英語子育てノート 番外編
子どもはどうして教わらなくても文法を身に付けられるの?

最初に・・・
 小学生のとき、
私は、実家の仕事の関係で手話を使う家族と接する機会がありました。
私とほとんど年の変わらない女の子がいて、普段は日本語を話し耳の不自由なご両親とは手話を使っていました。

 今年になって、テレビで耳の不自由な5歳の女の子のドキュメンタリーを見ることがありました。
内容は、今なら 手術で音声を伴った言葉を習得できる、という専門家の提案に、やはり耳の不自由な両親が思い悩む という内容でした。
その少女は、私たちが赤ちゃんのときから日本語を耳にして育ったように、両親の手話を見て育ち、手話で自由に「会話」していました。
手話で寝言を言うこともあるそうです。
その様子を見て 私は、手話は私たちの母語となんらかわりはないな・・と感じました。

 ところで、その番組を見ながら、人間には 何か生物学的な 会話をするための「機能」があるような気がしてきました。
よく掲示板で 子どもの言葉の発達を考えるとき、「聞く」「話す」「読む」「書く」ということを目安にしてきましたが、「聞く」「話す」じゃなくても 手話のように「見る」「手を使う」という技能で 同じように「会話」できているんです。また、手話は 小さいときに環境にあれば自然に身に付き、そうじゃなければ、言葉から遮断されて育った子どものように 言葉の障害を受けることも知られています。

…というようなことをきっかけに何気なく言語学の本を開いてみると、その中で「子どもが言語を習得する過程の脳の働き」について思わぬ発見がありました。言語学の分野の内容は、専門家の方々が議論を闘わせている内容も含みますので、「わいわい広場」ではご遠慮いただいていますが、今回 英語育児にも役立つと思われる内容だと思われましたのでまとめてみました。



言葉の遅かったりくも、5歳の今では すっかりおしゃべりになって、
文法的に難しい日本語も 理解して話すようになりました。
「りくちゃんがお正月に雪かきしたときの写真、ばあちゃんが送ってくれたけど、幼稚園から帰ったら見る?」
というような難しい構造の文の質問にも ちゃんと返答することができるようになっています。

私たちが、中学から習った英語に比べると、子どもは 驚くほど短期間のうちに 見事に言語を習得しています。
どうして人間は、生後わずかな年月の間に 言葉を使うことができるようになるんでしょうか?

この素朴で難しいテーマは、1957年、アメリカの言語学者 ノーム・チョムスキー
(*)が、
「生成文法理論」という言語理論を打ち出してから 40年たった今、
かなり真実に近い科学的な答えが用意されるまでになりました。
以下、 チョムスキー博士の理論をここ3年以内の説を交えてご紹介します。

(以下の記事は「脳にいどむ言語学」萩原裕子 岩波書店 「言語学が好きになる本」町田健 研究社出版
/ことばの探検T吉田智行アリス館/「うちの子英語ぺらぺらになれるかな?」旺文社
の中の認識の共通なものを抜き出して 図を加えてまとめました。)

(*N.Chomsky(1928〜)ソシュールと並び偉大な言語学者と枕詞にも用いられるアメリカの言語学者。
生成文法の理論を提唱したのは、29歳のときでした。)

1、チョムスキー博士は、ヒトは、生物学的に脳の中に、言葉をコントロールする「言語のコンピューター」のようなものをもって生まれてくるのではないか、と仮定しました。
このコンピューターには、世界中の言語に共通の
かなり精密な
「言葉についての一般的な知識が入っていると考えられています。ヒトが 生後一定期間触れた言語であれば、どの国の言語であっても
母語として獲得することができるのは、このコンピュータのおかげだとしています。

ヒトの赤ちゃんが 生まれながらに持っている
「言語のコンピューター」

周囲の人の話し声をキャッチします。

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<言語に関する脳のイメージ>
「言語のコンピューター」の2つの特徴

1、「
どの言語にも共通の「言葉についての一般的な知識」が インストゥールされている。
ヒトの赤ちゃんは ここまで知っている。>
●言葉には 音や単語や文などの単位があること。
●言葉は小さな単位が集まって大きな単位を作る、ということ。
●文の構造を作るためのなんらかの仕組みがあること。
●単語は勝手に移動できるわけではなく、場所や範囲に法則があることを知っている。・・などなど。*言葉の意味は関係ない次元です。

