【調整師への道】
パート17 H11・8・9〜 | 『調整師養成学校』始まる!他 |
パート18 H11・9・13〜 | エネルギーに大変敏感な人、その名は八木橋!他 |
パート19 H12・1uujjjj | これも究極のリレーションヌエボなのか?他 |
パート20 H12・2ooojj | 調整師細腕繁盛記!他 |
パート21 H12・3・18〜 | エネ遊びin北海道!他 |
1999年8月9日(MON) 【すべては『TDE式調整師』になる為の道…!】 『運動生理学』『解剖学』等は『エアロビクスダンス・インストラ クタ−養成コ−ス』の時に既に学んでいたのだが、運動を指導するの と身体を治すのではまた学ぶことも違うだろうし、『TDE式調整師 養成学校』でもきっと役に立つことだろうと思い、〃盆休みを利用し てカイロプラクタ−の資格も取っておこう〃と軽い気持ちで入学した のだが、このことで私は地獄のような1週間を体験させられるはめに なってしまう…。 まず、〃6日間で開業させる〃というのだから、学校側は大変真剣 なのである(あたりまえかもしれないが)。今日・明日は学科なのだ が、これはもう睡魔との戦いであった…。しかも午前11時から午後 7時半までの間に、昼休み40分、その後は1時間か1時間半に5分 程度の休憩しかもらえない…。 しかしよく考えてみると人の身体を治すのだから、このくらい真剣 に教えて貰えることに感謝しなくてはならないのかもしれない。 眠い目を擦りながらなんとか初日のカリキュラムを終え、コンビニ で缶ビ−ルとつまみを買って、『3DAYSマンション』へと帰り着 く。旅の疲れとひさしぶりの筆記の疲れで、シャワ−を浴びてビ−ル を5〜6本飲み終えた頃には深い眠りについていた…。 ※ この頃は、“TDE式調整師”になりたくて必死だった頃ですネ。 【365日連続トリ−トメント達成ならず…!】 これで私の目標の一つであった、1年(365日)連続トリ−トメ ントの計画が脆くも崩れ去り、去年の9月27日から数えて319日 間連続(今年の8月11日迄)で終わってしまった…。でも、それだけ今受けている『超短期集中カイロコ−ス』が厳しい ということの証で、むしろ喜ぶべきことなのかもしれない。 午前9時半頃に、手紙で約束していた『オキノエラブ島』のTさん に遠隔トリ−トメントを行なう。 今日も一日中学科である…。授業後、クラスメ−トを誘って近くの 居酒屋で飲んでるところに、大阪のエネ友SNさんから電話が入る。 クラスメ−トとの合コンを終え、SNさんらと合流する。その目的 は、私はものすごくメカ音痴なのだが、以前よりいろいろな人に「玉 川さんEメ−ルやらないんですか?」とか、『この指とまれ!遠トリ やらせて…』でも、「Eメ−ルで情報交換したい」と言われ続けてい たのである。それに『大阪講演会』の時にEメ−ルをやっているエネ 友達の情報の早さと、その量の多さをいつも羨ましく思っていた。 しかし、私はすごいメカ音痴…、それに今年に入ってからは『シン グルスタ−伝授』『カイロプラクタ−養成所』『TDE式調製師養成 学校』とお金は羽根が生えたように出ていくばかりで、パソコンを買 う資金など残っていないのである。そこへ、大阪のエネ友K君から “安価なモバイルを見つけた”と8月の『大阪講演会』の時に教えら れ、今回大阪にいる間にモバイルの設定とインタ−ネットをやる為の プロバイダ契約を済ませて、高松に帰ったらすぐEメ−ルが出来るよ うにしようとみんな集まってくれたのである。 ところが、ところが…、なんと私が持ってきたクレジットカ−ドは 有効期限切れで、お話しにならなくて…、せっかく集まってくれたの に…、みんなゴメンナサイ!(私はクレジットカ−ドを一度も使った ことがないのです…) 「9月4日の『TDE式調製師養成学校』の時までには、ちゃんと したクレジットカ−ドを作って持って行くから…」と約束する。 「玉川さん、今日で帰るの?」「いえ、最初はそのつもりでしたが 、19日に帰ることにしました」「えっ!それでどうすんの?」「は
い、明日は京都の『安部清明神社』と『伏見稲荷神社』に行こうかと 思ってるんですけど…」「ふ〜ん…、ちょっと待ってや…。うん!あ
んた『お稲荷さん』系は行っても、なんもあらへんで…。 ※ この関西のベテラン美人会員T女史こそ、私にTDEのトリートメントの素晴らし さを最初に実感させていただいた方で、今でも私の心の師です。(実は一度、弟 子入りを申し込んだのですが、「プロでもないし、私はただの主婦ヨ!それにお 金を貰ってやるのは好きじゃない」と、断られたという経緯があるのです) 『カイロプラクタ−養成所』も今日で最後…。私達生徒11人はみ んな疲労と連日の施術で身体中のあちらこちらをおかしくしていた。
私自身、C7・C6(頸椎の7番・6番)を寝違えて首が回らないし、 T11・T12(胸椎の11番・12番)の辺りで肋骨が前方変位し
ているらしくて、息を吸うと苦しい…。そんな生徒達の身体の歪みを 施術で治しながらも学院長はもくもくとカリキュラムをこなしていく。
それからというものは、私は休憩時間になると若い女性のクラスメ −トを捕まえては、「『チェスタ−・ドロップ』の練習やらせて!」
と何度もあきるほど練習を繰り返した。「えっ?なんで若い女性か…」 それは『チェスタ−・ドロップ』は患者に最も密着して行なう技で、
ほとんど抱き締めているのと変わらないのである…。そうゆうオジサ ン的な気持ちを抜きにしても、やはりこの技が私は大好きである。『
TDE式調整師』になっても、これだけは患者さんにやってあげよう と思っている。学院長も「玉川さんには『チェスタ−・ドロップ』が
むいているかも、これだけで開業している生徒もいるよ」と仰ってい たことだし…。 あんなに辛くて苦しくて不安だらけだったクラスメ−ト達の顔も、 こうやって冷静に見つめると何だか妙に自信に満ちているような気が する。明日からさっそく開業する人もいるし…。私だって「やれ!」 と言われれば、「もう出来るよ!」と応えるかもしれない。 ここでのすべての行事を終えて近くの居酒屋で打ち上げをし、その 後特に仲良くなった6人で、いつも『大阪講演会』の『3千円の会』 をやる『宝島』へ行き最後の別れの時を過ごし解散する。 【奈良のエネスポ『おおみわ大神神社』散策!!】 8:00AMエネ友YNさん等と落ち合い、エネ友TKくんの車に 同乗させてもらい奈良の『大神神社』へと車を走らせる。 Kくんは一度参拝したことがあるらしく、迷うことなくスンナリ と目的地に到着する。 大きな鳥居のすぐ前の駐車場に車を止めて、車から降りて鳥居をく ぐった瞬間に私は頭が痛み出す。手の平は既にエネルギ−らしきもの を感じたのか白いプチプチが出ていた。 『夫婦岩』『しるしの杉』等を眺めながら参道を突き当たった所に 『拝殿』が建っていた。『拝殿』での参拝を済ませ〃ふ〃と横を見る とTKくんが『神様』を呼んでいるようだった。私も試みるが何もわ からず…。 YNさんが『おみくじ』を買って、「あ〜、大吉!ふ〜ん、すごい 当たってる!」と独り言を言っているのを聞き、普段なら興味のない 私もおもわず買ってしまう。少し期待してソロ〜っと開くと『凶』と いう、ひときわ濃くて大きい字が真っ先に目に飛び込んでくる…。や っぱり買わなきゃよかった…、と思いながらも『お告げ』を読むとい かにも私に当てはまっているのである。〃よし!これからはこのお告 げを教訓に生きよう〃と心で決意する。 『拝殿』から少し歩いて『狭井(さい)神社』を参拝し、入山料を 払って神体山『三輪山』へと入る。結構きつく岩だらけの山道を「フ −フ−、ゼ−ゼ−」と息を切らしながら歩くこと約1時間、やっと頂 上にある『お社』に到着する。登ってくる途中私は蛇に出くわし、少 し幸せな気分になっていた(確かここは蛇を祀っていたはず)。 頂上にある『お社』の参拝を済ませ少し休憩を取る。額の汗を拭い 正面を向くと、YNさんが『お社』の前で両手の平を向かい合わせて 何かやっていた。 「あ〜、エネルギ−が渦巻いて見えるよ〜」「どれどれ」と覗き込 むが私には相変わらず見えない。「Kくんもやってみて〜、あ〜、 やっぱり渦巻いてるよ〜」「どれどれ」やっぱり私には見えず。 「俺もやってみよ〜」と、両手の平を向かい合わせエネルギ−を出 すが何も見えないので、「ね〜、見てみて」とYNさんを呼ぶ。 「ふ〜ん。玉川さんのは私達みたいに渦巻いてないよ。何か違う…」 「…」「あっ、だから『遠トリ』の時、玉川さんのエネルギ−は他の 人と違うって言われたんじゃないの」「…」 山頂の風に当たって少し元気を取り戻した我々は、元来た険しい山 道を今度は逆に下り始める。 降り切った所の『狭井神社』の裏手にある『薬井戸』で、万病に効 くという『ご神水』をいただき、腹を減らした3人は『三輪そうめん 』を食べようと出口にむかって歩き出す。 風情のある『茶や』の様なお食事処で名物の『三輪そうめん』を食 べ、次の目的地『桧原神社』へと出発する。 迷いながらやっとたどり着いた『桧原神社』は、噂に違うことなく 心地よいエネルギ−の溜まり場であった。3人3様に参拝を済ませ、 神様を呼んでみる。普段は何も感じない私なのに、口から何かが入っ てきたように感じ、心臓の鼓動が〃ドックン・ドックン〃と大きく波 打つのを感じた。その内に呼吸が苦しくなってきて、思わず社から後 ずさってしまう…。ここは『元伊勢』と呼ばれているらしく、だから 強いエネルギ−を感じるのかと感心する。「来てよかった!」 帰りの道すがら、『石上神社』を参拝し大阪へ向かう。 『心斎橋』の焼き肉屋でもう一人のエネ友TKMくんと合流し、夕 食を済ませてロイヤルホストで歓談する。TKくんに車で送ってもら い、3DAYSマンションに着いた時には既に午前2時を回っていた。 「さあ、明日は高松へ帰ろう!」 