|
●日本語の思考と英語の思考/ 英語子育てなのになぜ日本語? 3歳半で英語を話し始めたりくも、7歳半になり、英会話スクールでも、 イギリス人の先生と、自由に会話できるように成長しました。 英語で先生に冗談を言うようになったり、以前は、I'm hungry.と言っていたのが、 いつのまにか語彙が増え、I'm starving.になったり、 りくと先生との会話を聞いていても、今では半分ぐらいしか聞き取れないときもあります。 小学校の、季節に一度の英語の授業でも、アメリカ人の先生と英語を話したとかで、 クラスのみんなに拍手してもらい、ますます英語をはりきるようになりました。 自分で音声辞書をひくことも増えました。 ところで、りくのように、親子の会話は日本語で、英語の絵本の暗唱と、 月に数回30分のプライベートレッスンで、 なぜ、マイペースながらにも会話力を伸ばしていくことができたのでしょうか? ここでは、幼稚園時期のりくに行った唯一の取り組み、絵本の暗唱が、 子どもの会話を支えるプロセスや、英語と日本語の思考についてまとめてみました。 ●子どもが習得すべき2つの言葉 【声に出して話す言葉と、心の中で使う言葉】 英語育児中のお母さんは、今、子どもが、どのくらいおしゃべりできるようになっているか、ということに 関心が行きがちですが、確かに、子どもの口から今まで聞いたことのないフレーズが飛び出すと、 英語をやってあげてよかった〜!と、感激してしまいますね。 ところで、私たちは、声に出して言葉を話すだけでなく、 心の中でも言葉を使っていることを、意識されたことがあるでしょうか? 時計を見て「もうそろそろかえってくるかな」と思ったり、マクドナルドのチラシを見て 「あ、(半額。)」と思ったり、…私たちが、いちいち声に出さなくても、 心の声で本を読んだり、数を数えたり、考えたりできるのは、子どもの頃、日本語を習得する過程で 心の中でも言葉が使える力を獲得しているのですね。 このように、人が心の中で使う言葉は、発達心理学の用語で「内的対話」とか、 「内言」と呼ばれていますが、 子どもの言葉の習得に関しても、この、内的対話、または内言を通して、 心の中で思考できるようになってやっと、母国語の習得の完成と言われています。 よく、「小さい頃は、あんなに英語をしゃべっていたのに、すっかり忘れてしまった」、 というお話を聞きますが、幼児期に英語を話せるようになっていても、 英語で思考(内言)できるようになっていなければ、英語の環境が続けられなくなったとたん、 それまでの知識が脳の中で孤立してしまって、使えなくなってしまうということなのだそうです。 このように、言葉の習得の最終目標とも言うべき「思考の獲得」ですが、 日本で英語をやっている子どもたちは、 どのようにして、英語で思考できるようになっていくんでしょうか? |
|
それでは、まず、幼児期の子どもたちのおしゃべりの発達をみてみましょう。 3歳ぐらいの子どもと、6歳ぐらいの子どもの日本語の会話の例を比較してみます。 ●3歳ぐらいの幼児の場合 大人「何がおもしろかったの?」 子ども「ニモ。」 大人「ビデオを借りたの?」 子ども「あそこの映画館。」 大人「近くの映画館?よかったね。だれといったの?」 子ども「お母さん。」 大人「お父さんはお留守番?」 子ども「お父さんも。」 このように3歳前後の子どもは、思ったことを1つずつ話すのが精一杯で、 相手に助けられて、会話が進みます。 ところが、幼稚園の年長さんから小学校低学年ぐらいになると、 「きのうぼく、お父さんとお母さんとニモを見に行って、楽しかったよ。」 と、相手の助けがなくても、要点をまとめて話すことができるようになっていきますね。 また、相手が誰であっても、意味が通じるような普遍的な言葉で話せるように成長しています。 同じ幼児期の子どもでも、3歳頃と6歳頃とでは、会話の質が大きく変化していますが、 私が、このような幼児期の会話の変化が気にかかるようになったのは、子ども達の作文がきっかけでした。 去年から、りくと、りくの友だちとで、日本語の作文の練習をやっているのですが、 作文などの読み書き言葉は、普段子ども達がしゃべっている言葉をそのまま文字にすればいい、 というものではないため、話し言葉が成熟していない(上の例の、6歳レベルの段階に近づいていない)子の 場合、作文への導入にとても苦労するのです。 このような、子どもの話し言葉の発達の2つの段階は、「一次的ことば」「二次的ことば」として、 「ことばと発達」(岡本夏木/岩波新書)に詳しく書かれていますが、 ここで、私が気になるのは、小さい頃から英語に触れているお子さんたちで、 上の3歳の英会話の段階から、なかなかそのあと6歳の英会話へ 移行できないお子さんたちが少なくない、という事実です。 