左右で頭の形が違っていたのを覚えているだろうか。 左の方が「ナノキッド」、右の方が「ナノアスリート」という。 この頭が「ナノシェフ」、「ナノグリーンベレー」、「ナノ学者」など、あと8種類あるのだ。 さらに、2つのナノキッズの手と手をつなげて輪になった環状ダイマー、たくさんのナノキッズがずらりと手をつないだポリマー(高分子)、さらには金の薄膜上に並べて立たせたり。 遊び心満載なのである。
 何に使うのかって? 説明の必要ないだろう。 こうやってネタにして、笑いとともに化学の楽しさを本物のキッズに伝えるために、である。

 2004年、最初の読了本は『誘拐作戦』(都筑道夫)



prev next back