8月19日(THU) しかし、この目の前の友人の疲れきった様子を見ると、さすがに〃 トリ−トメントをやらなきゃ〃と思い立ち、今までやらなかった分ま でおもいっきりトリ−トメントをやらせてもらう。Mはよほど疲れて いたのか「ゴメン…、このまま少し寝かせて…」という言葉を言い終 わらない内に小さな寝息を立てて眠ってしまった…。 今日のトリ−トメントでト−タル2253回である。 8月23日(MON) “なんとかしなくては!” やっと体温が36.7度に戻る。 8月28日(SAT) まずは店に来てすぐに、『ベ−シック』『カンビオエネルヒア』( VCD)・『トニック』(MD)・『パパベル』(CD)を同時に回 す。しばらく回していたが変化なし…。 考えたあげく、『カンビオエネルヒア』を『脳幹』に、そして『ト ニック』を『青斑核』に、『パパベル』を『仙腸間接』にチェンジし て同時に回す(『ベ−シック』はズ−ッと回し続けている)。こちら は、しばらく回し続けている内に頭の芯が痛くなり、遂には顔面の左 半分が歪む様な感覚がするので早々に『ベ−シック』以外は全部スト ップしてしまう。このブレンドは最悪であった…。私はどうも『脳』 関係のエネルギ−は苦手である。 頭の芯の痛みがなかなか取れず、顔面もマヒしたように何だかおか しい。そこで『脳幹』を『カンビオエネルヒア』に、『青斑核』を『 トニック』にまた戻し、『仙腸間接』は『アクセル軟酥の法』に変え て、同時に再び回してみる。あんなに痛かった頭の芯の痛みも、顔面 のマヒも見事になくなる…。“やっぱりTDEは凄いね!!” しかし、最初の目的であった『やる気』が出たかというと、なにも 変わらないのである…。〃なんとかしなくては…〃 今日もトリ−トメントせず。 8月29日(SUN) そこで、7月に『TVショッピング』で買った『キャッシ−・スミ スのフリップ・トラック』(自走式ウォ−キング・マシ−ン)を漕 ぎ始めることにする。それまでは『カタログハウス(通販生活)』で 買った『エアロバイク』を6年ほど漕いでいたのだが、もうこれは充 分すぎるほど漕ぎすぎて飽きていたし、上半身を使はないことに物足 りなさを感じていた。ちょうどそんな時、夜中に見ていたTVで見つ けたのがこの『FLIP TRAK』であった。これは大層優れもの で、近年の『TVショッピング』のトレ−ニング用品としてはお勧め の一品である。価格も前者の『エアロバイク』が¥98000に対し て¥39800とお手頃になっている(話がどんどん逸れていくので 、これくらいでやめておきます…)。 教本ビデオ(約22分間)を見ながら連続して2回歩く(約50分 間)。さすがに大量の汗をかき、息切れも激しくて、おかげで今まで のイヤだった事やモヤモヤした気分を吹き飛ばすことが出来た! しかし、今日もトリ−トメント出来ず…。〃どうしよう…〃 8月30日(MON) 今日で8月も終わり。いろいろあって、結局トリ−トメントは36 回しか出来なかった。連続記録も319日で途切れるし…。でも、 こんな時があってもいいじゃん!。本当に先月から、イヤな思いや、 苦しい思いをいっぱい味わってきたんだから…。〃そんな状態で、よ く『遠トリ企画』や『カイロプラクタ−養成学校』をガンバッテきた ヨ!〃と自分を誉めてあげたい。 「さあ、明日からまた元気を出してガンバラネバ!!」 9月1日(WED) 大阪から帰って、3回しかトリ−トメントをやっていないが、な だか今までと違うような気がズ〜っとしていた? トリ−トメントを 行なっている最中、暖かいエネ球の様なものが絶えず私につきまとっ ているような感覚がしている。受けている父に聞くと、「熱いヨ!な んだか暖かい塊に身体を撫でられているような気分だ…」という感想 が返ってきた。姉に聞いても同じように応える。 「…?」〃ひょっとしたら、呼べる神さんのレベルがアップしたの かもしれない!〃と一人で喜んでいるワタシです…。 【『TDE式調整師養成学校』始まる!】 東京に着いた時には雨も激しさを増していた。『サンモ−ル』の中 の『マクドナルド』で『ビッグマックセット』を食べ、雨に濡れなが ら『PH会東京本部』に向かう。 本日のカリキュラムである“学科”、『解剖学』『生理学』『病理学』等を勉
強する。先月の『カイロプラクタ−養成学校』、そして『エアロビク スダンス・インストラクタ−養成コ−ス』と、これで3度目である。 9月5日(SUN) エネ友中川さんと木下くんは、昨夜遅くまで『遠トリ』をやっていたのか、 寝息を立てて眠っている。A御夫妻も姿が見えず、仕方なく一人で煙 草を吸ったりしてゴロゴロして時間を過ごす。こんなにやることも無 くてゴロゴロするのは久しぶりである。30分ほどゴロゴロしていた ら、A妻が「おはよう」と顔を出す。その内中川さん、木下くんも起き出して それぞれに身仕度を整えだす。マンションのベランダから下を見なが ら煙草を吸っていた私は、真下に見える『平河天満宮』を見つけて、 一人参拝に出かけるが、今日は神さんは留守のようであった。ガッ カリ…。 A妻の作ってくれた朝食を済ませ、A夫に『四ツ谷駅』まで送って もらって、3人で中野のPH本部へと向かう。〃A御夫妻、お世話に なり本当にアリガトウございました。きっとりっぱな『調整師』にな ってみせますから〃と心に誓う。 今日から待ちに待った各技術の実施指導である。まずは澤田校長の 挨拶で始まる。そしてエネルギ−の出し方から指導を受ける。 「エネルギ−は自分の中から出すのではなくて、無限の空間からエ ネルギ−を取り入れて出さなくてはいけない。そのためには自分の身 体をパイプと思い、頭のパイプから奇麗なエネルギ−を取り入れて、 両手のパイプから勢いよくエネルギ−を出してください。そのまま出 し続けて…、もっともっと出してください。見て回りますからね」 と、実際に一人一人回って来ては指導をしてくださる。 「よし、思いっきり出してやれ!」と目を閉じて出し続けていたら 真横から澤田校長の声がする。「玉川さん、手に力が入っていますよ。 もっとリラックスして、力を抜いてエネルギ−を出してください。力 が入っていると、エネルギ−の質が変ってしまいますからね」と、ご 指導いだく。 しかし私には、その意味がわからなかった。私は〃エネルギ−を目 一杯出す〃為に思わず手に力が入ってしまったのだが、よく考えると 普段トリ−トメントをやっている時も手に力が入っている様な気がす る。力を入れるとエネルギ−の質がどう変るのだろう? そこで手を挙げて質問をする、「手に力が入るとエネルギ−が変る んですか?」「はい、変ります」「どのように変るんですか?」「ん ん〜、エネルギ−が固くなるというか、粗くなるんだと思います」「 粗くなるというと…?」「とにかく今は力を抜いてリラックスしてエ ネルギ−を出す練習をしてください。力をいれた粗いエネルギ−は、 それはそれで必要になってきますから、その時にまた説明します」と、 お答えいただく。 その後、トリ−トメント・レスキュ−・しなやかな仙骨と実施する が、そのいずれも澤田校長に「玉川さん、まだ手に力が入ってますよ。 もっとリラックスして丁寧にやりましょう」と、声をかけていただく。 そして、「はい、いいですよ!いまの調子で続けてください。ちゃあ 〜んと出来ましたよ。今の感覚を忘れないでください」と、一人一人 出来るまで側にいて指導してくださる。 「んん〜、これはイイゾ!こんなに丁寧に一人一人指導していただ けるのなら、本当にイッチョマエの『調整師』になれるかもしれない …。来てヨカッタ…」と一人感激する。 今まで自己流でやってきたエネルギ−技術の実施を、上級者の方に 実際に見て指導していただけることで自分の悪い癖もわかり、大変素 晴らしい体験をさせていただきました。指導に当たられた澤田校長の 『谷村しんじ』のようなソフトな関西弁(見かけも似ている…)と、 愛溢れるお優しいお人柄にも大変感じ入りました。 そしてカリキュラムは『しなやかな脊椎』へと進んでいく。本部事 務局の方が用意した掃除機のホ−スを脊椎に見立てて実際にクネクネ して見せていただく。その後全員で実施。澤田校長一人で全員を回り ながら指導していくので、私の順番がくるまでに私は疲れきって腕に 力が入らなくなっていた。 「そう、玉川さんいいですヨ!そのくらいソフトで丁寧に続けてく ださい。バッチリ出来てます」と声をかけていただくが、周りの皆は 笑っている…。そして私とペアを組んでいる前田さんが「さっきまで後 ろでハ−ハ−とか、フン!って汗をかきながら力みすぎて、もう力が 残ってないんです。玉川ちゃん、それやわ、その疲れ果てた感覚…」 「……、そうか、これか…」、複雑な心境である。 初日に比べて2日目は〃あっ〃というまに時間が過ぎ、真剣ながら も楽しい時間を体験できて大変満足して帰路につく。 東京駅で鍋野さんと生ビ−ルを一杯ひっかけて別れ、『のぞみ』の 中で宿題の〃ズ〜っとエネルギ−を出し続ける練習をしてください〃 を実施するが、心地よい酔いと疲れのせいかすぐに寝てしまう…。 「さあ、次の授業までにはもっと練習を重ねてガンバルゾ! でも 力は入れないぞ…!」 今日のカリキュラムの途中で、大阪の木下くんに行なったトリ− トメントでちょうど100人(ト−タル2260回)になる。 9月6日(MON) 昨日の『調整師養成学校』で、澤田校長のおっしゃった「トリ−ト メントする時でも、常にエネルギ−を取り入れて出し続ける意識を持 ってやってください」のお言葉通り、今日は2人にトリ−トメントを 行なう。 終業後、コンピュ−タ−に詳しい友人を呼び、東京で木下く んに設定してもらったモバイルコンピュ−タ−(ハンドヘルドPC) を実際に使う練習をするが、メカ音痴の私にはさっぱりわからず…。 おまけに店でいじっていた時に変な操作をしたようで、せっかく木下 くんにやってもらった設定が変更されたらしく、2人ともお手挙げ状 態になってしまい、大阪の木下くんにヘルプのTELを入れる。 