2、言葉を習うのに必要な能力*1を持っている。
*1
言語獲得装置(LAD)と呼ばれることがあります。
これによって、その言語の文法を確定しコンピューターに上書き
*2します。
*2ここでは、その言語の語順パターン表(文法)を獲得すると呼びます。)
<ヒトの子どもは こんなことができる。>
●聞こえてくる言葉の流れから 音の単位や意味のある単位を割り出し、その結果、音節を区切って聞くようになり、その言語の語順やルール(文法)を見つけ出します。(文法作成能力を持つ。)
*「新・0歳からの教育Newsweek日本版」に関連記事あり。
詳しくは、
英語育児ノートvol6その1へ
●その言語の全容(使い方、意味)を探り出していきます。
(状況や文の前後から、勘を働かせて さくさく言葉の意味付けをしていきます。)



2、その後、赤ちゃんは 周りの人の日常的な話し声など、言語的刺激を受けることによって その言語の特徴を判断し、コンピューターを その言語と同じものに変えます。

●世界中のどの言語もデザインは同じで 少し調整を加えたものにすぎないと考えられています。


例えば、赤ちゃんの耳に 日本語の話し声が入ってくると
セミオーダーメイドの日本語畑を自動的に作り始める。<上書き開始>

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<聞こえてきた日本語に対する反応のイメージ>

言語用の基本パターンはできているので、アレンジするだけ。
*パターンの中に言語を特定するキーになるものがある。

●「言語のコンピューター」は日本語の音節を割り出し、
日本語の語順のパターンを作り始めます。

*もしヒトが、この仮定のように言葉の配列を判別できたら、幼児が母語を習得するのには さほど時間と労力を使わなくてすみそうです。

、1990年に入ってからの研究で言語を問わず
1歳8ヶ月
2歳1ヶ月ぐらいで、
母語の語順が安定することが報告されている。

*2語文の時期になると、
主語と述語をまちがえなくなる。


「日本語の語順パターン表(文法)」の完成

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<完成した「日本語の語順パターン表
(文法)」のイメージ>

「日本語の語順パターン表(文法)が完成し
脳に組み込まれるので、
<上書き完了>
子どもは5歳ぐらいまでに 失敗を繰り返しながらも
文法的に正しい日本語を身につけるようになる。
文法規則の根本原理が 頭の中に入っているので、
少しぐらい間違った情報が混ざっていても大丈夫。 幼児は短期間のうちに正しい文法規則を覚えることができます。
耳をすますと、日本語の日常会話は文法的に完璧じゃないものもいっぱい。
3歳のお兄ちゃんの話す不完全な日本語を耳にしながらでも、正しい文法規則を覚えていきます。

4、ヒト脳の神経細胞が140万個あるといっても すべての単語を一つ一つ覚えて
一つ一つ記憶の貯蔵庫から取り出して使うのは至難の業。

チョムスキー博士は
ヒトは脳の中に「語順パターン表
(文法)」を獲得した(上3)おかげで
言語を自由に操ることができると唱えました。
●この自分で作った「語順パターン表(文法)に引っ張られて、
子どもは言葉を発明することも。
「聞いて」→「聞こえて」「かに さされた」→「かにに さされた」
「くれて(頂戴の意味)」「すきじゃない」→「すきくない」
英語でも、goの過去形→goed,heの複数形を hes などなど
これは、子どもが 言葉を真似して覚えているだけではないことを示します。

●スティーブン・ピンカーも「言語を生み出す本能」(日本放送出版協会)で、
ヒトが母語を数年のうちにマスターしているのは、
音のパターンによって記憶されているものも多いんじゃないか、と唱えた。(単語の過去形のed,dなど)

●日本人の大人の脳の中に、
「日本語の語順パターン表(文法)が仕組まれていることを裏付ける実験。

「太郎が辞書に出かけた」というような意味のおかしい文をきくと、人間にはN400という脳波が計測されることが分かってきています。ところで、「来月会社をやめた」(時制の誤り)「作家になるようにあきらめた」(補文辞の誤り)というような、文法的な誤りを含む文を聞くと、意味的な誤りについて反応する後頭部とは別の場所で反応が見られる事が分かってきました。反応までの時間からも
ヒトが文を聞いて単語を判別していく方法を知る手がかりになるようなデータが出ています。
*岩波科学ライブラリー「脳にいどむ言語学」萩原裕子 岩波書店より

これは、文の示す意味を知る前に、脳が自動的に
自分の「日本語の語順パターン表(文法)と引き合わせて、反応していることになります。

このように かつては 言語に関する活動でいうと、「聞く」「話す」「読む」「書く」などの
目に見える言語運用力のみを捉えがちでしたが、
チョムスキー博士の理論が多く支持されるようになってからは

