アゼルバイジャンの勝利

〜 アルメニアはどうするのか? 〜



3年ぶりに大きな軍事衝突となったナゴルノ・カラバフ紛争においてアゼルバイジャンが決定的な勝利を収めた
アゼルバイジャンが9月19日、ナゴルノ・カラバフ側の地雷で兵士が死傷したと言いがかりをつけて攻撃を開始し、たった2日間でナゴルノ・カラバフを制圧し、アルメニア側を武装解除したのだ。
アゼルバイジャンの全面的勝利だ。
3年前の前回の軍事衝突でも思ってもみなかった展開でアゼルバイジャンが勝利し、非常に驚いたが、今回は前回ほどの意外性は無い。

そもそも、多くの日本人は無関心で何の知識も持っていないだろうから、ナゴルノ・カラバフ紛争の背景から説明しよう。
て言うか、そもそも多くの日本人はアゼルバイジャンアルメニアそのものについて無関心で何の知識も持っていないだろうから、そこから説明しなければならない。

アゼルバイジャンアルメニアは、いずれも旧ソ連に属していた国だ。
旧ソ連にはロシアを始めとして15の国が属していたが、アゼルバイジャンとアルメニアは旧ソ連の中のコーカサス地方に属する国だ。ちなみにコーカサスには、他にグルジア(今はジョージアと呼ばれている)がある。
コーカサスは北はロシア、南はトルコとイラン、西は黒海、東はカスピ海に囲まれる地域だ。
ヨーロッパとアジアの間にあり、昔から周辺の大国に支配され翻弄されてきた地域で、確固とした国を持てなかった民族が多く、地域全体にアゼルバイジャン人、アルメニア人、グルジア人、アブハジア人、アジャール人、オセチア人、クルド人などが入り乱れて暮らしてきた
例えばグルジアは人口も面積も小国なんだけど、その中に民族自治区としてアブハジア自治共和国、アジャリヤ自治共和国、南オセチア自治州があり、そのうちアブハジアと南オセチアでは独立運動が盛んで、グルジア政府の権力が及ばない事実上の独立国となっている。コーカサスの国はどこもややこしい問題を抱えている

アゼルバイジャン人とアルメニア人の居住地域も複雑に入り込んでおり、昔から民族紛争の火種となってきた
アゼルバイジャンがアルメニアとイランに囲まれた地域に飛び地のナヒチェヴァン自治共和国を領有している一方で、アゼルバイジャン内にはアルメニア人自治州のナゴルノ・カラバフがある
ナゴルノ・カラバフは、アゼルバイジャンの西部にある地域で、面積は約4400平方kmで徳島県とほぼ同じ、人口は約15万人で今治市とほぼ同じだ。

ナゴルノ・カラバフアゼルバイジャン国内にありながら、人口の9割以上がアルメニア人だ
これは上に書いたように、元々この地域には色んな民族が入り乱れて住んでいたからだ。ナゴルノ・カラバフにはアルメニア人が多く住んでいたが、周辺地域はアゼルバイジャン人が住んでいたから、アゼルバイジャンの国内に取り込まれてしまったのだ。
アルメニア人もアゼルバイジャン人も、どちらもナゴルノ・カラバフは昔から自分たちの土地だと言い張っているが、これはコソボが昔から自分たちの土地だと言い張っているセルビア人とアルバニア人の争いと同じ構図で、どちらも昔から代わる代わる占領してきたのだから、どちらも嘘ではない。どっちの方が古いかなんて、今となっては分からない。

20世紀初めまで、この地域はロシア帝国の領土だったが、ロシア帝国が崩壊してアルメニアとアゼルバイジャンが建国された時、ナゴルノ・カラバフの取り合いとなった
その後、両国ともソ連に取り込まれ、スターリンの決定によりアゼルバイジャンの領土となった。地理的にはアゼルバイジャンの中にあるんだから、アルメニアの飛び地を作るなんて面倒くさいので、アホなスターリンがアゼルバイジャンの領土にしてしまったものだ。
その後、ソ連の力により紛争は抑えられていたが、ソ連が崩壊して両国が独立すると、再び紛争が起こった