TELを切るたびにTELが入る…。そう、今日は9時から11時 までの間、携帯で『遠トリ企画』の受け付けをやることになっていた のである。せっかく携帯にかけていただいたのに、〃ズ〜〃っと話し 中で申し訳ございません。それでも、きっと我慢強くかけていただい たのでしょう、4名の方の予約を受け付けることができました。FA Xと合わせて、今日一日で14名の方の応募をいただく。 しかし、『遠トリ』は8月7日から数えてちょうど1カ月の間、一 回もやっていないのである。果たしてそんなんで大丈夫だろうか?そ ろそろ練習やっとかなくっちゃ…。 9月7日(TUE) お写真も結構届いたので,今日から電話での日程・時間の打ち合わ せを始める。10人にお電話して9人につながった。7月に比べたら 今回は順調である。 今日は3人にトリ−トメントを行なう。 今日の打ち合わせは全員ご在宅でスンナリと決まる。しかし,たっ た7名の方にお電話して打ち合わせをするだけで,午後9時から11 時までの2時間をたっぷり使ってしまった…。やはり,みなさん周り にエネ友がいなくて話も出来ず,話し相手と情報に飢えているようだ。 〃やっぱり,この企画は間違っていなかった…〃と,我ながら感激す る。『アビエルト』にも書いてあったように,早く誰かこの企画のバ トンを引き継いでくれる人が現れることを願っています! 今日は応募受け付け最終日である。昨日で既に定員にはなっていた のだがFAXが2件届き,〃2人くらい増えてもイイヤ〃と思って,
引き受けたので結局27名になる(しかし,あいかわらず思ったより 応募数が少ない…)。 ひさしぶりに『遠トリ』をやってみる。多少緊張はしたが,私は実 際に目の前にいる人をトリ−トメントするよりも『遠トリ』の方が集 中出来て好きである。 これで来週からの『遠トリ企画』も何とかやっていけそうである。 【『みんなのパティオ』に参加するぞ(かもしれない…)!】 さあ!明日から『遠トリ企画』が始まる。今回もガンバラネバ! |
【2回目、遠トリ企画始まる!】 さっそく1人目の大分県のHさんに電話をかけ,適度な緊張の中で 『遠トリ』を始める。そして次は静岡県のKさんを『遠トリ』する。 初日なので,2人終わった時には緊張のあまり疲れきっていた。特 に今日はお二人とも男性だったので…。私は女性にトリ−トメントす るほうがリラックスしているようだ。 交感神経が高ぶって眠れそうにないので,缶ビ−ルを2本飲んで蒲 団に入る。 そして次は東京のHさん。7月に『遠トリ』を受けていただいた札 幌のTさんの高校時代の同級生だそうで,たまたま別々にPH会に入 会した後で,お互いその事実を知ったそうだ。そして前回私の『遠ト リ』を受けて感激されたTさんに勧められたとおっしゃる。〃んん〜, これは責任重大である〃と言っても,私のやることは変らないのだが。 そうは言っても,やはり思い入れが違ったのか『遠トリ』の後,お 電話で終わったことを告げ感想を聞いてみると,結構強力なエネルギ −を感じたと言う。それと身体に感じた変化等もいろいろと話してい ただくがプライバシ−に触れるので,Kさんが『体験談』に投稿して くれるのを待ちましょう。 1時間に2人実施しているのだが,1人30分ではみなさんお話し したいことが多いらしく時間が足りない。私としては,せっかく『調 整師養成学校』に通っているのだから,学校で習った技術も使ってみ たいのだが…。せいぜい全身のトリ−トメントをやるだけ(約17分) で時間いっぱいである。 そこで考えたあげく,お二人のトリ−トメントが終わった後で,そ れぞれ別々に『しなやかな脊椎』『仙骨の調整』『しなやかな仙骨』 『仙腸間接の調整』をやらせていただくことにする。 昨日の男性お二人にも終わった後やらせていただいたので,毎日ト リ−トメントが終わるのが0時近くなってしまうが,こんなことぐら いでもしも体調が良くなるのであれば,寝る時間が少々遅くなるくら いなんてことはない(効果があればのはなしだが…)。 今日は8人にトリ−トメントを行なう(直接5人,遠隔3人)。 9月15日(WED) 今日は『老人ホ−ム』に泊まりの日だと聞いていたので,特に 念入りに11:20AM・20:00PM・23:30PMと3回程 遠隔でトリ−トメントをやっておく。少しでも役に立ってくれれば良 いのだが…。 今日は『遠トリ企画』3日目! 10:00PMに〃私はエネルギ −に鈍感で,ノパルやCD・MDなどを試してもいまいちエネルギ− を感じられない〃とおっしゃっていた 北九州市のSさんに『遠トリ』 を行なう。 実施後,お電話で感想を伺う。「……! フムフム,なあ〜るほど」 Sさんによると,初めてエネルギ−を感じたらしい。「ほっ,ヨカッ タ…」と安心する。 そして次は,7月にも受けていただいた広島のSさん。Sさんは「 今度は自分も遠トリやってみたい」とおっしゃっていたので,私の遠 トリ終了後にやっていただく。 私は,受けるのはあまり得意じゃない…。トリ−トメントされてい る間,〃ジ〜〃として黙っているのが苦手なのである。しかし,言い だしっぺが私なので仕方がない。 「んん〜,確かにエネルギ−を感じました」と電話でお返事する。 エネルギ−を送られている時より,レスキュウ−されている時の方が 頭のてっぺん辺りがムズ痒い感覚がして気持ちよかった。 今日の4人目のトリ−トメントでト−タル2300回になる。 9月17日(FRI) 午後10時,福岡のKさんに電話して『遠トリ』を始める。そして 10時半に兵庫のKさんに『遠トリ』をやらせていただく。この方は 会員番号5000番代と結構ベテランの会員さんである。こんなベテ ランに『遠トリ』して,「なあ〜んにも感じなかったよ!」と言われ たらどうしようと緊張して行なう。 それよりも私の『遠トリ』実施後にKさんの『遠トリ』を受けた時 の方がよけいに緊張して疲れた…。やはり私は『遠トリ』を受けるの は苦手である。せっかく自分で作った機会だから,ぜったい何かを感 じてあげたいという気持ちが強すぎて疲れるのだと思う。 Kさんの遠トリを受け終わって,お話しをしていたら11時20分 くらいになってしまう。明日は『調整師養成学校』だというのに何も 用意をしていない。それにエネ友Mちゃんの4回目の『遠トリ』もま だやっていないし…。〃え〜い!一日くらい寝なくても大丈夫だろう〃 と,Mちゃんを『遠トリ』し,福岡のKさんに『しなやかな脊椎』『 しなやかな仙骨』『仙骨の調整』『仙腸間接の調整』を行ない,風呂 に入って,宿題を済ませ,明日の用意をして蒲団にはいった時は既に 午前3時を回っていた。明日は5時起きだというのに…。 今日は9人にトリ−トメントを行なう(直接3人,遠隔6人)。 【エネルギーに大変敏感な人、その名は八木橋!!】 仕方なく昼食を買ってPH本部に行く。会場に入るとまだ3人くら いしか来ていなかった。〃よし!!ここでやっちゃえ!〃と会場の一 番後ろの席に座って,窓に向かって『遠トリ』を始める。約17〜8 分,とても恥ずかしかったが約束を果たせて「ホッ」とする。 1時より学校が始まる。今日のカリキュラムは『しなやかな関節』 である。まずはいつものようにトリ−トメントから始める。 今日は私の後ろの席に座っていて,前回「大変エネルギ−に敏感な 人だなあ〜」と思っていた北海道の八木橋氏にトリ−トメントをやらせて いただく。トリ−トメントはやはりエネルギ−に敏感な人に行なった 方がおもしろい,いや勉強になるのである。 案の定,八木橋氏からはいろいろとおもしろい感想が聞けて大変勉強に なりました。 ※ この時の八木橋くんのエネルギーに敏感なこと、私は「こんな人間がこの世に 実在するんだ…」とただただ舌を巻くばかりでした…。まさか現在のように一緒 に仕事や遊びをやろうとは…、この時点では想像もつかないことでした。 そして『しなやかな関節』を終え,カリキュラムは『仙腸関節の調 整』へと続いていく。 “本来,『仙腸関節』は動かないと言われているカ所なので,この 関節を調整する場合は力を入れて動かした方が効果がある”と言われ, “これは私の悪い癖(力みすぎる)を思う存分発揮できるぞ!”とハ リキッテいると,それを見透かしたように大阪の先輩整体師前田さん に「おっ!玉ちゃん,ピッタリの技やんか!」と言われてしまう…。 おまけに沢田校長が私の横に立ち止まって「はい,いいですよ〜, 玉川さん,その調子で続けてください」と言うもんだから,前田さん はこちらを向いて「仙腸関節の玉ちゃんやなあ〜」と笑っていた…。 しかし,『恥骨結合』や『尾骨』じゃないから,まあいいか…。 ※ この頃から前田さんとは急速に仲良くなっていくのでした。とにかく前田さんがい ると、いつも回りが楽しく明るい雰囲気になるので、現在は大変助かっています カリキュラムを終えて,今日はいつものメンバ−にエネルギ−に敏 感な北海道の八木橋氏,山形の安達さん等を加え11名で懇親会をやる。そ して本日宿泊の『サンプラザホテル』のバ−で,山形の太っ腹かあさ ん安達さんの奢りで二次会をやる。「いや〜,今日も飲んだ飲んだ…。 これをエネルギ−にして明日もガンバルゾっと!」 9月19日(SUN) 昨日,澤田校長から「鏡に写ったご自分の全身をトリ−トメントし てきてください」と宿題を出されていたのだが,今日は高松のエネ友 Mちゃんの『ジャズダンス発表会』の当日…。Mちゃんと私の二人を トリ−トメントする時間は既に無い…。しかし,私は悩むことなくM ちゃんにトリ−トメントを始める。やはりトリ−トメントは,それを 望んでくれている人の為に使いたい。自分はいつでも出来るから…。 澤田校長ゴメンナサイ。 本日のカリキュラムは私が一番習いたかった『頭蓋骨調整法』であ る。