「セルフうどん」論
気になることがある。セルフうどん店が大流行りなのだ。学生やお小遣いの少ないお父さん、
一部の麺マニアに支えられ密やかに?その役割を果たしてきたセルフうどんが、ファミリー向けに
駐車場を完備した大型店舗へ変貌を遂げ今や外食産業の一手を担うまで成長しているのだ。
東京での讃岐うどんブームが影響の一因とはいえ、うどん好きが増えてきたことはマニアとして
実に喜ぶべきことかもしれない。だが、実際利用すると何故か味覚以前に違和感が残るのだ。
店舗内の空間処理とサービス過剰なところがどうも落ち着かないし物足りない。
レストランのようなゆったりとした広く明るい空間なら、その空間を存分に楽しむのには
やはり最初から店員がうどんを持ってきて欲しいものだし、セルフ方式を看板に掲げる割には
あれやこれやと店側の親切が過ぎ却って客の自由にさせてくれない辺りが問題のような気がするのだ。
セルフ方式ならずとも、美味い店か否かの見極めは「自家製麺」にある。
うどんの麺というものは時間が勝負。出来たてならこれ以上の美味いものはない。
手打ちや自家工場がなくとも製麺工場が近いことがまずは「良店」に対する見極めの条件となる。
そしてまず手洗い場がしっかりとあること。うどんの神様は清潔好きである。
まずは手を洗い心を乱さず気持ちを整えるのだ。
良店は必然的に麺と客の流れを読むのでどんぶり棚に目一杯どんぶりが並んでいることはない。
そして湯通しは必ず自分で行いたい。麺の状態を自分の目で確認しつつどんぶりを温めるのだ。
片栗粉などが混ざると人工的なツヤが出ることがある。糸がほぐれたような麺であれば添加物を
使用していない可能性が高いのだ。
そして湯切りのあとは具を選ぶ。だが、これは精算後に注ぐ「だし」との相性がある。昆布といりこ
鰹が存分に効いた「良だし」だった場合、良さを消してしまう恐れがあるのであらかじめ具は別皿で
分けておきたい。初見の店で判断がつかぬ場合、
コクが出るナンキンやイモの天ぷら、コロッケなどにしておけば万が一の時に保険が効く。
また具は同じ系列のものを最高2点までとしたい。そしてだし器には「濃口」「薄口」が備えてあれば
尚嬉しい。まず濃口を下半分、次に薄口を上半分に注ぐのだ。
この動作により空腹感の強い当初は口当たり良く箸が進み、腹が落ち着いた後半では
じっくりと味わうことができるのだ。
実は一見商売っ気がなさそうな店舗ほど美味い。麺は生き物のようにデリケートだ。
求道者たらんとする姿勢であれば、麺とつき合うにつけ自然に「職人」のような態度にならざるを得ない。
うどんに魅せられし者が作り上げる「作品」はまさにその人の生きざまが現れる芸術である。