ナゴルノ・カラバフアルメニアの支援を受けて事実上の独立国となり、1991年にアルツァフ共和国としてアゼルバイジャンからの独立を宣言した
もちろん、このような場合、国際的には一切、承認は得られていないが、アルメニア側の軍事的勝利により、それ以来、元々のナゴルノ・カラバフ自治州の大半と、それに加えてアルメニアとの間に挟まれた「ラチン回廊」などの地域を含む周辺を、アルメニア側が実効支配してきた。アルメニアの圧勝だった訳だ。
これにより、ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャンの中の陸の孤島ではなくなり、アルメニアと自由に行き来できる地続きなった。
なので、私の認識としては、アルメニア側は、ゴラン高原を占領して一方的に入植地を増やしてきたイスラエルと同じような優位を保っているものとばかり思っていた。

ところが驚いたことに、2020年9月末に、突然アゼルバイジャンがアルメニア側に対して攻撃を開始した。アゼルバイジャンもアルメニアも、互いに相手が先に攻撃してきたと主張しているが、その後の展開を見ると、おそらくアゼルバイジャンから攻撃を始めたのだと思われる。
このアゼルバイジャンによるアルメニアへの攻撃は、私の認識ではイスラエルにパレスチナが攻撃を開始するように無謀な事だと思ったのに、そうではなかった。1ヵ月半の戦闘の後、アゼルバイジャンが圧勝したのだ。
その結果、長年アルメニアが占領してきたラチン回廊などの周辺地期はもとより、ナゴルノ・カラバフ自治州そのもののかなりの部分までアゼルバイジャンに返還されることとなった

考えられないほどのアゼルバイジャンの一方的な勝利だったが、分かりにくいのはロシアの動きだった。
停戦合意に基づいてロシア軍の平和維持部隊が現地に展開し、双方の攻撃は完全に停止した。その意味でロシアの存在は重要だったが、アゼルバイジャンとアルメニアの戦いの中では、存在感は希薄だった。
普通に考えれば、ロシアはアルメニアを支援しなければならない。アルメニアとロシアは防衛条約で結ばれている同盟国であり、アルメニアにはロシア軍が駐屯している
ところがロシアは、この軍事同盟にはナゴルノ・カラバフへは範囲が及ばないとの見解だった。
ロシアとしては、もしアゼルバイジャンがアルメニア本国を攻撃すればロシア軍は介入するが、ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン国内の地域であり、アルメニアとは無関係のアゼルバイジャンの内政問題だから、軍事介入はしないとのスタンスなのだ。
一見、理屈は通っているようにも思えるが、そうは言っても、ロシアは中国と並んで法を無視するならず者国家だから、本当に介入したかったら、国際法や条約なんて平気で無視して介入してくるだろう
それなのに介入しなかったのには理由がある。ロシアとアルメニアは軍事同盟を結んでいるが、ロシアはアゼルバイジャンとの関係も悪くはないのだ。

アルメニアとロシアがキリスト教の正教で結び合った仲なのに対し、アゼルバイジャンは民族的に近いトルコと結びつきが深い。またどちらもイスラム教の国なので、キリスト教対イスラム教の争いと短絡的に見られがちだ
しかし、国際情勢というのは、そんなに簡単なものではない。
旧ソ連の国の中では、同じキリスト教の国であっても、ウクライナなんかはロシアと敵対しているが、逆にイスラム教の国でもカザフスタンを始めとする中央アジアの国々はロシア寄りだ。同じようにアゼルバイジャンも決して反ロシアではない
一方、アルメニアはロシアと軍事同盟を結ぶ関係ではあるものの、密かにEUとの関係強化も図ってきた。ウクライナがEUとの関係強化を図ったがためにロシアに攻め込まれたのを目の当たりにして、アルメニアはその二の舞を恐れてとりあえずは大人しくているが、決してロシア一辺倒という訳ではない
つまり、ロシアにとってはアゼルバイジャンもアルメニアも同じくらいの重要性を持つ国だから、どちらに一方的に肩入れする訳にはいかないのだ。

アゼルバイジャン側へは民族的に近いトルコが強力に支援してきたが、これは直接的な支援のほか、アルメニアに対する経済封鎖も含まれる。アルメニアは東のアゼルバイジャンと西のトルコに挟まれており、トルコによる経済封鎖は強烈なダメージとなる。
さらに驚いたことに、なんとイスラム教の敵と言われるイスラエルもアゼルバイジャンを支援している
これはソ連時代に各地で弾圧されたユダヤ人をアゼルバイジャンが保護したことでイスラエルと良好な関係を築いたことによる。このため、アゼルバイジャンは独立後、イスラエルから多くの財政支援を受けている。