いままでも自己流で『ユルメット』『ウゴコット』等はやってい たのだが,あくまでそれは自己流で,自分の中ではやれている確信が 〃イマイチ〃なかった技なのである。 んん〜,教わってみるとやはり私が自己流でやっていたものとは遙 かに違っていた。 その後,『しなやかな歯列』。この技も,まさか歯を一本つづ調整 するとは思ってもいなかった…。〃やはり『調整師養成学校』は凄い〃 そして,二人で組んでお互いにこれらの調整をやってみる。私はや はりエネルギ−に敏感な北海道の八木橋氏と組ませていただく。〃ラッキ −〃この人と組むと,エネルギ−に敏感なだけに適切な意見が聞けて 大変参考になる。『しなやかな歯列』をやらせていただき,それなり の感想を話していただき満足する。 昼食の後,午後のカリキュラムは『横断麻痺回復法』『内蔵活性法』 である。これも是非直に習いたかった技である。『スパイラルチュ− ブ』『魔法の手』と沢田校長から直に指導していただき,大変勉強に なりました。 これで,ここで習う技はすべて終了である。今度来た時は『アクテ ィブオ−トロ−ド』である。その日まで3週間。それまでに,ここで 学んできた技を充分に使いきれるように,復習をし実践しておこう! (『遠トリ企画』に応募していただいた方々にやらせてもらおう) 9月20日(MON) 今日は4人にトリ−トメントを行なう(直接1人,遠隔3人)。 10時になり新潟のYさんにお電話して早速始める。Yさんは〃左 肩が痛くて上に挙げられない〃と聞いていたので,全身のトリ−トメ ントの後に『しなやかな関節』をやるが,なんせ時間が限られている 為に充分に出来ず,今日の『遠トリ企画』がすべて終了した後でもう 一度やる約束をする。 そして,7月の『遠トリ企画』にも応募していただき,第5期『調 整師養成学校』にも通っていらっしゃる岡山の吉田さんにお電話する。 「『調整師養成学校』でどれくらいエネルギ−が変化しているかを みてみたいし,私のエネルギ−もみてほしい」とおっしゃるので,〃 んん〜,これはおもしろい…〃と,ハリキッテやってみる。ついでに 『ウゴコット』もやる。 実施後,お電話で感想を聞く。「始まってすぐに,仙骨までエネル ギ−がサア−と入ってきて,暖かく感じた」等々…。大変勉強になり, また感動させていただきました。 その後,吉田さんにも『遠トリ』をやっていただくが,やはり前回とは違ってそうとう強いエネルギ−を感じたし,『ウゴコット』をやっ てる時は実際に頭蓋骨の縫合が動くように感じた。 〃やっぱり『調整師養成学校』はすごい…”と,また感動する。 岡山の吉田さんが終わり,先程の新潟のYさんに『しなやかな頸骨』 『しなやかな左肩関節』『ウゴコット』をやっておく。 今日は4人にトリ−トメントを行なう(遠隔)。 9月22日(WED) Oさんは67歳の男性で,私はお年寄り(おっと失礼)は得意なの である。何故かというと,私の祖父をトリ−トメントすると〃気持ち いい…〃と,いつも居眠りするから…(勘違いかもしれない)。 Oさんのお手紙にはいろいろと身体の悪い処,直してほしい処が書 かれてあったが,〃私はまだ勉強中の身で,プロの調整師でもないし, だいいち時間が足りない〃ことを告げ,納得していただき『遠トリ』 を始める。結構丁寧にマイナスエネルギ−を抜き,全身をトリ−トメ ントしていたら時計の針が10時25分を回ろうとしていた。あわて てお電話し,次の方の予約が10時半であることを告げ,次の方が終 わったら必ずもう一度,今度は各部の調整を行なう約束をする。 約束の時間を少し過ぎて,東京のTさんにお電話する。「只今…」 留守電であった…。今回は,ここまではスム−ズにきてたのに…。仕 方なく留守電に『キャンセル』のメッセ−ジを残し,折り返しOさん にまたお電話して「次の方がお留守だったので,時間が勿体無いから 今から調整をやりましょう」とお誘いして,『ウゴコット』『しなや かな脊椎』『仙骨の調整』『しなやかな仙骨』『仙腸関節の調整』『 スパイラルチュ−ブ』をやってたら30分以上かかってしまった。 〃やりすぎただろうか?Oさん,今日は眠れないんじゃないかなあ 〜…〃 少し心配である。 今日は5人にトリ−トメントを行なう(直接2人,遠隔3人)。 9月23日(THU) とっさに私は〃調整やりすぎて何処か痛くしてしまったんだろうか …,それとも何にも効果が無くて,お叱りの電話だろうか…?〃と考 えたが,その何方でもなく,昨日のトリ−トメントと調整の感想のお 電話であった。〃ホッ…,ヨカッタ〃 〃全身のトリ−トメントでは部屋全体が暖かくなったように感じた だけであったが,調整が始まるとまず頭がホワ〜として楽になり(た ぶん『ウゴコット』),次は身体中の筋肉の凝りが取れてきて(たぶ ん『しなやかな脊椎・仙骨』『仙骨・仙腸関節の調整』等),最後は 背骨が熱くなってきた(たぶん『スパイラルチュ−ブ』),そして今 朝も体調がいい〃と,感動すべき感想を話していただく。 わざわざご報告ありがとうございました。今日は『遠トリ企画』は お休みの日であるが,感想のお礼にOさんに『遠トリ』を今日もやる お約束をする。 体調が悪くて店を早仕舞いする。しかし部屋に帰ってもやることが 無くて,5時半から結局エネ友Mちゃんに遠隔トリ−トメントを始め る。全身のトリ−トメント,その後『調整師学校』で教わった『ウゴ コット』等の調整もやっていたら50分ちかくもかかってしまった。 そして,お約束していた豊岡市のOさんに再び遠隔で調整をやる。 午後9時前,『調整師学校』で澤田校長に出されていた宿題,〃こ の次のアクティブ・オ−トロ−ドまでに毎日,自分を鏡で見ながら全 身を調整しておくこと〃をやる。鏡を見ながら自分を調整するのは初 めてである。40分ほどかけてやってみる。 〃んん〜,気のせいか,さきほどまで疲れて少し痛かった腰痛が消 えている…,これはいいかもしれない…〃 たっぷりと自分にエネルギ−を入れた後,ハリキッテ本日の『遠ト リ企画』お約束の岡山のMさんに電話する。 「もしもし,夜分おそれいります。玉川と申しますが…」 「…? アッ,そうだった,わすれてた!」 「……わ・す・れ・て・た……」 Mさん,申し訳ございません。私はこの瞬間〃この人にはエネルギ −は届かないだろう…,もし届いても感じることは出来ないだろう〃 と思ってしまい,「ああ〜,エネルギ−届かないかもしれない…」と ,つい口に出して言ってしまいました。〃ゴメンナサイ〃 案の定,実施後お電話しても「なんにも感じませんでした」と言わ れる(エネルギ−とは,そういうものだと思う)。 10時25分,7月にも応募して受けていただいた札幌のTさんに お電話して,ついクドクドと愚痴をこぼしてしまう(やっぱ,気にし てるじゃん…)。 そして実施! やはり〃前回とはエネルギ−の伝わり方が違うし, 身体のアチコチにいろいろな体感があったことを話していただく。こ の後,Tさんの『遠トリ』も受けさせていただき,感想を報告してか ら話し込んでいる内に1時間も経ってしまう。 「明日は仕事だ」とおっしゃっていたのに,もうしわけございませ ん。そして,暖かなトリ−トメントをありがとうございました。 今日は6人にトリ−トメントを行なう(直接3人,遠隔3人)。 9月25日(SAT) 今日は10時から明石市のEさんに『遠トリ』を行なう。 そして 10時半から札幌のIさんに『遠トリ』を行ない,その後Iさんの『 遠トリ』を受ける。 今日は7人にトリ−トメントを行なう(直接1人,遠隔6人)。 9月28日(TUE) 「んん〜,これはTさんを遠トリしなさい!」と誰かに言われてい るような気がして,今日の午後9時にお約束をする。 今日は9:00PMに東京のTさんに『遠トリ』し,9:30から Tさんの『遠トリ』を受け,10:00に浜松のMさんを『遠トリ』 し,10:30から神戸のIさんを『遠トリ』し,Iさんの『遠トリ 』を受けたので,約2時間ちょっとの間〃ズ〜ット〃やりっぱなしで さすがに疲れた…。 今日は3人にトリ−トメントを行なう(遠隔)。 9月29日(WED) 9月はトリ−トメントを93回(遠トリ51回を含む)行なった。 10月1日(FRI) 地方で一人で研鑽している人達の中にも凄いエネルギ−の使い手が いることを知り,何だかとても頼もしい気がした。 本当なら,4日まで『遠トリ』の予約が入っていたのだが,4日に お約束の方からキャンセルのFAXが届いていたので今日で終わり! 今回の企画の応募及び実施者は27名!その内,〃私にも『遠トリ 』やらせて!〃という方が11名もいらっしゃいました。普段から〃 私はエネルギ−に鈍感だから…〃と言っていたわりには,11名の方 全員の『遠トリ』でのエネルギ−を感じることが出来て,〃こりゃあ 〜,私は実はエネルギ−の『受け手』として結構『イケテル』かもし れない…〃と思ったりもしています。 前半に比べて,後半はただ淡々と毎日の経過を書くだけのレポ−ト になってしまいましたが,後半に何も無かったわけではなく,私にと っては毎日が新しいエネルギ−との出会いで,感動の連続でした。 しかし,これが毎日となるといちいち書くのが億劫になってしまい, ついつい経過報告だけになってしまいました。 今回応募していただいた27名のみなさん,本当にありがとうござ いました。私もこれを糧として今後も研鑽を続けてまいりますので, みなさんもガンバッテ研鑽をお続けください。そしていつの日か,こ の中の誰かが『この指とまれ!!』に『遠トリやらせて…!』と企画 されることを望んでいます。 10月2日(SAT) 午後9時少し前にMちゃんから携帯に電話が入る。バリアを被せて あることを告げると,「今日は体調もいいし,恐くもない」と返事が あり安心する。しかし,入院している老人で一人騒がしいお婆さんが いると聞き,さっそくMちゃんにそのお婆さんを思い浮かべてもらい, そこからエネ体を抜きだしてトリ−トメントをやってみる。