2003.1.27 PTNA指導者セミナー・ピアノ公開講座

ベアタ・ツィーグラーの≪魂の耳で聴き、奏でる自然なピアノ奏法≫

藤原由紀乃氏のレッスンを受講して



 ああ、何という深い、誠実な音を出すピアニストなのだろう。
 私が藤原由紀乃さんの演奏を耳にしたのは、10年以上も前だろうか、たまたま聴いていたNHK/FMラジオ放送から聞こえてくる演奏でした。このピアニストの演奏を、いつか生演奏で聴いてみたいと願いつつ、その後偶然に訪れた八幡浜コンサートも運悪く聴き逃してしまい、ずっと残念に思っていました。ところが今回、PTNA愛媛支部主催『指導者セミナー』にて藤原由紀乃さんをお呼びできることになり、たいへん嬉しく思いました。

 セミナーでは公開のレッスン生募集があり、私は幸運にも直接ご指導いただけることになりました。事前に書籍"ツィーグラー(ベアタ・ツィーグラー著)"を買い求め、自分なりにある程度のイメージを持ってレッスンに臨んだつもりでしたが、それは浅はかにも、pの部分においてのみの意識レべルにとどまっていたのです。つまりsfの響きには、ある程度の筋肉の緊張を要するものと思いこんでいたのです。

 今回のレッスン曲であるシューマン/ファンタジー Op.17の冒頭はsf表示の付いたg音からの始まり。しかも感情起伏の激しい曲なので、力のこもった始まりを期待していました。ところがその『第一音』から、完全に脱力した深い深いg音を出すようにと要求されたのです。(・・・あ、そうだったのか!)レッスンは、どの声部も独立した旋律線として、完全な『レガート奏法』を意識づけられ、その結果として各声部が和声的に合わさり、美しいハーモニーとなっていくのです。

曲中(215小節目)に現れる不協和を伴ったffのas音(ペダル処理)について。前もって会場のピアノに触れていなかった私は楽器の特徴がつかめていなかったので、ペダルの濁りを最小限に押さえる方法として、とにかく非常にゆっくりと、しかも少しずつペダルから足を離していこうと思っていました。結果は、無情にも濁りが響いてしまう。すると藤原さんは、「心の中で、こういう響きにしたいと強く望みなさい。」 そう願いながらもう一度奏すると、今度は濁り音がかなり減少したのです。"念ずれば通ずる"まさにその通りで、これが藤原さんの言われるところの『理想音を持つ』ことなのでしょう。

併せて感じたことには、藤原さんの指摘手順の的確さです。例えば一つのフレーズを作っていくのに、1ステップ、2ステップ、3ステップ、そして、「はい、できましたね。」まるで魔法にかかったみたいにテンポよく出来上がっていくのです。本当にすばらしいご指導でした。

 さて、今回レッスンを受けてみて(決して要約できるような簡単な内容ではないのですが)あえて私なりにまとめさせていただくと、それは、高いレベルでの『理想音イメージ』を持ち、深い洞察力とリズム感で、しかも妥協のない『レガート奏法』を用いて、各々の声部ごとに作り上げていくこと、ではないでしょうか。この奏法は、わずか1時間ほどのレッスンで吸収できるものではなく、お聴き下さったみなさまには、物足りない思いをいだかせてしまったでしょうが、いつかまた藤原由紀乃さんの講座を持てる機会がありましたら、さらにツィーグラー奏法の探求と、作曲家の違いによる演奏法の違いなどについてもお教えいただきたいと願っています。
このたびは、貴重な勉強の機会をいただきまして、ありがとうございました。

最後に、藤原由紀乃さんの演奏を聴いての感想と、講座終了後の親睦会でのエピソードを添えさせていただきます。

 〜〈ブラームス/パガニーニVar. Op.35 第1巻〉を聴いて〜
昨今のコンサート会場でよく聴かれる、華麗にはじけるような音、名人技ともいえるテクニックの数々とは対照的に、終始統一された深く豊かな響き。主旋律と副旋律(対旋律)の見事なまでの完成と調和、全く無駄のない手の使い方、肩からの脱力ではなく背中から解き放った(それはまるで鳥の羽が付け根から羽ばたいているかのような)独特な関節使い、ふっと吸いこまれてしまいそうな心地よい響きの連続にすっかり魅了されてしまいました。

 〜親睦会の中から〜
アンナ・シュタードラー先生のもとに、幼少期から内弟子として過ごされてきた藤原さんは、犬の散歩の間にも恩師からたくさんのものを教わったと話されます。それは草むらの中の一つの草の色や輝きであったり、また美しさであったり。あるいは、蜘蛛の糸に付いた朝露に朝日が差して、きらきらと輝く様など。・・・日常の中にもささやかな感動を見つけて感性を磨いていくことの大切さを感じました。


平成15年3月ピティナ愛媛県支部発行「支部だより」第13号掲載原稿より



戻る≫