はじめに

家地川堰堤

清流四万十川にもダムがあることを、皆さんご存知でしょうか? 幡多郡大正町で

合流する梼原川上流約12k津賀ダム、そして本流には四万十川を2分する、

(河口より約100k上流)家地川堰堤があるのです。梼原川、津賀ダムについては、

昭和63年に「津賀ダム撤去を求める協議会」が発足し撤去運動が盛り上がったが、

結局維持放流を流すことで決着を見ています。

家地川堰堤については平成12年3月に水利権の更新になるとのことで、今、撤去の運動

が盛り上がっている様です。写真は1999.5.25撮影(家地川堰提)したものです。

このときは下流部にかなりの放水がありますが8月の渇水時には一滴の水も下流には

流れない様です。

近年四万十川の鮎は益々少なくなったみたいです。その理由には落ち鮎漁とか、海水温の

こととか色々あるでしょうが、少なくとも四万十川源流から流れ出た一滴の雫が、無事、

太平洋にたどり着けるようになれば、四万十の鮎も再生され名実ともに最後の清流となる

ことを、私は信じております。


四万十川の水はどこへ行く?

 

四万十川本流家地堰堤でせき止められた水は、発電用に幡多郡佐賀町に流れる

伊与木川にほとんど流されるのです。(右の写真)

全国でもまれのない本流に水が帰れない仕組みなのです。

四万十本流 家地堰堤 放水口

四万十川下流部(減水)

 

家地堰堤上手(ほぼ満水)

 

土佐佐賀伊与木川(放水口)

平成11年12月より試験放水のため、下流にも少しだけ放水してます。(1999.12.30現在)

平成13年4月水利権更新を前に、県は数ヶ月単位で四万十川本流へ試験放流を行っておりますが

60年もの間に変化してきた下流部の魚族達の変化が分かろうはずが??


家地川ダム、あゆへの影響

四万十川本流では、家地川堰堤と都賀ダム放水口(三島キャンプ場)の間は減水区域です。本来の清流の

イメージはなく、流れもよ どんでいるみたいで、友釣り師も鮎がいないので見向きもしません。

家地川堰堤が、可動堰のように自然の流れを遮るので堰堤下流は流れがないのです。

上記四万十川の水はどこヘ行く?で説明したとおり、佐賀町伊与木川へ毎秒12トン、四万十本流には

わずかに1トンです。渇水期には一滴も流れなくなるため下流では30度ちかくの高水温になり

友釣りは出来ません。(渇水期流量ゼロが90日ぐらいあるそうです。)

以下減水区画像

梼原川合流点   梼原川合流点   大正町轟崎

大正町弘瀬

 

大正町田野々(梼原川合流点)

 

大正町轟崎


川は誰のためのもの

昭和12年に家地川堰堤は完成しています。当時は第二次大戦のころで、電力が必要だった。

電力会社は63年間四万十川の流れを遮り、そして四万十川を利用してきました。はたして四万十川本流の

水を全部奪う、家地川堰堤が絶対必要なのでしょうか? 21世紀を目前にして、最後の清流・四万十川で

日本ではじめて、電力会社が四万十から借りていた水利権を返還することが、実現してもいいのではないでしょうか。

四万十川はいったい誰のものでしょうか、高知県人のもの?釣り人のもの?川漁師のもの?いいえ

皆のものでしょう。 四万十川をよみがえらそうキャンペーンが始まります。

家地川堰堤が完成したころは、山にも保水力もあり水量もあったと。鮎も踏むほどいたと聞きます。

今の四万十川はどうでしょう?年々水量も減り、鮎も減ってきています。昔のすがたはもうありません。

鮎は年魚なので、夏場上流で過ごし(上流とは堰堤より上流窪川地区)秋には産卵のために下流に

下るのです。産卵のため下ろうとしてしている時に、堰堤のゲートが遮断されていたら

どうなると思います?63年間もこんなことの繰り返して鮎は減ってきたのではないでしょうか。

3月12日よみがえれ四万十シンポジュウムでのゲスト、宇井先生(沖縄大教授)は、「”最後の清流”看板倒れ!」

といわれ「水の浄化に知恵を絞れ」知恵がないから金を使わなければならないと。

近藤正臣(俳優)は、「昔ミス日本だった山本富士子さんを、いま見るようだと」

筑紫哲也(news23キャスター)は、「履歴詐称」と、いわれました。 これが四万十川の現状です。

宇井教授 よみがえれ四万十

シンポジュウムにて。

キャスター筑紫哲也

 


家地川ダム水利権最終結果

国土交通省四国地方整備局は3月31日、四国電力に水利権更新許可おだしました。

水利権更新許可を10年に短縮、本日より放流量を増やしました。

 

この事によって四万十川は蘇るとは思いませんが、若干の水量アップが川の鮎達にどのような変化が期待されるのかみまもっていきます。

平成13年4月2日平水状態