後で聞い た話しでは,肝心のお婆さんは静かになったのだが,その他の老人達 が何人も寝ないでコ−ルブザ−を押し続けるので困ったそうだ。でも 疲れていないと言う…。何か関係あるのかなあ〜? 今日は7人にトリ−トメントを行なう(直接4人,遠隔3人)。 10月8日(FRI) 【神のご加護か…!】 「玉川さん,どうするの?」,やはり彼も迷っているようだ。彼と アレコレと話をしている内に,私の頭の中ではハッキリと答えらしき 考えがまとまってくる。 〃こんな時期に会長が入院するなんて偶然とは思えない。10日の応 募者への調整やトリ−トメントだって,本来ならば会長からの12種 のオ−トロ−ドを受けた後でやるわけで,今までさんざんイメ−ジを つかってやってきた調整も,手を当てるだけでいいのなら誰がやって もいいじゃん…。それならオ−トロ−ド無しで,自分たちが今日まで 練習してきた調整を試すいいチャンスかもしれない。今までも,そし てこれからも,こういう形での応募者への調整は最初で最後かもしれ ない。ひょっとしたら神さまに試されているのかもしれないゾ!それ なら,尚更やらないテはない。よし!やっちゃえ!〃 と,頭に浮かんだ考えを八木橋氏に話すと,彼も同じ考えだと言う ので2人して参加する約束をする。 こうして意気込んで早朝岡山駅まで行くと,何と新幹線がトンネル 内のコンクリ−トが欠落したとかで動いていない…。〃ああ〜,今回 はついていない…〃と思ってホ−ムに上がって煙草を吸っていると「 只今より岡山発,東京行きの『ひかり××号』が4番ホ−ムに入りま す。白線の後ろまで下がってお待ちください」と突然アナウンスが流 れる。状況を把握していない私の前をあたかも民族の大移動のように, 我先に人々が走りだす。そう,自由席は1号車から5号車までなので ある。そんな光景をのんびりと煙草を吹かしながら眺めていた私は, もちろんその波には乗れず〃次でいいや〃と,喫煙車両の4号車へと ゆっくり歩きだす。4号車の前迄来ると,そこはもう人の頭しか見え ないほどひしめきあっていた。TV局のカメラマンがその混雑の中で 脚立に登り撮影をしている。 反対側の3番ホ−ムの端っこでぼんやりと人々を眺めているとアナ ウンスがある。「申し訳ございません!先程のアナウンスは間違いで, 岡山発東京行きの『ひかり××号』はお隣の3番ホ−ムに入ります」 「えっ!」と後ろを向いた私は4号車の扉の白線の一番前に立ってい た。あちこちで「ふざけるなあ〜!」とか「バカヤロ−!」とか怒鳴 る声が聞こえる。 そんなわけで,私は難なく『ひかり××号』の4号車に悠々座って 東京まで来ることが出来た。これが『神のご加護』というものかもし れない…。『調整師養成学校』で沢田校長が「みなさん,学校に入学 してから何か良い出来事は起こりませんでしたか?」と,前回の授業 の時に聞いていたのを思い出す。その時は「何故そんな事を聞くんだ ろう?」と不思議に思っていたが,私達は神の加護を受けられる存在 になったとでもいうのだろうか…? 本当にそうならばウレシイのだ が…。 予定の『のぞみ』には乗れなかったので,1時間半遅れではあるが 無事東京駅に到着する。前もって約束していたT御夫妻に電話して7 年ぶりの再開を果たす。このT御夫妻,特に奥様には私が東京で働い ていた時に我が子の様に可愛がっていただき,その後に上京して来た 弟までもお世話になり家族ぐるみでお付き合いをさせていただき,い つか何かの形でご恩返しをしたいと思っていたのだ。 さっそくTさんに連絡をとり,御夫妻の住む『恵比須駅』で待ち合 わせをして昼食をご馳走になる。その後T御夫妻の家におじゃまして 昔話をしている内に3時ちかくなってしまい,今夜中野で北海道のY 氏等と飲みに行く約束があったことを思いだし,あわててまずはTご 主人からトリ−トメントをやらせていただく。何年か前に脳梗塞を患 って以来歩行がままならないと聞かされていたので,全身のトリ−ト メントの後に『ウゴコット』『しなやかな脊椎』『しなやかな仙骨』 『仙腸関節の調整』『スパイラル・チュ−ブ』をやってみる。次はT ご婦人,全身のトリ−トメントをやると頭にストレスが溜まっている のか痺れ感が強い。そこで『ウゴコット』をやらせていただく。実施 後,御夫妻に感想を聞くと,ご主人は「肩が楽になり,良く動くよう になった気がする」,ご婦人は「頭がスッキリしたみたい」と仰って いただく。 5時ちかくまでかかってしまい,ご婦人に駅まで送っていただく。 その道すがら,ご婦人が「ハイ,これ,ヨシノブくん」と私の手に何 かを握らせる。「ん,なんだ?」と手を開いてみると,なっなんと! それはまぎれもなく『1万円札』であった…。「あっ,私はそんなつ もりでやらせていただいたんじゃありませんから,こまります…」と 言ってはみるが,「いえいえ,これは身体がどんなになろうと生きて さえいれば,今日のように懐かしい人にも会えるし,良いことがある と教えてくれたことへの感謝のしるし…。これで煙草でも買って…」 と頑として譲らない。あまりしつこく断るのも失礼と思い受け取って しまった。意味は違っても,初めてトリ−トメントでお金をいただい てしまい,『調整師』が如何に責任のある仕事であるかをつくづく思 い知らされた…。〃ガンバラネバ!〃 中野で北海道の八木橋氏,山形の安達さん,岡山の吉田さん等と『居酒屋』 で懇親会をやる。 その後,同じホテルの八木橋氏に「玉川さん,僕の部屋でちょっと話を していきませんか?」と誘われるままに彼の部屋に入り,ビ−ルを飲 みながら不思議な話を聞かされた。私も彼も結構酒が入っていたので, 細かいところまではハッキリ覚えていないのだが,掻い摘むと次の様 な内容であった。 八木橋: 「玉川さん,僕神様と話がしたくって,自分の守護霊様を呼 んで話をしてみた んです」
八木橋: 「そうこうしていると『ロペさん』って神様が出てきて,〃私は玉川さんの守護霊 だけど,彼に会ったら次のことを伝えてほ
しい〃って言われたんです」 八木橋: 「彼に〃自信と勇気と想像力を持ちなさいと伝えてほしい〃って…」 八木橋:「あっ,それと私達がここに来たのは偶然じゃない。あなた達は選ばれて今この 場所にいるのだからとも…」 という話を聞かされ,不思議な気持ちで自室に戻りシャワ−も浴びずに寝てしまった。 ※ 実はこの時私は八木橋氏からもっと驚く話を聞かされていた。 それは前回の 調整師養成学校の時に彼は帰ろうとするエレベーターの中で、澤田校長と彼の 治療院で働きながら養成学校に通っているスタッフ(生徒) に出くわしたらしい。 そしてそのスタッフ(生徒)はエレベーターを降りてから澤田さんにこう告げられた らしいというのである。 「彼が八木橋くん。覚えておきなさい。いずれみんな彼に付いて行くことになるか ら…」と…。 10月10日(SUN) “本当の話なのだろうか?二人とも結構酔ってたしなあ〜。でも, なんで私の守護霊様が八木橋氏の所にあらわれるんだろう?私に直接言え ばいいのに…。そうだ,自分で呼んでみよう”と思って湯船の中で試 してみるが影も形も現れない…。〃やはり私の能力じゃ無理なのかも …,だから八木橋氏の所へ行ったのかも…〃とあきらめて風呂から出る。 バスタオルで身体を拭いていると,何だか顔の辺りに妙な感覚があ る。〃ん?なんだ?〃と思って鏡を覗き込むと,なんと左の鼻の穴か ら鼻血が一筋流れていた…。 “ひょっとしたら,本当に『ロペさん』は来ていたのかもしれない …” 午前10時から『TDE式調整師養成学校』が始まる。いつものよ うにいつもの席に座り,後ろの席の八木橋氏に「昨日の『ロペさん』の話 は本当なの?」と問い質すが,彼は真顔でアッサリと「はい」と答え る…。 山形の安達さんにトリ−トメントをやらせていただく。そしてAさん のトリ−トメントを受けるが,この方の手の平の暖かさは尋常ではな かった…。よく『アビエルト』に〃アイロンを押しつけられた様に暖 かい〃と書いてあるが,まさにそのものズバリでとても心地よかった。 安達さん曰く,「私は『黄金の手』のアクティブ・オ−トロ−ドを受 けているから…」。“私も受けてるんだけどなあ〜”。 そして昼食を挟んで,いままでの調整のおさらいをし,いよいよ応 募者への調整が始まる。調整師のタマゴが34人,それに対して応募 者が80人以上はいる。制限時間は1時間なので,3人はやらなくて はいけない。 一人目の方は7月の『遠トリ企画』に応募していただいた方だった。 そして2人目,3人目とこなしていくうちに身体が熱くてたまらなく なってくる。”ふっ”としたひょうしに澤田校長にあれだけ注意され たのに,メチャメチャ力を入れて調整している自分に気がつく。”あ あ〜,どうりで肩が凝っているはずだ…,もっと楽に楽に…”と意識 して力を抜いてやり始める。1時間で結局4〜5人の方に調整をやら せていただく。実は緊張と集中のあまりに,私は何人やったのか覚え ていないのです…。 こうして,最後のオ−トロ−ドのみを残して,我々の『第5期TD E式調整師養成学校』は全てのカリキュラムを終了する。 【大阪講演会!】 高橋理事のお話しが終わり,いよいよトリ−トメントという時にP H大阪の今林理事がマイクで「それでは今日は玉川さんと小林さんに 前で見本でやっていただきます」と言われ,心臓がドキドキと大きく 脈を打ち始める。”イカン,イカン,リラックス.リラックス”と自 分に言い聞かせながら緊張して行なう。 人数が少ないながらも無事に全て終了し『4千円の会』へ…。ここ でも,いつもなら長テ−ブルを4〜5個占領していたのに今日は2個 と3席で用が足りる。少し寂しい気もするが,これも味わいがあって いいかもしれない…。 2次会を途中で抜けだして高松へ帰るとアンケ−ト用紙が届いてい たので,この辺で9月の『遠トリ企画』の結果を報告します。 