魅 館 果 汁
<99年9月中旬>
9月20日(月)
残暑がいつまでも厳しいのは、地球温暖化のせいなの?
今朝の毎日新聞に環境追跡特集として地球温暖化が挙げられていた。
北極圏の気温が過去100年間の上昇率の10倍もの速度で急上昇し、その影響でか氷の面積が減少し、エゾマツの成長率が鈍っているらしい。
氷が溶けて地面がむき出しになって太陽エネルギの吸収率が増大し、気温上昇に拍車をかけているという。
こう聞くと、原因はやっぱり二酸化炭素(炭酸ガス)などの温室効果ガスなんじゃないかと思ってしまう人が多いだろう。
しかし、気温の上昇には太陽活動、火山の噴火、大気と海洋のエネルギのやりとりなど、多くの要素が影響しあっていて簡単に結論は出せない。
その一方で、90年代はじめには温暖化研究が研究費確保の格好のテーマだったため、研究者たちはあらゆる現象をそれに結び付けようとしたといわれる。
二酸化炭素などはその格好のターゲットだったわけだ。
それで思い出したのが、『環境保護運動はどこが間違っているか』(槌田 敦)という本である。
温暖化問題が世界的に広がったのはフランスの原子力政策の一環だというのだ。
まあ、この手の問題が政治の世界で操られるのは仕方ないとして、この本ではさらに温暖化問題のウソ(?)を暴いている。
気温が上がったからといって極地の氷が溶けるというのはウソだ。
海水の温度が上がって膨張し、海面が上昇するというのはウソだ。
二酸化炭素はもっと増えても、作物の収穫量が上がるのだから問題ない。
ほら、あやしくなってきた。
最後のは速度論的な問題を無視して、平衡論で片をつけようというのだから、それらしく聞こえて性質が悪い。
政治的な思惑のあたりまでは面白かったけれど、そこから先は眉つばということか。
でも、主張の大筋は納得できないものではなく、政治やマスコミに流されることなく事実を見極めるべきだという点に異論はない。
大気中の二酸化炭素濃度が増加していることは事実であり、地球全体として平均気温が増加しているという観測も確からしい。
しかし、この二つを直結できるかどうかは、実はまだ怪しいのだ。
ところが、例えば『「謎」「なぜ?」を科学する』(別冊宝島編集部)では、環境庁の予測として50年後に温室効果ガスが2倍になり、年平均気温が最高2.5℃上がるという一行で二つの事象を結びつけると、後は温室効果と温暖化とを別々に議論している。
本来、一番大切なところを「科学」しないで、現象だけを捉えているわけだ。
もちろん、その方が一般受けするだろうし、単純明解わかりやすいからなのだろうが、その手の本が多すぎるように思う。
疑問を持ち、その答えを知りたいと思うところから科学は始まるが、与えられた答えを鵜呑みにせず、さらに疑問の目を広げ、自らの手で検証していくことこそ科学に目覚めた姿なのだ。
そんなわけで、今日暑かったのは二酸化炭素のせいかどうかは判別しがたいけれども、夜も更けてきて窓からそよぐ風に季節の移り変わりを感じるのであった。
手にした本は『幻色江戸ごよみ』(宮部みゆき)。
どことなく物悲しくも心暖まるのは、秋風にちょっと二酸化炭素が多いせいかもしれない。
9月19日(日)
料理の「あかさたな」(パクリです)
料理の基本「さしすせそ」といえば、有名である。
「さ」 さとう、「し」 しお、「す」 す、「せ」 しょうゆ(せうゆ)、「そ」 みそ
「そ」だけ語尾に来ているので、いつもひっかかる。
それもあって「そ」をソースという人もいるようだが、ソースが来日するより以前の言葉なのでこちらが正しい、はず。
では「あかさたな」とは何か。
「ガキの使いやあらへんで」で松本人志が教えてくれた。
「さしすせそ」が調味料をいうのなら、「あかさたな」は道具を指している。
すなわち、「あ」は網、「か」は釜である。
どちらも代表的な料理道具だ。
そして「さ」は菜箸。
このあたりから、苦し紛れになってくる。
「た」は棚。
これらの道具をしまうために必要なのだ。
そして締めの「な」が一番大事。
「あ」 あみ、「か」 かま、「さ」 さいばし、「た」 たな、「な」 など
いやぁ、勉強になるなあ。
ちょっと考えてみたけど、勝てそうなのを思いつかないから書けない。
さすが本職。
『キッド・ピストルズの慢心』(山口雅也)読了。
そのまま勢いで今月の講談社ノベルス新刊シリーズ『ST 毒物殺人』(今野 敏)に突入。
この人のはミステリというよりアクション系なんだけど……。
そうそう、16日の日記で書いたMYSCONのホームページができたそうだ。
URLはこちら。
協賛サイトを募集するなど地道に広がっているようだ。
うーん、しかしもう少し様子を見よう。
9月18日(土)
宿直明けは、つらいなり。