一方で、アゼルバイジャンと同じイスラム教なのに、イランやサウジアラビアやアラブ首長国連邦はアルメニアを支援している
つまり、アゼルバイジャンとアルメニアの紛争は宗教的な色彩は全く無いのだ。アゼルバイジャンはイスラム教ではあるが、それほど熱心な信者というわけではないことも影響している。
またアルメニア人はアメリカを始めとする世界各国に散らばっており、本国への多額の資金援助やロビー活動を繰り広げている。

このような非常に複雑な関係の中で、3年前のアゼルバイジャンの圧勝は、正直言って、予想だにしていなかった。
30年前は圧倒的な軍事的優位のもとでアルメニアが圧勝したが、いつの間にか軍事的な優位性は逆転していたという事だ。本当に驚きだった。

ただ、アルメニアの大敗北はアルメニア人には受け入れがたい事であり、怒り狂った市民による反政府デモが繰り広げられていたし、そのままアルメニア側が大人しく引き下がるとは思えなかった。
また、アゼルバイジャンの大勝利で全てが終わったかというと、そんな事はなくて、そもそもの問題の根源であるナゴルノ・カラバフの帰属問題は全く決まっていなかった
なので、アゼルバイジャンがさらにナゴルノ・カラバフまで侵攻して全土を奪回するのか、それともアルメニアが反撃して再び領土を拡大するのか、ワクワクして待っていた。

そして、このたび、再びアゼルバイジャンが大勝利を収め問題の根源であるナゴルノ・カラバフを完全掌握し、長年にわたる紛争に決着を着けてしまったという訳だ。
理由は前回の勝利と同じく、この3年間でアゼルバイジャンがトルコの支援なども受けながら軍事力を着実に増強してきた一方、アルメニア側には打つ手が無かったからだ。

アルメニアはロシアの同盟国であり、防衛条約を締結している。アルメニアにはロシア軍も駐屯している。なので、普通に考えればロシアはアルメニア側に立って紛争に介入しそうなものだ。
しかし、アゼルバイジャンとの関係も重視するロシアとしては、アルメニアとの軍事同盟はナゴルノ・カラバフへは範囲が及ばないとの詭弁によって今回も紛争に介入しなかった。

ロシアはアホなので簡単にウクライナに圧勝できると思って軍事侵攻したものの、ウクライナの強固な反撃にあって戦争が泥沼化してしまったため、アルメニアとアゼルバイジャンの紛争に介入する余裕なんて無くなっている
昨年、ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO、6ヵ国)のメンバーであるタジキスタンとキルギスが国境紛争を起こした時も、ロシアは静観していた。
アゼルバイジャンとしても、ウクライナ戦争で身動きが取れないロシアは介入してこないだろうと踏んでアルメニア側への攻撃に踏み切ったのだろう。

もちろん、アルメニアとしては、このようなロシアの無責任ぶりを痛烈に批判しており、「ロシアによるウクライナ軍事侵攻は間違っている」なんて批判している。
このアルメニアとロシアの亀裂に乗じて影響力を高めようとしているのがアメリカだ。
アルメニアは、CSTOのアルメニア国内での演習を認めないとする一方、アメリカとの合同軍事演習を実施するなど、急速にアメリカへの傾斜を強めている。
ロシアにとっては、ウクライナに次いでアルメニアが欧米側に近づくような事になれば、深刻な打撃となるため、アルメニアの態度を批判しているが、自業自得であり、また打つ手は無いと言うか、余裕が無いのは明らかだ。

(石材店)「幹事長はどっちを応援しているんですか?」
(幹事長)「私は国際紛争オタクではあるが、基本的には中立じゃ」


とは言え、かつてはアルメニアがアゼルバイジャンを圧倒していたのでアゼルバイジャンを応援していたが、今はアゼルバイジャンがアルメニアを圧倒しているのでアルメニアの肩を持ちたい気分だ。
それに、アルメニアに対する影響力をアメリカが強めれば、悪の大帝国ロシアを追い詰める事になるので、それは楽しみだ。

ナゴルノ・カラバフを取り戻したアゼルバイジャンは、アルメニア系の住民が今後はアゼルバイジャン市民として統合されることになると宣言したが、アルメニア系住民は迫害や民族浄化を恐れて、ほぼ全員がアルメニア本国に向けて避難を開始した
アルメニア本国も弱小国家なので、大量の難民が押し寄せてくると困るだろうが、追い返す訳にはいかない。
アゼルバイジャンの大勝利により長年の紛争に決着が着いたナゴルノ・カラバフ紛争だが、まだまだ余震は続くので、目は離せないぞ。

(2023.9.27)



〜おしまい〜





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