応募数:28名(内1名の方は電話にてキャンセル) 最後に届いたアンケ−ト用紙に 「玉川さんは感じた,感じないにこだわっているが,それはどうでもいいことで,誰にでも感じてもらえるよりも,トリ−トメントの効果がわかってもらえるようになった方がいいんじゃないですか」とご意見をいただきました。 『この指…』の『遠トリ企画』にも書きましたように,私のこの企 画の趣旨はエネルギ−を感じたことが無い人・地方に住んでいる為に 講演会にも参加できないし,トリ−トメントすら一度も受けたことの 無い人に何とかエネルギ−を体感してもらおうと始めたものなのです。 だからこそ”なあ〜んだ,やっぱり何も感じないじゃんか…,もう やめちゃお”と思われては困るので,私は感じる感じないにこだわっ ているのだと思います。トリ−トントの効果は,この際お金をもらっ てトリ−トメントするプロの方々にお任せして,私は体感を重視して やってみようと思ったわけです。 しかし,”もし何も感じなくて,電話で感想を聞かれたら何て答え よう…”と変に気を使わせていることも,受けていただいた何人かの 方々からお聞きして知っていますし,反省しています。 ”エネルギ−は存在する。それは距離にも関係なく,相手を知らな くても届くものである”ことを私自身が研鑽したかったし,受けてい ただいた方には直にエネルギ−を感じることで,エネルギ−を使う切 っ掛けになればいいなあと思ったのですが,私のこの企画は間違って いたのでしょうか…? 『アビエルト』の『体験談コ−ナ−』を読んでいただき,あそこに は殆ど成功例しか載っていないので,私をエネルギ−の凄い使い手と 勘違いされて応募された方が多いのにも驚きました。しかし,あの何 十倍と失敗を繰り返している,私もただの一会員なのです。 だから7月に初めてこの企画を『アビエルト』に送るのにどれだけ 躊躇したことか…。”一人も感じさせられなくて,笑い者になったら どうしよう…。まあ,それも研鑽か!”と『清水の舞台から飛び降り る』覚悟で企画しました。だからこそ,最初の話に戻りますが私は体 感にこだわっているのです。こんな頑固者の私ですが,また何かエネ ルギ−の企画を考えた時には,みなさまよろしくお願い致します。 【『遠トリ企画』は終了です…。残念…。】 そのころ調整師養成学校の同期生大阪の中川さんに「タマちゃん、まさかプロになってまで、その『遠トリ企画』とやらをやるんちゃうやろなぁ〜?」 と言われてしまいました。 「えっ?なんで?」 と、その場に同席していた同期の調整師木下くんと二人にきつく言い渡されていたのでした。 『調整師養成学校』を卒業したら,一応はプロの資格を持つことになるので,もう出来ないのか…。 まことに残念ですが、そんなに言われちゃぁ〜、この『遠トリ企画』は出来ないなあ〜と思い,これにて今まで誰もやらなかった『遠隔』によるトリートメント(調整)の企画を断念いたします。 しかし、この私の企画は決して無駄ではなく、いつか調整師達が、イヤ、会員さんたちみなさんが『遠隔トリートメント』の素晴らしさに目覚め、この『アビエルト』の誌上で、『遠トリ企画』が有料でおこなえる日が必ず来ると信じています。 |
めずらしく1月号の『アビエルト』が12月末に届き,いつものようにワクワクしな がらペ−ジをめくると,そこには私の体験談が出ていないことに気がつく。 ”そうだ!そう言えば長い間このワ−プロも打たなかったなあ〜”,調べてみると去 年の10月17日からなにも書いていないのである。と言って,何もなかったワケでは なく,むしろいろいろな出来事がありすぎて書く暇(余裕)がなかったのである。 ”こんな私の体験談でも毎月楽しみに待っていてくれる人がいるのだから,やっぱり 書かなきゃ…”(本当のところは私自身が一番楽しみにしていたりして…) さあ書こうと思うと,何から書いていいのかまったく頭に浮かんでこない。今までは とにかくTDE式調整師になりたいという夢があったので,その為に日々の研鑽(トリ −トメント)の結果をおもに書いてきたのだが,いざその調整師になってしまうと,こ れまでのように”トリ−トメントはやってはみたが何が出来たのかワカラナイ”とか” エネルギ−は存在するのか?”などとは書けないのである(と私は思う)。 これから,この私の体験談をどのような形で書いていけばよいのか悩んでいます。と にかく今回はいままで書けなかった出来事を報告しておきます。 【これも究極のリレ−ションヌエボなのか?】 それは,父が金融機関に多大な借金をこしらえていたのである。その額たるや,聞か された途端にまさに目の前が真っ暗になってしまった。姉と相談した結果,52年続い た家業に幕を引くことになってしまう。 こんな最中,姉の勧めもあって『調整師養成学校』の最後に残された11種のオ−ト
ロ−ドを受ける為東京に向かう。そして,あきらめていた会長からの直接のオ−トロ−
ドを受け,晴れて調整師の認定書をいただく。不思議なことに,東京でこの話をしても
誰も心配してくれないのである。”そりゃあ他人事だから…”とかいう問題ではなく,
みんな”そんなこと何とかなるよ!”くらいにしか想っていないように感じた。 そんなワケで11月の『この指・遠トリ企画』も途中で断念することになる。この『 遠トリ企画』についても不思議なことがあった。『アビエルト』に載せた実施期間は11 月15日から30日で定員20名であったのだが,何故か早くやりたくて仕方なくて月 始めから電話をかけ,都合のいい人を片っ端からトリ−トメントさせていただく。5日 に3人,6日に1人,7日に1人,9日に4人,10日に1人,11日に1人,12日 に1人(この日に両親が入院する),13日に3人,15日に4人,16日に4人,17 日に4人,18日に1人。 しかし,さすがに16日のトリ−トメントあたりから「何も感じなかった」と感想を 言われだし,これ以上続けることは応募してくださった人にも失礼だし,私自身もう肉 体的にも精神的にもボロボロの状態であった為,申し訳ないが4人の方を残して断念する。でも,この時点で既に定員20名のところ28名のトリ−トメントを終えていたのである。 何故,突然『遠トリ』を早く始めたのか…? 何故,私自身すべての後ろ楯を無くし てしまったのか…? いま冷静に考えると,やはりあのエネルギ−…,そうあのリレ− ションヌエボが発動したとしか考えられない…。いくら最終的には自分とって必要な出 来事とはいへあまりに残酷…,そしてあまりの運命の流れの速さに唖然としている。 本当にリレ−ションヌエボのせいならいいが,とんだ勘違いならもっと悲しい…。 |
”体験談”も一旦途切れるとなかなか書けないものである。と言って,何事も起こらな かったワケではなく,いろいろな出来事はあったのだけど,後になって思い出して書こう としてもその時の感動は薄れ,色あせて上手く書くことが出来ないのです。 さて…,2月号の【これも究極のリレ−ションヌエボなのか?パ−ト2】から書き始め ることにします。 去年の11月に父が脳梗塞で倒れ入院し,その後を追うように母も入院するは会社は多 額の借金を抱え廃業するはと大変だったところまで書きましたが,それからが凄かった…。 【澤田校長の“楽”に履歴書を送る】 本当に私が望んだ運命の流れなのであろうか…? もしそうなら,その流れの犠牲にな った父や母の為にもガンバラネバ!!と思いながらも履歴書を出し渋っていると,今度は 工事現場で96歳になる祖父が転んで頭を5針も縫って入院する。これで,この敷地に住 んでいる者で入院していないのは私だけになってしまった…。まるで〃早く東京へ行きな さい!〃と促されているようである。 さっそく履歴書を書いて送るが,採用・不採用は〃間のエネルギ−〃か,はたまた〃神 のみぞ知る〃ところなので,とにかく今は心を〃ドキドキ〃させながら返事を待つ毎日で ある。この『体験談』が掲載される頃には私の運命の結果もわかっていることであろう。 これで採用されることがあれば,まさに『究極のリレ−ションヌエボ』である。 ※ 結局この話は不採用で終わりました。しかし、今思えばこれでよかったのだと信 じています。もし採用になっていたら八木橋くんとも今のように一緒に仕事をしたり、遊んだりできなかったわけで、これこそ『究極のリレーションヌエボ』だったのですネ!! こんなに運命の流れが早くなった原因を考えてみるが,思い当たる事があるといえばた だ一つ,それはTDE製品を使ったことだけである。 まず最初に両親が倒れ会社の借入れ額を知り窮地に立った時にやったことは,ノパルの 『リレ−ションヌエボ』『ディフェンスM』『エネルギ−ボンボン』を姉と飲みはじめた。 そして『セラミックプレ−ト』を2枚買って,1枚は所有するビルの事務所にある〃神棚 〃に置く。もう1枚は現在工事中の駐車場のアスファルト敷きの前日に土中に埋める予定 であったが,運悪くその6日前に祖父が現場で怪我をしてしまった。問題続出でストレス の溜まりに溜まった私達はノパルの『カンビオエネルヒア』『パパベル』『ストレスブロ ッカ−』も購入し飲み始める。 これらの製品が実際に効果があったものかどうかは確認のしようがないが,私達はおそ らく〃そうであろう〃と姉と話している。 【TDE式調整師にはなったものの,いまだ開業せず】 最初に『超能力から能力へ』を読んだ時の,胸の鼓動が高鳴るような想いの正体はなん だったのかを知る為にも,もうすこしインタ−バルをとるつもりです。 『TDIのエネルギ−』この未知なるものをもっともっと知りたいし,その可能性(使 いみち)ももっと探ってみたい。そして,〃これは何処から来て何処へ行くのか〃も知り たい…。きっと死ぬまで,「いや!」死んでもわからないかもしれないけど…。 【調整師,細腕繁盛記?】 患者のプライバシ−に触れるので,それらの方々の病状については書けませんが,友人 親子については無料でやっているし,本人の許可を得ていますので少し書かせていただき ます。 