もちろん、日本語と違って、英語は、話せなくても生活に困ることはないですし、 使う場所や話す相手を確保するだけでも難しいため、 話し慣れできない、という事情もありますが、 なかでも、対話の機会を作りたくて通っているはずの英会話スクールで、 英会話があとあと伸びていかないお子さんが多い、と言われるのはどうしてでしょう? これについては、(私の個人的な考えですが、)子ども達の日本語の会話が5-6歳でぐっと上達するのは、 ちょうどこの頃、少しずつ頭の中で「思考」できるようになってくるため、 相手に分かりやすいように「考えて話す」ことができるようになってきているのではないかと感じています。 お客さんや電話で敬語を話すようになるのも、ちょうどこの頃ですね。 そのため、英語の場合も、3歳ぐらいの会話の段階から上達させていくには、 英語での思考力をつけてあげるような取り組みをしなければ、 子どもの英語の会話を伸ばしてあげるのにも、限界があるのではないかと思います。 週に一二度、大人の助けを借りて会話するだけでは、本来、英語を生み出す思考が育たないのです。 ●対話から、子どもの日本語の思考が育つプロセス ところで、ここで、子ども達は、日本語の場合、どのようにして思考できるようになっていくのか、触れてみます。 子どもは、3歳ぐらいから言葉を使って考えようとし始めるそうですが、はじめのうちは、 心のなかで思考する力が未発達なため、頭に浮かんだことを 声に出して言ってしまいます。 そのため、一人で遊んでいるときにも、「あ〜あ、、おっこちた」「ぶーぶーきたよ。」 「そのちょうし」と、ぶつぶつ言っていますが、 あれは、自分がまわりの大人に言われた言葉を思い出して言ってみることで、 その声の助けを借りて、考えているのですね。 そして、徐々に、声に出さなくても、心の中で、他人の声を思い出して、 自分自身と対話して、思考できるようになっていくそうです。 こうしてみると、よく、英語モードのお子さんが、CDやビデオで聞いた英語をぶつぶつ言いながら、 ミニカーを押して遊んでいるのも、英語での思考の始まりといえますね。 このように、子どもは、一見、母国語の習得が完成したかのように思われがちな3歳以降も、 大人の見えないところで、より高度な言葉を獲得するために、 内面を大きく成長させているということになりますが、 ここでまた気になるのは、母国語の日本語であっても、どの子も同じペースで、 6歳レベルの会話へ移行できているわけではない、ということです。 もちろん個人差はありますが、例えば、お母さんが絵本の読み聞かせをしていたり、 丁寧に語りかけをしている場合、子どもが、整然と話ができるようになるのも早く、 逆に、テレビ漬けといわれる状態のお子さんの場合、 上の6歳の段階の話し言葉に移行するのが遅れがちで、 結果、読み書き導入後も、作文に苦労する、という現象があります。 このように、対話の機会に恵まれた日本語でさえ、おかれた環境によって 会話の発達の仕方には差があるのですから、 英語の場合はなおさら、年齢なりの会話の基盤を作るために、 英語の思考を育てる取り組みが必要になってきますね。そして、私が りくに英語での思考を育ててあげたいと思って取り組んだのが、英語の絵本の暗唱だったのです。 |
|
◆絵本から、子どもの内的対話や思考が育っていく様子 (参照:「子育てと言葉の発達心理学 育つ力と育てる力」田島信元参照) 最初、子どもが理解できるものは、ほんのわずかしかありません。 しかも、絵本には文字が書いてあります。 当然文字は読めないので、ページを開いて心の中で聞こえてくるのは、 CDやお母さんの読み聞かせの声になります。 たとえば、バスや、新幹線の絵本があるとします。 そして、CDやお母さんの声で、「あ、バスがあるね。」「新幹線速いよね。」と読み聞かせするとします。 そのときに、子どもに聞こえるのはCDや、お母さんの声ですね。 そして、次にお母さんがいないときに、一人で絵本を見るときに、 「あ、新幹線速いね。」「これ、バスだね。」 などの言葉をそのまま借りて、頭の中で繰り返してみています。
たくさんの本に触れていると、徐々にその言葉が本そのものから出た言葉になってきます。 本そのものが応答してくるみたいになるわけです。
いちいちお母さんの言葉を思い出さなくても そこから直接ぽんと言葉が出てくる感じになってくる、これが絵や文字の理解の原点になります。 自己内対話を通して、思考、つまり考えるということになってきて、 絵や文字の意味が分かるようになってくる。 その上で、文字を介して文字が読めるようになってくるのです。 *同著に、英語の場合は、CDの音声を借りれば、同じように言葉の内的対話が発達していくプロセスが紹介されているため、 上文中、お母さんの声と併記してCDの音声も付け加えています。 |