休日出勤には違いないが、でかけたのは午後から。
寝不足で頭がボーッとしているのだ。
あまり仕事も進まず、帰りに気晴らしに本屋に寄って、宮部みゆきの時代小説二冊、『幻色江戸ごよみ』と『初ものがたり』を買う。
『夢幻巡礼』(西澤保彦)読了。
神麻さんが出てこなくて非常に残念。
おかげであのほのぼのムードが、全く異質の邪悪なムードに変わってしまっていた。
果たして神麻さんが奈蔵と対決するときには、どんな雰囲気になるんだろうか。
ところで、この作品の中に次のような言葉がある。
「人間はけっこう、詭弁であれ、自分を納得させる理屈さえあれば、やりにくいことも案外すんなりと実行にうつせるものらしい。」
これにはひどく納得してしまった。
言い訳は誰のためでもない、自分のためにするものなのだ。
どんな屁理屈でも自分を騙せれば、裏切りも逃避も犯罪さえも実行できる。
いや、騙せなければ何もできないのかもしれない。
私たちは日々自分を騙し、納得させながら生きているのだ。
先日読み終えた『人形式モナリザ』(森 博嗣)にはこのように書かれている。
「自分の意識の外に、本来の意志がある。
自分の内の意識を忘却し、消去して、外側に虚構の意志を造りあげる。」
これは自分を騙す相手を他人格に求めて責任放棄した状態だろう。
自分は騙せても周囲が納得しない場合、私の意志ではなかったということにするわけだ。
そうしないと自分を保っていけない。
かくも脆弱なのが人間なのである。
しかし、それが人間としての柔軟さでもあり、またそういう存在だからこそいとおしいのだ。
ほら、また逃げた……。
さて、次の読書は『キッド・ピストルズの慢心』(山口雅也)。
9月16日(木)
MYSCONという企画が持ち上がっているらしい。
七夜さんの掲示板[749]で見かけ、松本楽志さんの日記(9/1以降)できっかけを知り、フクダさんの雑文(9/1以降)で理念を読んで、なるほどを思った次第。
正確にはそれぞれのページを読んでいただくべきだろうが、要約すれば「インターネットを母体にしたミステリのコンベンションを開催しよう!」ということのようだ。
ミステリ愛好者はこの世に数多く、当然ネット上を渡り歩いているミステリ好きもかなりいる。
彼らはめいめいサイトや掲示板、MLなどで仲間を見つけ、メールを交わし、そしてオフラインミーティングで顔を合わせて楽しんでいる。
私もその一人だ。
それら多くの小さな交流の場を一気に広げ、あらゆるジャンルのミステリファンの集まれるオフ会を設けよう、というのがMYSCONなのだそうだ。
ふふん、なるほど楽しそうではある。
普段、ネットサーフィンでよく訪れていてもなかなか最初の書き込みはしにくいものである。
ましてや、コアな話題が飛び交っていたりするとついつい遠慮してしまう。
しかし、同じ人間、しかもオフ会ではミステリ以外の話題の方が多いこともあるわけだから、ネット上でも初対面の人同士が意気投合することもありうるわけで、確かにこういう企画も面白いかもしれない。
プレMYSCON大宴会が、10月23日に東京あたりで行われる予定だとか。
気にはなるけれど、関東じゃねぇ……。
しばらく様子見かな。
9月15日(水)
敬老の日なのに出勤するのは、若々しいからだ。
ということにしておこう。
明日締め切りの査読という仕事を右に、来週からの期末試験の勉強をしにきた学生の相手をして過ごす。
本来、査読はそんな片手間にできないはずなのだが、元々専門が違うのに恩ある先生から依頼されて仕方なく引き受けてものなので、あまり気合が入らなかったのだ。
大目にみてもらおう。
ところで今日は未明から台風到来で横殴りの大雨に襲われたものだから、4時には起きてしまった。
眠るにはうるさいし、読書するほど目覚めてもいない、中途半端な夢現のときを数時間過ごす羽目になったわけだ。
しかし、今日来ていた学生の中にも床下浸水したところがあったそうで、結構被害がでたようだ。
この前の台風でもがけ崩れがあったし、うちの近くは多分大丈夫だと思うけれど、勤務先は工事中なのでそっちが少し心配になる。
『人形式モナリザ』(森 博嗣)読了。
感想は魅館箱にて。
次は『夢幻巡礼』(西澤保彦)。
9月13日(月)
結局、平日は忙しいのねん。
日曜日を堪能しきれずにぼやぼや過ごしてしまったので、月曜の今日はあまり出勤したくなかった。
それでも、明後日は祝日だ、と思って気合を入れて出かけた。
ところが、16日締め切りの仕事がほとんどできていない(今日もはかどらなかった)ので休日出勤の予感。
はぁ。
働けど働けど我が暮らしちっとも楽にならへんねん、ぢっとCRTを見る。
さあ、いまから寝間に入って『人形式モナリザ』(森 博嗣)を読もう。
こんな日にこそ、ミステリの世界に遊ぶのさっ!