まずは友人であるお母さん,彼女は『パニック障害』という変わった病気で(2月号に も同じ症状の方の『体験談』が出ていましたネ),車の運転や自転車の運転どころか,ス −パ−のレジに並んでいてもパニックを起こしてしまいそうになり,人混みもダメ,つい には子供の幼稚園の送迎バスの見送り・出迎えが出来なくなり,挙げ句は外出すら出来な くなっていました。子供はといえば『痙攣充積症』で生まれてから殆どの期間を病院で過 ごしていたそうです。 そんな閉じ込もりがちな彼女を見て,もう一人の友人が「そうだ!久しぶりに玉ちゃん の店へ顔でも見に行こうヨ!」と誘って来たところ,店がない…そこで私のマンションの ポストに〃久しぶりに顔を見に来たら,違う店になっていたのでビックリしてしまいまし た。お元気にしてますか?連絡ください〃と置き手紙を入れて帰ったのである。それを見 て電話し,〃今はこういう怪しげなことを生業にしようとガンバッテいる〃と話したこと から,この親子を診させてもらうようになる。 外出が出来ないと言うので彼女の家へ行くことにする。まずこの親子を見た瞬間,〃あ っ!こりゃあ親子ともエネルギ−に敏感そうだ…〃と感じてしまう。特に子供は敏感そう で,なにかエネルギ−でも入れようものなら,すぐさま『テンカン』を起こしてしまいそ うでとてもいじれるもんじゃない…。友人であるお母さんの方はといえば,これまた敏感 そうである。しかし,彼女をエネルギ−で治せればきっと子供も治るような気がして,と りあえず母親だけをトリ−トメント・調整することにする。 どうやったか?はここには書きませんが,去年の12月半ばから直接3回,遠隔では1 0回程度トリ−トメントと調整を繰り返す。そして,その友人であるお母さんはといえば, それまで毎日3度精神安定剤を飲んでいたのが夜1回に減り,現在はまったく飲まなくて 大丈夫なところにまで回復していた。子供も母親の回復に連れて日増しに病状がよくなり, 今年に入ってからは1度の『テンカン』も起きていなかったし,それよりなにより肌の艶 がよくなって〃テカテカ〃と輝いていた。 そうやって徐々によくなる兆しが見えたことで油断したのがまずかったのであろうか, 母親の友人のお母さんを診てもらいたいと依頼され(有料で),「とにかく1度私の家に 来てもらって,ここでやってほしい」と頼まれた。まあ初めての人は〃怪しげ…〃と思う であろうから,そんなことは気にせずに彼女の家へ約束の時間に『ベ−シック(VCD) 』『カンビオエネルヒア(VCD)』『パパベル(CD)』とポ−タブルプレ−ヤ−を持 って行くことにする。 彼女の家に着いた頃には既にみんな集まっていた。その人数は5人。まずは友人親子, そしてその友人のお母様,友人のお友達とお母様,そして私と愛犬バニラの全員で6人と 1匹であるが,バニラもメスなので私だけ男性という極めてありがたい…いや,極めてや りやすい状況であった。男性はどうも疑り深いせいか私は苦手である…。 すべてのTDE製品を回し〃イザ始めよう〃とした時に,友人の子供の様子が少しおか しいことに気がつき尋ねてみるが,「最近幼稚園でいじめられて,ここのところ毎日泣き ながら帰ってくるの…」と聞かされる。 彼女の少し上気したような顔色にその時もっと気を配ればよかったものの,なにしろ久 しぶりの有料調整だったものであせっていたのか,「とにかく始めましょうか」と急いで トリ−トメントを始めてしまう。トリ−トメントをやりながら子供の顔を時々チラチラと 盗み見るのであるが,なんだか徐々に目の焦点が虚ろになっているような気がしてならな い。トリ−トメント・調整も終盤に差しかかった頃に突然子供の口と鼻から液体が流れ出 したのが目に入る。 「あっ,まずい!〇〇ちゃんの口から何か出てきたヨ!診てあげて」と声に出して叫ん だが既に時遅く,彼女は呼吸をしていなかったのである。「〇〇ちゃん!吐き出しなさい !息をして〜!!」と友人が叫びだす。私の調整を受けていたお母様に「玉川さん!〇〇 ちゃんを診てあげて…」と言われてやっと我に戻り,急いで〇〇ちゃんのそばに行きなが ら,「早く,救急車を呼んで!119番してっ!」と叫んでいた。 電話をかけに行った友人に変わって私が〇〇ちゃんの背中を手で擦るが,相変わらず目 は虚ろ,呼吸もしていない…。”そうだ!こんな時こそエネルギ−を出さなきゃ”と思い, 背中に当てた手から『黄金の手』,頭に当てた手からは『レスキュ−』のエネルギ−を送 り,心では『トリ−トメントの上手な神様,その中でも〇〇ちゃんをトリ−トメントする のが一番上手な,しかも一番レベルの高い神様』を呼び出し,〇〇ちゃんのエネルギ−体 のトリ−トメントをお願いする…。バニラをはじめ周りではただアタフタとするだけでな すすべもなく,とにかく救急車の告げるサイレンの音を待ち望んでいた。 そのうち「ゲフッ」と〇〇ちゃんがやっと異物を吐き出し,わずかではあるが呼吸を始 める。しかし依然として意識は無く,目も見開いたままでまばたき一つしていない…。そ して,おならが〃ぷ〜〃と勢い良く何度も出始めた頃にやっと遠くでサイレンの音が聞こ えだす。 救急隊員が〇〇ちゃんを毛布で包み,友人である母親が付き添って出ていく。後に取り 残された私達はただただ〃ボ〜〃とするだけで,とにかく病院からの連絡を待っていた。 そして〇〇ちゃんのお祖母さまが「あっ,そうだ。電話しなきゃ」とお爺様に連絡をした 後、「あっ,あの方に頼まなきゃ」とご自身が信仰されている『お不動様』に電話で事情 を告げ,ご祈祷を依頼していた…。 その時の私の立場のないこと…。〃ああ〜情けない…。私が付いていながら何もしてあ げられなかった…。もうここに招かれることもないし,今日の調整はとてもお金は貰えな いなあ〜〃と落ち込むが,とにかく調整が途中までなので最後までやらなきゃと思い直し, 「こうやって待っているだけなら,調整のつづきをやりましょう」と提案し,最後までや らせていただく。 ようやく病院から電話があり,まだ意識不明のままであると告げられる。電話を代わっ てもらい友人に「ゴメンネ,力になれなくて…。でもわかってるよネ!君の心の持ちよう で〇〇ちゃんも回復するってことは…。必ず良くなると信じなきゃダメだよ!」とワケの わからないことを気が付くとしゃべっていた…。 そして時間が経過し,辞退したにもかかわらず調整のお金をいただき帰ることにする。 翌日友人から電話をもらい,結局午前4時頃まで意識は回復しなかったが,現在は何事 もなかったかのように〃ケロッ〃としていると聞かされ安心する。「玉川さんゴメンナサ イ…。せっかくの有料トリ−トメントを台無しにして…」と誤られ,「こちらこそ力にな れなくて申し訳ない。俺のエネルギ−じゃ役に立たなかったネ…」と言うと,「そんなこ とはないヨ!玉川さんのお陰で私もこの子も僅か2カ月足らずで,こんなに元気になった のは事実なんだから…。それまでは何処の病院へ行っても,大した変化すら無かったんだ から。私はこの子は今回の発作で,悪いものが全部出尽くして良くなっていく前兆だと思 ってるんだもの。こんなふうに思えるのも,玉川さんのトリ−トメントを受けたお陰だと 思っています。これからもヨロシクネ!」と…。 ああ…、やっぱりTDEをやっててヨカッタ…! もっともっと実力を付けてガンバラ ネバ!! 【カリスマ調整師…?】 それよりも,講演会が始まる前に名古屋のノロくんに「あっ!こちらがあの〃カリスマ 調整師〃の玉川さんです」と女性に紹介され,それ以外にも2〜3人にそう呼ばれたことの方がはずかしかった…(どちらかと言うと“カリスマ”ではなくて“カリソメ調整師”かな…?)。 この日は何だか体調がおかしくて,『4千円の会』では早めに出来上がってしまうし,やた ら眠くなるし,〃いったいどうしたのだろう?〃と思っていたら案の定,帰りの新幹線で 居眠りしてしまい『福山』で下りの『こだま』の最終に乗り換え(もちろん見つから ないようコッソリと…),高松にたどり着いたのは翌日の午前1時を回っていた。 こんなドジでなさけない〃カリスマ調整師〃はいないだろう…と一人で苦笑いしてしま
う。 あれは〃エネルギ−あたり〃だったのだろう |
【エネ遊びin北海道!!】 2000年3月18日(SAT・前日) しかし運命とは皮肉なもので,お二人そろって肝心の明日の“エネ遊び”に参加出来なくなってしまい,“この指とまれ”コ−ナ−で私の“遠トリ”を受けていただいた頃から札幌でお会いできることを楽しみにしていた私としては残念としか言いようがありません…。 今回“エネ遊びin北海道”の体験談を書くにあたって,このお二人にお礼をしてからでなければとても書けるもんじゃないと思い,この誌面をお借りしてまずはお礼をさせていただきます。本当にありがとうございました。我々第5期調整師4人はもちろんのこと,参加された多くの会員さん達もお二人のこと,心から感謝しております。 朝,浅い眠りから目覚めると,窓の外はまさに日本晴れの好天であった。大急ぎでバッグに荷物を詰め込み旅支度をしていると,いつも親しくしてもらっている大阪のベテラン美人会員TさんからTELがかかってきた。「玉川さん,明日やな。せっかくやからなんか手伝うたろか?」「はい,ぜひお願いします」「50人位なら,もしよかったら“集団遠トリ”やったるわ」ということで話が決まり,当日希望者に限りお名前と生年月日を書いた紙をFAXするお約束をする。眩しい日差しの中,急いで車を空港に走らせて着いたころには温度計の目盛りは17℃にも達していた。 千歳まで約2時間,その殆どの時間を寝ていた私は目が覚めると,飛行機の丸い窓の外はいつの間にか一面の雪景色に変わっていた。外気温1℃,その差16℃である…。 空港に降り立ち,今回の“エネ遊び”の協力者である第5期調整師山形の安達さん,そして名古屋の田邊さん等と落ち合い,相乗りしてタクシ−で札幌へ向かう。 