言語運用を支える大前提のヒトの「言語のコンピューター」を立証する研究が進んでいます。


A:ヒト科として言語機能
●脳の「言語のコンピューター」に
自分で作った語順パターン
(文法)表を持っていて、スムーズな言語運用を可能にしている。

私たちは ↑A があってこそ↓B の活動ができる。

B 言語運用力
意識的な作業である、話す、聞く、読み、書くなど。
聞く耳→左半球の第一次聴覚野→左半球のウェルニッケ領域→角回→縁上回→理解
話す;弓状束→前頭葉ブローカー領域→発話のためのプログラムが駆動→運動皮質→発音器官から指令→唇、舌、咽頭の筋肉の活動。書く:左右両視野→後頭葉→視覚連合野→文字の視覚パターンを認知→角回読む
角回と側頭葉下部→ウェルニッケ→弓状束→ブローカー領域→運動野

一般的に子どもが特に教わらなくても文法まで身につけてしまえるのは、10歳ぐらいまでと言われています。
また、小学低学年くらいまでの子どもは、英語などの外国語をインプットすると、
脳の中の「ウェルニッケ感覚言語野」に 日本語とは別の独立した言語中枢を作る、ということも知られています。
詳しくは英語育児ノートvol.7へ

国際基督教大学 生成文法理論専門の吉田智行助教授も、「ことばの探検T:アリス館」の中で
「人間の子どもは、言語のコンピューターを使って「文法」を作り上げ、言語を身につける。
子どもの頃、英語と日本語を両方聞いて育ったヒトは、
日本語も英語も両方母語のように身に付ける可能性があります。」ということに触れています。

ということは、だいたい10歳までの子どもは、日本語のときそうしたように、
英語を耳にすることによって 脳の中の「言語のコンピューター」を起動して、
英語の「語順パターン表」を作ることができる可能性があるように解釈できます。

参考までに…「ママが教える子どもの英語(上)」キムスクヒ 白帝社より

「10歳ぐらいまでの子どもは 言語習得装置LADと呼ばれる言語能力を持っていて、母国語であれ外国語であれ、その言語になれる可能性があればその言語を学ぶのである。一般にLADは、5〜6歳で完成され、13〜14歳で劣化すると言われている。複雑で難しい言葉を誰もがたやすく身につけることができるのは、生まれながらにLADを持っているからだ。母国語には、母国語のLAD,他の言語にはその言語のLADが備わる。しかし思春期を過ぎると LADはひとつの言語に統一されてしまうといわれている。
思春期を過ぎて外国語を学ぶと、自分の知っている母国語に変換する過程を通じて 外国語を表現するため 学ぶスピードが遅れざるをえず、発音も思うようにできないということだ。LADが実際に存在するかどうかということは、まだ科学的には立証されていませんが、言語学習能力が幼児に活発であり 思春期の終わりに鈍化することはすでに知られている。

たっぷりと英語に触れることが、英語のリズムを身につける、
ひいては 英語の運用力(聞く、話す、読む、書く)を高める、ということが言われますが、
それとは異なる次元で、
日本語を操る言語力 と同質の英語の言語力のベースになる「英語の文法力」
自分の頭の中に構築するという 偉業を成し遂げているのかもしれない…と解釈すると、
安心して子どもを見守ることができるような気がします。また、このように「英語の文法力」を獲得することが
大人になって いざ英語が必要になったとき、一番の武器になるように思います。


まだまだ「言語のコンピューター」や
言語獲得装置(LAD)など科学的に立証されていないことが多いようですが、
チョムスキー博士の生成文法理論は
子どもが言葉をどのように習得していくか、特にインプットについて興味深い内容だったのでまとめてみました。


おすすめ文献●「困ったときのこども英語相談室」(101のQ&A)改訂版
久埜百合  ピアソン エジュケーション
(*子どもの英語の間違いを正すより 本物の英語をたっぷりきかせるべき。インプットを大事にしながら
年齢に応じた知的好奇心を満たすレッスンの方法が Q&A方式で紹介されています。)
●「うちの子英語ぺらぺらになれるかな?」旺文社
(*子どもの言語習得の過程を 英語育児初心者の人にも分かりやすく紹介。)
言語学の本:●「脳にいどむ言語学」萩原裕子 岩波書店
(*言語のコンピューターの存在や働きを裏付ける研究結果が紹介されています。)
●「言語学が好きになる本」町田健 研究社出版(*入門用)