9月12日(日)
時間ができたよ、日曜日。
10日に卒業研究中間発表会、11日に中学生の体験入学。
連続で大きな行事をこなし、その合間に3時間を越える会議を挟みつつ、多忙な1週間が終わった。
帰宅はほとんど12時を過ぎ、帰っても頭の中を仕事のことが抜けない。
考えても仕方がないと思って床につくが、目が冴えて眠れない。
そんなときに掲示板に目を通すと、なんともホッとする。
レスを書いていると、それだけでいろんな煩わしいことが忘れられる。
書き込んでくださる皆さん、本当に感謝です!
昨日の体験入学は忙しかったけれど、楽しかった。
中学生を相手にいろんな実験をして科学の楽しみを見せてあげようというのだ。
液体窒素でマイナス200度の世界を体験しよう!
ガラスを溶かしてマドラーを作ろう!
化学の力で噴火するミニ火山!
電子レンジで押し花を作ろう!
巨大シャボン玉の中に入ろう!
などなど。
中学生たちの輝く目を見ていると、ばたばたと走り回りながらもとても嬉しい気持ちになってくる。
私は全体の責任者という立場だが、担当はシャボン玉で、そのあたりの詳細はウェブページに掲載予定なので、こちらも見てほしい。
で、ついにやってきた本屋の日……のはずだったが、実は昨日の帰りに我慢しきれずに近所の本屋に寄ってしまった。
まずは講談社ノベルスの新刊『人形式モナリザ』(森 博嗣)、『夢幻巡礼』(西澤保彦)、『キッド・ピストルズの慢心』(山口雅也)、『ST 毒物殺人』(今野 敏)を手に取った。
やっぱり、西澤作品はチョーモンインシリーズだ。
が、神麻嗣子がほとんど出てこない番外編らしい。
今野さんのST二作目は化学担当 山吹才蔵がメインになるということで、読んでみる気になった。
続いて、メフィスト賞受賞作がハードカバーとなったので読んでいない浅暮三文の受賞第一作『カニスの血を嗣ぐ』を先の4冊に重ねて文庫コーナーへ。
そこで以前から捜していた『カナリヤは眠れない』(近藤史恵)を見つけ、すぐ近くに並んでいた『ゆび』(柴田よしき)とともに手中に収める。
そこまで来てからハードカバーのコーナーへ。
でないと、先に手がでる誘惑に負けそうだったのでね。
新刊では『巷説百物語』(京極夏彦)、『ボーダーライン』(真保裕一)、少し古いのでは『秘密』(東野圭吾)、『T.R.Y.』(井上尚登)、『3000年の密室』(柄刀 一)など。
『巷説百物語』はカバー裏に「九相詩絵巻」というおどろおどろしい絵が載っていると聞いて、カバーをはずしてちらりと見てみた。
くぅっ、ほしい!!
しかし『イツロベ』(藤木 稟)、『葦屋家の崩壊』(津原泰水)、『盤上の敵』(北村 薫)などはこには見当たらない。
やっぱり田舎なのだ。
最後に『巨大ロボット読本』(瀬戸龍哉ら)を手にとって帰る。
そして今日、やっぱり疲れが残っていたのか早めに寝たにも関わらず、起きたのは10時過ぎ。
洗濯しながら朝昼兼用の食事をして、暑さに勝てずについついビールを飲んでしまったら1時半頃からお昼寝モード。
3時過ぎに起きて読みかけだった『盗聴』(真保裕一)と『愛をひっかけるための釘』(中島らも)を読了。
続いて『人形式モナリザ』(森 博嗣)に取り掛かる。