その頃には空の色も鉛色に変貌し,タクシ−のフロントガラスに飛びついた雪をワイパ−が忙しなく左右に掻き分けていた。田邊さん宿泊予定の“東急ホテル”のティ−ル−ムで八木橋君が待っていた。彼の懐かしい顔を見たとたん,「ああ〜,ついに札幌に来てしまった…。これは現実なのだろうか?」と心に問いかけるが,まぎれもなくこれは現実で,あの夢で見た光景は今日ここに現実として現れたのである。 そんな感動に浸っている間もなく,打ち合わせの場所である美人おかみの待つ居酒屋『きらく』へ足立さん,田邊さんと3人で出かける。広島にお住まいの会員さんOさんもやって来て,まずは4人で酒宴が始まる。何時間経ったであろうか,友人に会いに行っていた八木橋君がその友人を連れてやって来る。その頃には私はそうとう出来上がっていて,意識も朦朧としていた。ビ−ルが4〜5杯,ワインが2本,焼酎が1本,覚えているのはそこまでである。そんな意識の中,エネ友にTELで“エネ体参加”を頼んでいたらしく,朝ホテルのベッドの上で服を来たまま目覚め,携帯の送信履歴を見ると5人に電話をかけていた…。「ゴメンナサイ!全然覚えていません…」 2000年3月19日(SUN・当日) “ところで昨日は打ち合わせをやったのだろうか?俺はどうやってここに帰って来たのだろうか?”と不安に思っているところへ八木橋君から朝食のお誘いの電話がかかってきた。急いで風呂に入り,既に朝食を済ませていた安達さんを誘って3人でレストランに行き,今日の日程の打ち合わせをやる。どうやら昨日は打ち合わせらしいことは何も話さなかったらしい…,“ホッ!よかった…”。 以前からの約束どおり,我々第5期調整師4人と会員Oさんの5人で『北海道神宮』へ参拝に出かける。地下鉄の駅に向かって歩いていると八木橋君に「あっ!誰かエネルギ−を送って来ている…。玉川さん何か感じませんか?」と聞かれるが,私はてっきり二日酔いで頭がスッキリしないんだとばかり思っていたので彼に言われるまでこの頭の周りでモヤモヤとしているものがエネルギ−だとは考えもしていなかった。そう言われれば,地面を蹴る足下も妙にフワフワとしているのである。エネルギ−に敏感なOさんはやはり既に何か感じているらしい。 地下鉄の円山公園に着き,自動改札をぬけようとして田邊さんが改札のゲ−トが開かずに警報ランプが回りだしてしまう。逃げるように改札を抜け外に出ると,八木橋君はますます具合が悪くなっていくようだった。“北海道神宮”に向かいながら「なんだか俺達歓迎されていないんじゃないの?やめようか…」と言ったとたん,八木橋くんが「あっ!玉川さん,今 神さんが迎えにきたよ!もう僕の手を引っ張ってる…」と言うので,雪が解けてところどころぬかるんだ道を急ぎ足で参拝に向かう。 神宮の鳥居を抜けると非常に強くてしかも荒いエネルギ−を感じる。全員参拝を済ませ,境内をブラブラと帰っていると,右手側にもう一つ神社らしきものを見つける。みんなで行こうということになり,境内のある境を抜けた瞬間,全員身体に異状を感じてしまい引き戻すことになる。“あれはいったい何だったのだろうか…?” 鳥居を出てもしばらくの間は“北海道神宮”の神さんが着いて来てくれていたようだった。そんな中,八木橋君が一番最初に「いま,神さん帰ったヨ!」と言うや否や,「あっ!また朝感じてたエネルギ−が来た」と言う。“いったいなんなの…?”と不思議に思っていると,地下鉄の駅で田邊さんがまた自動改札に捕まっていた…。八木橋君に「田邊さん凄いですネ〜,キップの磁気を消してしまうなんて…」と言われ,ただただ彼女は困った顔をするばかりであった。 参拝に手間取ってしまい昼食を取る時間もないまま我々はコ−ヒ−だけ飲んで,軽く打ち合わせをやり会場へと向かう。ところがこの会場,予約した時間の15分前にならないと部屋の鍵を明けてもらえず,いろいろと準備のあった我々としてはここで大いに予定を崩されてしまってあわててしまう。 まずは『集団遠トリ』の為にFAXが必要なのだが会場にはFAXが無く,近くのコンビニに行くがここも無し…。それでもなんとか安達さんとOさんが近所の旅館でFAXを貸してもらえる手筈を取ってくれる。 次は“エネ体参加者”の為に椅子を用意し,一人一人名前を書いた紙を椅子の上に置き,その場所に来て貰うはずが,部屋の外では既に参加者の人達が待っている為に鍵が開くと同時に受付を始めてしまい,そんな余裕はどこにもなかった。名古屋の田邊さんがせっかく“エネ体参加者”のお名前を紙に書いて封筒に入れて持ってきてくれていたのに,しばらくはそのままの状態であった。名古屋から2人“エネ体”で参加予定であったが,その内の一人“ノロ君”の名前を書いた紙をトイレに置いたら,エネ体はトイレに来るのか,そしてそれを本人はどう感じるのかも実験したかったのに残念である…(ノロ君ゴメン!)。 受付を安達さん・田邊さん・Oさんに任せ,私は高松から持参した機材を取り出し,『ベ−シック(VCD)』『カンビオエネルヒア(VCD)』を回したり,ある方に今日の為に提供していただいた試飲用の『ノパル』を用意していると,八木橋君は既に会員さんにトリ−トメントをやっていた。そんな彼にエネ体が来ているかどうか確認を頼むと,「来てる来てる,でもみんな一緒くたになって封筒の中に入ってますよ」と言うのであわてて椅子を用意する。 そんな中,大阪の同期の調整師中川さん等から「玉ちゃん,何時になったら電話くれるの?」と出雲からTELがあり,また椅子を用意しそこに来てもらうが椅子は一つしかなく,仕方なく5人の“エネ体”をひと塊にして座らせると,「気分が悪い…,どんな状態でよんでるの?」と尋ねられ,正直に答えたら「ウチラのエネ体をそんな粗末にあつこ〜たら,次から行かへんで〜」と叱られてしまった。ゴメンナサイ,もう私にはそれを気にかける余裕すらなかったのです。 そして『エネ遊びin北海道』が始まってしまう。今日の参加者は我々を入れて総勢43人。思っていた以上の参加者であった。まずは基本中の基本であるトリ−トメントから始めるが,今日の参加者の半分以上の人がトリ−トメントをやったことがないと言うので丁寧に行なう。 私が進行役になり,安達さんと田邊さんには前で見本のトリ−トメントをやってもらい,八木橋君には一人一人エネルギ−が出ているかどうかを確認してもらう。 現地の超ベテラン会員Mさん(会員番号4番)が,協力を申し出ていただいて彼と一緒に各席を回ってくれたので大いに助かった。この日のこの会場のエネルギ−状態は異状な程高くて,我々一同は身体が熱くてまるで“エネあたり”状態であった。そのせいか今日は『かげろうのようなもの』があちこちで見えていた。トリ−トメントが終わり,少し休憩をとる。この間に次の『集団遠トリ』の為にFAXを流しに走る。 会員さん達と話をしていた八木橋君が「あっ!来た!!」と言う一言で,『集団遠トリ』が始まる。時間にして約6分程であったが,頭から何かが「ス〜」っと抜けていくように私には感じられた。 そして次は『エネ球』作りである。八木橋君とは「絶対に全員にエネルギ−を感じて帰ってもらおうネ」と以前から約束していたので,丁寧に確認しながら見て回り,指導させてもらう。 最後は質疑応答。会員さん以外の人も参加されていたので,いろいろな質問に八木橋君が当たり障りなく答えていた。エッ!私は何をしていたかですって?私はもう次の『札幌ビ−ル園』での懇親会のことしか頭にありませんでした。なんせ昼食を取っていないので…。みんなもさぞ疲れていただろうと思います。 あっという間に3時間が過ぎ,タクシ−に相乗りしてそれぞれ『札幌ビ−ル園』へと向かう。その数19人。『食べ放題飲み放題・ジンギスカン生肉コ−ス』制限時間1時間40分。私にとっては21年ぶりの『札幌ビ−ル園』である。歳をとったのか昔程は食べられなくなっていた。そして会員さんの手配で2次会の『居酒屋』へ行くことになる。2次会参加者15人。この頃にはみんな打ち解けて舌も軽くなっていた。 そんな2次会の最中,奥の席を覗くと八木橋君がいつものようにエネルギ−の話を情熱っぽく語り,調整を行なっていた。 手前では安達さんが順番に会員さん達の身体に『黄金の手』のエネルギ−を送っている。安達さんはこの時点では既に“安達先生”と呼ばれていた。 正面では田邊さんが会員さん一人一人のお話しを聞いてあげている。この方は不思議な方で,“存在自体がトリ−トメントではないか”と思われるくらいに話している会員さん達から『かげろうが』出ているのが見える。 私は何をしているかといえば,ただただ一人ポツンと飲んでいるだけ…。去年から準備した『札幌エネ遊び』,それが今日で終わるのかと思うと,まるで祭りの後の様に寂しくてたまらない…。またこのメンバ−でこの地に集まり,やる日が来るのであろうか? 会員さん達は「またやりたい」と言うが,はたして現実になるだろうか? しかし,この日の為に協力していただいたにもかかわらず参加できなかったTさん・Nさんの為にも,もう一度やりたい。その時はみなさん協力をお願い致します。 このレポ−トには載らなかったけれど,いろいろな面でご協力いただいた方々にもお礼を言わせてください。本当にみなさんありがとうございました。そして次もよろしくお願いいたします。 「ああ〜,本当に楽しかった…!!」 【八木橋くんと一緒に遊ぼう!!】 今回参加されていたエネルギーに大変敏感な会員さんが、飲み会の席で我々に話してくれた。 こうやって彼のことを“天才”と言う人が北海道でどれだけ多かったかを今回あらためて知りました。 しかし、彼が他人に見えないところで、人の何倍もエネルギー技術の為に努力していることも知っているつもりです。そんな彼だからこそこれからも一緒にやっていきたい。 きっとこの先、いつになるかはわからないけれど、彼と一緒にエネルギーで遊ぶ日々が訪れるだろうと私は信じています。 |
Last Update:2001/8/24